22.兄を訪ねてⅩ(目的地)
「どーゆーことだクラウンちゃんよー。てめーが話したってことでいーのか?」
「いいや。クラウンは何も言ってないよ。僕がそうなんだろうなって思ってただけ。でも、そう言うってことは、当たってたみたいだね」
「ちっ。墓穴かよ。語るに落ちちまったじゃねーか」
前のめりになっていたアークシェルは、ぼふっとソファの奥に座り直して天井を仰いだ。
追い討ちをかけるようにトーラもアークシェルに言った。
「私の場合も、お前の過剰な反応が確信に至らしめたのだがな」
「あーうっせー。あたしのせいってかー?あたしのせいだよなー。まあしょーがねーな。それはそれとして、だ」
再び正面を向いて、今度はクラウンを見る。
「そいつをどーすんのか決めてんのか?知っちまってんなら野放しには出来ねーぞ」
クラウンは、待ってましたと言わんばかりの顔になった。
「分かってるよ。だからルーン、学園に通わないとね。ボクや姉さん達の目の届く所にいないと。うん。そうしないと」
「養成所に入れた方が安上がりだけどなー。ま、それでもいーか。学費くれーは出してやんよ。その代わり喋れば殺すかんな」
「よし決まり!早速制服注文しないと!」
「なーんか活き活きしちゃってんなー。クラウンちゃんのそんなトコ初めて見たぜー」
クラウンとアークシェルが勝手にルーンの話を進めているがルーンは聞いていなかった。
その隣でルーンとトーラも2人で話していたからだ。
トーラはおずおずと、そんなわけないよなぁ的な感じで話し掛ける。
「ところでフリアは元気か?」
「元気って言うかいつも通りだけどってなんで知っているの?」
確信を得たトーラは、ドレスを着ているルーンをジト目で見ながら言った。
「……ルーン、いつからそんな趣味に目覚めた」
「え、やっぱりお兄さん?」
「そんなに自信無く聞くほど変わってはいないだろう。と言うよりどうして断定出来ない。兄の顔を忘れたか」
「でもさっきは違うって……」
「それはお前がルーンだと気付かなかったからだ」
「同じようなこと言うけど、弟の顔を忘れたの?」
「その格好でお前だと気付けた方がおかしいと分かってくれ」
トーラ改めルーンの兄であるヴリトラは、ため息をついた。
疲れたようでもあったが、久しぶりに家族の顔を見ることが出来て嬉しいといった感情も混ざっていた。
だが、一瞬優しげな表情になったトーラの顔がこわばる。
「まて、それはそうとお前の役目はどうした。それにその魔獣、まさかお前……」
「いや、ほら、契約しちゃダメとか聞いてなかったしさ。中途半端に契約のやり方を教える方も教える方だと思うんだよね。うん」
「つまり?」
「逃げてきた」
トーラは額を抑えた。
こいつ何も分かってねえと理解し、でも隣では王子とか王女がルーンの学園入学の話を進めてるしどうすればいいんだ、と悩む。
「……いやまて、ルーン程でなくともフリアにも適正はあったか。ルーンをすぐに連れ戻さなかったのもそういう理由があるのかもしれない」
全く見当違いの推測をし、自分を納得させた。
どうせ違っても、ルーンが帰って来ないことには結局はフリアが役目を果たすしかないのだから同じことだろう、と。
「トーラさん。ルーンを家に返すんですか?」
ルーンの学園入学の話が一段落して彼らの話を聞いていたクラウンが不安そうな顔でトーラに尋ねた。
トーラが「その必要はない」と言う前に、クラウンはにっこりと笑顔で言う。
「ま、何を言おうと王子権限で拒否しますけど」
「トーラが困るならあたしも王女権限で拒否するぜー」
「いいんじゃないか。うん」
もうどうでもいいので適当に返事をするトーラ。
クラウンは嬉しそうに笑ってもう一つ聞く。
「あ、ルーンのお兄さんってことはヴリトラさんですよね。そう呼んだ方がいいですか?」
「まて、何故その名を……」
「トーラてめーヴリトラって名前だったのかよ!なにがトーラだヴリトラくんよー。ヴリトーラってか。ありがてーくれーに壮大な名前だなーおい!明日学園中に広めてやんよ」
げらげらと笑うアークシェルにトーラは額に青筋を立てた。
こうなることが分かっていたから偽名を使っていたというのに。
『ヴリトラ』などの神話的な名前はこの世界でキラキラネームのようなものなのだ。時代を先取りしている。
「さて、ルーン。森に帰れ」
「拒否します」
「拒否するぜ」
「僕も帰りたくはないなぁ」
味方がいないトーラがおかしくて、アークシェルはさらに大声で笑っていた。
するといきなり扉が開かれる。
クラウンがギルストンに頼んで誰も近付けさせないように言っていたのにも関わらず、だ。
「あ、ティアラ」
そこにいたのは泣きそうな顔をしたティアラだった。
ティアラはルーンの顔を見ると側に駆け寄って慌てたように言った。
「る、ルーン!『フマ』が消えちゃったの!いきなり!アタシ、ずっと探してたけどいなくて!それで、どうしようって……。え?」
「ふま?」
ルーンの頭の上で不思議そうに鳴くマフを見て、ティアラはきょとんとする。
「よ、よかったぁ〜」
ふにゃぁと力が抜けて、心底安心したような顔でその場に経たり込んだ。
そんなティアラを見て、アークシェルは人の悪い笑みを浮かべて言った。
「おう。ちょーどよかったぜティアラちゃんよー」
「げ。」
「人の顔見て嫌な顔すんなーティアラちゃん。おねー様悲しくて泣いちまいそうだぜー?」
「アタシちょっと急用があったから失礼するわね」
「させねーよ」
「きゃあああああ」
アークシェルが無駄に高い身体能力を発揮して、1回の跳躍で退室しようとしていたティアラの前まで跳んだ。
そして羽交い締めにして膝カックンをし、座り込ませた。
「そろそろ引きこもりから脱するべきじゃねーの?そこんとこどー思うよティアラちゃーん」
「はわわわわっ」
「どー思うよー?」
アークシェルはティアラを部屋の隅に連れていき、「来るよなー?まさかこのままとは言わねーよなー?」と脅していた。
「あ、ルーン。ティアラが王城に住まわせるために髪を伸ばしたんだろうけど、学園に行くなら髪を切っておこうか」
クラウンは自衛のために持ち歩いている短剣を取り出して言った。
「でもお兄さんが美人は得をするって言ってたし」
「確かに言ったが、それは男が女装して得る恩恵ではない。いや、似合ってないとは言わないが」
トーラは切ってくれとクラウンに頼み、クラウンも張り切って切ろうとする。
「ま、待った!あー、えっと。ルーンが女子として学園に行ってくれたらアタシも学園に行くかもー。友達って大切よねー。うん。でも無理よね。伝統ある学園に性別誤魔化して入学するなんて聞いたことないものねー」
アークシェルに押し負けそうになっていたティアラは、意地でも外に出たくないため、無理難題を振った。
しかし残念なことに、ここにいるのは他人に命令することに慣れている第十三王女とちょっと常識が欠けているルーン。
「おーし、聞いたなトーラおとーと。どーせてめーが女として入ったって疑うヤツはいねーよ。だからいーな?」
「うぃー。別にいいよぉ。女の子ってこんな感じだよねぇ」
「なんで!?ほら!古き良き伝統とかは!?」
ティアラの無茶振りはいとも簡単に了承された。
だが。
「「異議あり!」」
クラウンとトーラはそれに反対する。
「いやルーンは男の子なんだから男の子として通うべきだよ。ほら、学園は全寮制なんだから、女子寮に男の子がいてそれがバレたら退学じゃ済まないよ?第一、ティアラのわがままにルーンを巻き込むのはどうかと思うな。男子生徒なら、王子として通ってるボクが不慣れなルーンをフォローしやすくなるわけだしね。こう見えてもボクは女の子に人気があるんだから、一人の女子生徒に話しかけるのって大変なんだよ」
「ティアラちゃんにフォローさせれば済む話だろ。女子りょー云々で起きた問題は王女権限で握りつぶす」
「それを言われたら……っ」
「私は反対だ。弟が女子生徒として通う兄の気持ちが分かるか?それにルーンは外の……家以外のことを何も知らないんだぞ?隠し通せるとは思えないし、お前が握りつぶすと言っても限度があるだろう。何よりいつか本当に女装が趣味となってしまいそうなのが一番怖い」
「下の家族が性別変えて過ごす気持ちってーのは少なくともてめーよりは分かってんよ。安心しろ。すぐに慣れる」
「言われてみれば……いや、そういう問題か?」
「騙されないで二人とも!結構むちゃくちゃ言ってるわよこの人!」
貴重な反対意見を持つ味方 (?)があっさり言いくるめられそうになり、焦るティアラ。
「大体よー既にぎめーで入学してるヤツもいんだからよー。性別騙しても同じよーなもんだろ」
「結構違うわよ!?っていうか誰よその迷惑なヤツ!」
「私だ」
「アンタかぁぁぁぁ!」
ギリギリと歯を鳴らして親の仇のようにトーラを睨む。
「つーわけで決まりな。まさかおーじょに二言はねーよなー?ティーアーラちゃーん」
「うぅ……」
もう八方塞がりで言葉が見付からず、ティアラはしばらく唸っていたが、ついに思い切り立ち上がった。
「うあー!いいわよ!行ってやるわよ!行ってやろうじゃない!その代わりルーン!アタシを独りにしたら許さないから!」
こうして、色々あったもののルーンが(女装で)入学することが決まった。




