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⑥自宅からの脱出Ⅲ(難易度:無〜very easy〜)

マフを掴み取ったルーンはすぐに玄関に向かって走り出そうとした。

が。

瞬時に足を父親に掴まれ、顔面から床に叩きつけられる。その時運悪くマフはルーンの手から離れてしまい、空中に投げ出されたマフは受身も取れずに苦しげな声で鳴いて床に落ちた。


フリアはあたふたとしていたが、すぐに関係ない振りをしようという結論を出し、兄と父を見守っていた。


台所で後片付けをしていた母親も、ルーンが転けた時の大きな音で何事かと居間に顔を出した。


そして、父親は。


「……ルーンこれはどういう事だ」


低く、凄まじい怒気を孕んだ声で言った。

その顔が紅いのは、酔いのせいか、それとも怒りのせいなのか。


その声と表情の中に、ほんの少し恐怖が混ざっている事は、父親本人を含めて誰も気付くことはなかった。


ーーーーー


家族全員が夕食の時のような配置で座り、料理の代わりにマフがテーブルの上に置かれていた。

夕食のような和やかな雰囲気はまるで無く、ピリピリとした張り詰めた空気が流れていた。


「どうしてこんなことをした!」


父親は開口一番怒鳴るような声で言った。


しかしルーンには悪いことをした実感がない。

父親がこんなに怒っているのだからそれなりのことをしでかしてしまった、というのはなんとなく察せられるが、根本的な問題が分からないため、曖昧な笑みを浮かべて応えていた。


息子の事態の重大さを判っていないような態度に(実際判っていないが)、父親の怒りのボルテージはさらに上がり、再び大声で怒鳴り散らそうとした。その時。

唯一、両方の事情を理解しているフリアがおそるおそる控え目に手を上げた。

その場にいた全員の視線がフリアに注がれる。


うっ、と見知った家族しかいないというのに妙なプレッシャーを感じ尻込みしそうになったが、早くこの面倒事を片付けてしまいたいという気持ちが勝り、口を開く。


「えぇー。お兄ちゃんは『墓守』のこととか、『盟約』のこととか、知らないって言ってた……よねぇお兄ちゃん」


断言すると自分に父から質問が飛んできそうだったので、兄に逸らす。元々兄のだし、と。


『墓守』?『盟約者』?と頭の上にクエスチョンマークを浮かべているルーンを見て、父親は娘の言っていることが本当だと判断した。


予想外の事実が判明し、怒りが消失した。怒ってどうにかなる問題ではないと思ったのだ

それから眉間にシワを寄せ、難しい顔をする。

どこから話せば良いのか考えていた。


「……ルーン、一応聞くが、その魔獣アニマと交わした契約は『本契約』か?それとも『仮契約』か?」


契術師の契約には二種類あり、『本契約』『仮契約』と呼ばれる。


『本契約』は契術師と契魔獣のどちらもが最大限の力を発揮することが出来るが、一度交わしてしまえばどちらかが死亡するまで絶対に契約が切れることは無い。


『仮契約』は『本契約』に比べて引き出す力が格段に落ちてしまうが、いつでも契約を切ることが出来る。契術師と契魔獣の間には相性も必要なので、その相性を確かめるために使われるのが主だ。


「本……仮?なにそれ」


その反応を見て父親はため息をついた。

息子には『本契約』の方法しか教えていない。

ならば、息子だけで契約を結んだのなら『本契約』以外に有り得ないだろう。


「お前がしたであろう本契約は、普通には切れんものだ」

「普通そうなんじゃないの?」

「……」


もう一度ため息をついた。

あれおかしいなちゃんと説明したことあるよね、と頭が痛くなってくる。


「……まあとりあえず、その魔獣アニマは殺さなければならないな」

「「!?」」


ルーンとマフの身体が強ばる。


「ど、どうして……?」

「これも、昔に聞かせたことではあるんだがな」


父親は語る。

ここの森には『とある死体』が埋められており、それを守っているのが『墓守』であるルーン達の血族なのだと。

そして『墓守』はその地を守るための力が必要であり、遥か昔に『龍』に力を貸してくれという、盟約を交わした『盟約者』でもあるのだと。

もう数年すれば、父親はルーンに『墓守』の力を譲り、次代の『龍』であるリィルゥと契約を結ばせる予定であるのだと。

隣に住んでいる一家は人間ではない『龍』なのだと。


普通は長男であるルーン達の兄が継ぐものなのだが、兄には契術師の才能が無かったためにその役目はルーンへと移ったのだ。


父親が語っている間、ルーンは全く話を聞いていなかった。

この場を切り抜けるために、父親達に知られないようにポーチに手を伸ばし、石を手の中に持っていた。

本当はすぐに発動できるように血を塗っていたかったが、血の匂いでバレる可能性を恐れ思いとどまった。

ちなみに隣に座っていたフリアはルーンがしていることに気が付いていたが、味方をすると言ったため、父親に言ったりすることは無かった。


ルーンはタイミングを伺っていた。

この家から逃げ出すことにしたのだ。

マフと出会ったて数年にも及ぶため、殺すといわれてはいそうですか、なんて浅い関係ではないのだから。


「ーーという訳で、魔獣アニマとの契約は一体としか出来ない。リィルゥと契約しなければならないお前は他の魔獣アニマと契約してはいけなかったんだ。よって契約を切るために、その魔獣アニマは殺さなければならない。……分かったか?」


父親の話が終わり、ルーンに問いかけてきた。

ルーンは話を聞いていなかったが、話が終わったということはなんとなく分かったので、立ち上がる。


下を向いていたが、ゆっくりと顔を上げて、言った。


「うん。分かった……分かったよ。だから、最後にコイツと、さよならを……」


舌を噛み、強引に涙を流す。

その涙を見て、一同はぎょっとした。


父親は、ああ今の俺凄い悪役だなぁなんて自己嫌悪していたし、母親は「まだ時間はあるのだし、今でなくても……」と父親に進言していた。

フリアは「うわぁー。パパひどいよぉ」と援護射撃する。


いたたまれなくなった父親は、母親の言うことも一理あると思い、ルーンに言う。


「い、いや。確かに今すぐ殺すことは無いなっ!うん!だから泣かなくても……」


しかしルーンは首を振る。

諦めたように首を振る。


普段は嘘などつくことがないルーンの演技は、簡単に信じられていた。


「殺してくる。コイツと初めてはあった場所で。思い出の……場所で……。じゃ、じゃないと、別れが辛くなるだけだから……」


ルーンは両手でマフを抱き上げると、ゆっくりと玄関に向かって歩き出した。

その背中を追いかける者は誰もいない。


マフはルーンが演技しているとは見破れていなかった。

しかし、自分が殺されるかもしれないと知っていながら、暴れることなくルーンの腕の中に静かに抱かれていた。


まるで、最後の温もりを感じようとしているその姿を見て、ルーンの家族は動くことができなかったのだ。「ふまぁ」という哀愁誘う声も、石化魔法のような威力を持っていた。


涙を拭うルーンの口元が笑っていたことは、ついぞ誰にもバレることは無かった。


ーーーーー


ルーンの家。

あれから三時間が経過し、あれちょっとおかしいぞ、となってくる。


ルーンとあの魔獣アニマがどこで初めて会ったのかはここにいる誰も知らない。

確かにここの森はとてつもなく広く、先から先まで行こうとすれば3日は掛かるものだが、果たしてルーンが家に帰ってこなかった日があっただろうか。


それは全員が知っている。

一度も無かった。


外はもう真っ暗だった。

もうすぐ日が変わる時間だろう。


フリアは既に寝ていた。

もちろん自分の部屋で寝ているのではなく、兄の帰りを信じ、寝落ちしてしまったのだ。


母親は自分の膝で寝ているフリアを撫でながら、言った。


「あの……」

「言うな」


沈黙が訪れる。


母親が言おうとしたことを、父親は分かっていた。

分かっていて、分かりたくなかった。信じたくはなかった。


さらに時間は経過する。

朝日が昇ろうとしていた。

もはや、信じる信じないの話ではなくなっていた。


認めなければならなかった。


「やっぱり……」


母親の言葉を、今度は止めなかった。


「逃げてしまったのかしら」

「……ああ、そうだな」


父親も肯定した。


そして追い打ちをかけるように父親にある反応が届く。

この森全域に張ってある結界が、内側から抜けられたという反応だ。


そしてこの反応は、父親が契約している『龍』にももちろん届いている。


父親が契約している『龍』は一体だけだ。

しかし、今、『龍』の家族は何体が家にいただろうか。


一方的に人間の方から『盟約者』がいなくなったと知られてしまえば、どうなってしまうだろうか。

『龍』が怒り、その矛先がこちらに向いてしまう事を思えば、抗う気すら起きない。


父親の思考は既に、ルーンをどうやって連れ戻すかではなく、『龍』達をどうやって説得するかに変わっていたのだった。




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