21.兄を訪ねてⅨ(分岐路)
ひとまずクラウンとティアラは着替えることになり、3人は王城の廊下を歩いていた。
契術師の恩恵として聴力が強化されているルーンは、誰かの怒鳴り声が聞こえて立ち止まった。
「何か騒がしいね」
「そう?」
「気のせいでしょ」
ルーンが立ち止まったことでクラウンとティアラも振り向いたが、気にすることではないとまた歩き出した。
ルーンは、2人がそういうのならそうなのだろうと思い、また足を動かし始める。
ここではこのくらいの騒ぎは日常茶飯事なのだ、と。
実は第十三王女が炎を振るって王城の至るところを燃やし壊しているのだが、今のルーンは知る由もない。
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初めにティアラと別れ、その後クラウンの部屋に入れてもらえなかったルーンは手持ち無沙汰になり、一人で廊下を歩いていた。
歩いているうちにどこを歩いているのか分からなくなり、迷子状態である。
そしてふと気が付く。
「あれ、マフは?」
ずっとティアラの部屋にいるのだろうか、きっとそうなのだろうと思うことにした。
「それなら、後でいいかな」
適当に納得して、廊下に飾ってあった変な形の壺を覗き込んでいると、声を掛けられた。
慌てた形相でルーンに待ったをかけたのは、白い髪をした騎士であるスピノアだ。
「ようやく見つけたと思ったら、少年っ。いや、少女と呼ばなければならなかったか」
ルーンを女性として扱うように言われたスピノアは訂正した。
それよりも、また高価な物に不容易に近付こうとするルーンの肩を掴んで後ろに下がらせた。
「ふぅ」
ひとまず安堵のため息をつくスピノアに、ルーンは少し不機嫌だった。
こうしてスピノアに邪魔をされたのは初めてではないからだ。
ルーンに過失があるが、そんなことルーンには分からない。
「随分と探してしまった。これを渡せと言われていたのだ」
「なにこれ」
渡されたのは1本のガラス瓶。
手のひらに乗るくらいの大きさで、中にはよく分からない液体が入っていた。
「……なにこれ?」
「私にも分からない。ただ、ティアラ様がギルストン隊長に頼んだ物だと聞いている。とりあえず飲んでみてくれ」
「飲み物なのこれは」
だがまあティアラが言った物ならば大丈夫だろうと蓋を開ける。
嗅いでみると、強化された嗅覚でも何も捉えられず、余計に怪しさが増した。
「……」
意を決して瓶を煽る。
無味。
しかし水ではない。
どろりとしていて、喉をゆっくりと下がっていっているのが分かった。
スピノアが、マジで飲んだよこいつ的な顔をしていた気がしたので、ルーンは衝動的にその顔を殴りそうになった。
だが、それはできない。
目の前が真っ暗になったからだ。
「なにが……?」
「なるほど」
スピノアが一人納得したような声を出したため、ルーンはなにが起こっているのかを聞いた。
「ああ、いや」
光が差し込んでくるように、目の前が明るくなった。
「髪を伸ばす薬だったらしい」
三メートルくらいに伸びた髪を、剣で綺麗に切り揃えたスピノアが言った。
もうどこからどう見ても少女にしか見えないルーンは床に落ちた大量の髪を見て、これどうすんだろと他人事のように思っていた。
ーーーーー
髪の処理をするためそこに残るスピノアからクラウンの部屋の行き方を教えてもらい、言われた通りに歩く。
すると目の前にクラウンの後ろ姿が見えたので声をかけた。
「クラウン」
「あ、ルーンどこいってたの......ルーン、だよね?」
振り向いてルーンを視認したクラウンは少し自信なさげに尋ねた。
「うん」
「す、少し見ない間に髪が伸びた、ね?」
未だに少し混乱しているクラウンに、ルーンは事情を説明した。
「ぐっ。ティアラめ……先手を取られたっ」
「何の話?」
「こっちの話。ところでルーン、マフはどうしたの?」
クラウンの強引な話題転換に、ルーンは食いついた。
「多分、ティアラの部屋にいるんだと思うけどね」
「召喚すれば?」
「しょうかん」
「えっと、召喚っていうのは契約してる魔獣を呼び出す魔法のことで……」
「ふむふむ」
一通りクラウンから召喚の方法を聞いて、ルーンは実行する。
「マフ、来い」
「ふまぁ?ふま!」
一瞬何が起きたか理解出来なかったマフだったが、ルーンの顔を見てすぐに頭の上に乗りにいった。
「へぇ。こんなの出来たんだ」
「普通はルーンが知っとかなきゃいけないんだけどね」
「逆にどうしてクラウンは知ってたの?」
「それは学園で……」
と、クラウンは閃いた。
「学園で習ったんだけどさ。ルーンも学園に来ない?契術師として知らないことがいっぱい教えてもらえるよ」
「契術師はなりたくてなったわけじゃないしなぁ」
「ぜ、贅沢な……。じゃ、じゃあほら、えっと、陣魔法だっけ?それも……うーん、先生いたかなぁ……」
アピールポイントが少すぎて頭を抱えたクラウン。
「……学園来ないと、ルーンって行くとこなくなるよ?」
思考を振り絞って出した結果、脅迫。
「ティアラがここに住んでいいって……」
「第一王子の権限でそれを拒否します」
「まあでもお兄さん見つければいいだけだし……」
「第一王子の権限でそれを拒否します」
「できるの?」
「できないけどさ!」
あーうー!と、クラウンは腕を組んで頭を悩ませた。
しかしどれだけ悩んでも、答えなんて出てこなかった。
そんな時。
不意に後ろから声が掛けられた。
「やっほー。そこにいんのはクラウンちゃんじゃねーの」
「え?アー姉さん?どうしてここに?」
振り向いたそこにいたのは第十三王女であり、クラウンの姉であるアークシェル・ディスカフラ。
予想もしなかった人物の登場にクラウンは目を丸くした。
「クラウンちゃんは家族が家族に会いに来るのにわざわざりゆーをつけなきゃ気が済まねーのか」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「りゆーは簡単にゆーとふしょーのいもーとの代理ってとこか」
「理由あるじゃん……て、不肖はアー姉さんだから。シー姉さんが不肖とか言われる理由がないから」
「あんだよー。しばらく見ねー内におねー様に口答えしやがって」
「しばらくって一週間も経ってないじゃないか……」
アークシェルとの会話に若干疲れたような顔をしたクラウンは、ルーンに彼女達を紹介した。
「ルーン、この人はボクの姉でアークシェル・ディスカフラって言うんだ。めんどくさい所もあるけど、基本いい人だよ。って、聞いてる?」
ルーンはクラウンを無視して、ずっとある一点を見つめていた。
アークシェルの後ろに立っている一人の男子生徒。
なぜか制服はところどころ焦げており、頬などに煤がついていて若干黒ずんでいる。
「……お兄さん?」
「む。残念ながら私に黒髪ロングの妹はいないな。悪いが他を当たってくれ」
「違ったかぁ」
「だがどうしても私の妹になりたいというのであれば、弟と結婚するがいい。喜んでお前を義妹と呼ぶことだろう」
「いちいちきめーんだよてめーは!」
アークシェルの鋭い蹴りをトーラに放つ。思い切り制服のスカートが捲れたが、気にするアークシェルではない。
「その一撃、読めていた。がふっ」
「だから避けてから言えってんだよ」
みぞおちにクリーンヒットし、トーラは崩れ落ちた。
トーラを無視して、アークシェルはクラウンに向き合った。
「アー姉さん、こっちは……」
「必要ねーよ。どーせ覚えらんねー。てか座れる場所よーいしてくんねー?追うわ逃げるわで疲れてんだけど」
ルーンをないがしろにされたことで少しムッとしたクラウンだったが、元々アークシェルではない姉と会う時間は過ぎていたため、これ以上時間を無駄にさせないために予定していた部屋に通した。
「ん。これが頼まれてたもんだ」
「うん。ありがとう。門まで送ろうか?」
「客に茶も出さずに帰らそうとすんなよ。おねー様泣いちゃうぜ?渡すだけならここまでくる訳ねーだろーが」
「じゃあ他に何があるって言うのさ」
「まあその前に、だ」
アークシェルはルーンを指さして言った。
「どーしてそいつが平然とここにいる?」
「僕?」
「あ?『僕』なんてキャラ付けしやがって。そーゆーのは一人でいーんだよ」
「いや、それはどうだろうか。僕っ娘はいいものだろう。いいものはいくらいてもいい。それが当たり前というものだろう」
「ちょっとてめーは黙ってろ。真面目な話をしてる」
「だが……」
「燃やすぞ」
「……。だが……」
「……」
アークシェルは無言で炎の剣を作り出し、隣に座っているトーラに向ける。
それでようやく黙ったトーラを見てから、炎剣を消した。
「そ、それを言うならアー姉さんだってトーラさんを……」
「そいつは知ってんのか?今からすんのはそーゆー話だ。ちなみにトーラは知ってるぞ」
「アー姉さんっ!」
「あ?あたしが言ったとでも思ってんのか?んな訳ねーだろ。クラウンちゃんの自爆だぜ。さっきの喚きで気付かれたんだよ」
「えっ……」
「トーラの能力で他のヤツらには忘れてもらったがな、偶然あたし達がいなけりゃカンのいいヤツは一発で気付くぜ」
ま。これも『奇跡』か?なんて付け足したアークシェルの言葉はクラウンの耳には届いていなかった。
自分があの時なにを叫んだかは覚えていないが、確かに聞かれたらバレるようなことを言ったかもしれない。
平常心を失っていたなんて、言い訳にもならない。
「んで、する話はその事なんだが、もう一度聞くぞ、そいつは知ってんのか」
「っ……」
答えたのは、クラウンでは無かった。
「知ってるよ」
「ルーンっ!」
「……ルーン?」
クラウンが名前を呼び、トーラが反応する。
「へぇ」
アークシェルは口元を歪めて笑った。
「てめーは何を知ってるってーんだ?」
「クラウンが女の子だってことでしょ?」
平然と、何でも無いように言い放った。




