⑳兄を訪ねてⅧ(入れ違い)
王城の廊下に、一組の男女が歩いていた。
いずれも学園の制服を身に付けており、学園の生徒だということが分かる。
普通ならば、一学生が王城にいるようなことがあれば違和感があり、浮いてしまうだろう。
だが、その男女は不思議と王城の雰囲気に溶け込んでいた。
その要因の一つとして挙げられるのが、その内の女子生徒だ。
燃えるような真紅の髪がまず初めに目がいく。そして次に目に留まるのは、美しいというよりは綺麗だという方が正しいであろう整った顔立ち。手足はすらりと長く、学生とは思えないメリハリのある身体をしていた。一言で言うのなら、美人と表現される。
そしてもう一つの要因は男子生徒だ。
染めていたのか毛先だけ隣の少女のように紅く、新しく生えてきた髪は白色だった。そのことから特異能力を扱うことがうかがわれる。眠そうな瞳、というか実際に目の下に黒いクマがあり、今にも寝てしまいそうな雰囲気がある。しかしそれすらも好印象になってしまうほど顔の造形は良い。それに加えて服の上からでも分かる鍛えられた身体は、異性を虜にすることだろう。
とにかく、美男美女が堂々と王城の廊下を歩いていた。
「〜〜っ!……!……!!」
誰かの悲痛で苛烈な叫びが聞こえた気がした。
男子生徒は立ち止まる。
「む。なにか聞こえないか」
「聞こえねー」
「そうか」
終了。
男子生徒の耳には明らかに何かが聞こえていたが、女子生徒が聞こえないと言ったので、聞こえないことにする。王城での叫び声なんて、どうせロクなことではないからだ。
男子生徒は再び歩き始めた。
しかし。
「そうか、じゃねーだろーが!」
女子生徒が一歩踏み出した男子生徒の背中を思い切り蹴飛ばす。
男子生徒は突然の一撃に顔面から床に倒れる。
はずだった。
「読めていた。その一撃」
蹴られた勢いを利用して、空中で回転して着地する。
女子生徒はさらに追撃しようと、着地したばかりの男子生徒に足払いをかけた。
「ーーそれもまた、予測していた」
「そーゆーのは避けてから言え」
見事に転がされた男子生徒は、表情を変えることなく倒れたまま言った。
「分かっているからと言って、避けれるはずもないだろう。お前は弓で射られるのが分かっていたとして、それを避けることができるのか?」
「当たりめーだろ。当然じゃねーか」
「それもそうだな。例えが悪かった」
男子生徒は何も無かったように立ち上がる。
未だ聞こえる声について、どう反応するか女子生徒に目で促す。
「この声は我が愛しのいもーとちゃんじゃねーの」
「第一王子のものではないのか」
「さーな」
進行方向を変えて、声のする方へ向かおうとする2人。
すると突然、女子生徒がぴくりと反応して、男子生徒に言った。
「トーラ、この声を聞いたヤツ全員の記憶を奪って、声の届かねー場所に移動させろ」
「この私に、ただでさえ少ない魔力を使わせるとは。お前は何様のつもりだ」
「おーじょ様だろ」
「第十三王女のくせにな」
「アークシェル様と崇めろよ」
「ところで話は変わるが、全員だと私達も効果圏内なのだが。それはどう......」
「ふつーに考えて外すに決まってんだろ!」
トーラと呼ばれた男子生徒は、第十三王女アークシェル・ディスカフラに向かって無言で手を差し出した。
「ちっ」
「血」
「ちぃっ!うぜー!」
アークシェルは自分の綺麗な指を乱暴に噛み切り、溢れた血をトーラの手のひらに一滴落とす。
トーラはその血を舐めて飲み込んだ。
そして自分も舌を噛んで、血を飲み込む。
「これでお前の血縁と私の血縁……まあいるはずもないが、それ以外の人物には私の能力が効くだろう。そして……」
「んなこといーから早くやれよ。いちいち言わねーと気が済まねーのか」
「お前の頭は非常に残念だからな。私の能力をド忘れする可能性がある」
「忘れてたらてめーに能力使えとか言わねーだろーが!」
顔を髪のように真っ赤にしてトーラに掴みかかる。
トーラはやはり表情を変えることなく、淡々と言う。
「早くしなくていいのか?この状態では使えるものも使えないのだが」
「くっそうぜー!てめー後でしょけーな。しょ、け、い!ふけーざいだ」
「やはり、とても王女とは思えない言葉遣いだ。......では」
トーラは両膝を床に付けて、両手を組んで祈るような態勢になる。両目を瞑って口を開く。
「『ーーーーー』」
声ではなく、音を出して、何かを紡ぐ。
人間には理解出来ないし、トーラ自身もよく分からない音を紡ぐ。
神様に、願いを伝えるように。
やって欲しいことを伝えるように。
頭の中では、『記憶消去』と『人払い』を想像する。
それを見ていたアークシェルは、何度見ても慣れないものだと、知らず知らずの内に冷や汗をかいていた。
トーラの切った舌から血がどんどん溢れ出し、床に落ちていく。
床にはカーペットを敷いているが、染み込むような事なく、血は奇妙な魔法陣を形作ってゆく。
トーラを囲むように描かれたら、その後正体不明で無色透明の『ナニカ』がトーラの頭の上に現れる。
アークシェルにも見えないが、いるのだけは分かる。
いいモノか、悪いモノかは分からないが、この血塗れの光景におびき寄せられたモノだとしたら、少なくともいいモノではないだろう。
『ナニカ』は魔法陣の血を全て吸い取り、消える。
始まりと終わりでは、景色に何の変化もない。
トーラの能力もこれで終わりだ。
アークシェルは思う。
トーラは目を瞑っているため、発動中の姿を見たことはないはずだ。そのため、アークシェルが使えと言った時にはなんだかんだで使うし、自分が必要な時にも使っているだろう。
しかしこれは、使わせていいモノなのだろうか。
アークシェルが彼に能力を使わせたのは四回目だが、見ていて気分のいいものではない。
初めの1回を除いて、ふざけて使わせたことは一度もなかった。
「……終わった。ああ。やはり魔力が足りない。能力も1回が限度となると、弟の異常な魔力を分けてもらいたい」
「……はっ、魔力の受け渡しなんざ実のきょーだいでも出来るか分かんねーだろ」
何も知らないトーラを騙しているような気分になって、アークシェルはつい顔を歪めた。
彼の魔力は決して少なくない。むしろアークシェルよりも多いだろう。だが、魔力と一緒に大量の血液を消費しているため、一度しか使えないのだ。
トーラがそれを魔力不足と勘違いしているだけなのだ。
「というか、この叫び、私が聞いてもよいものなのか?」
「……」
アークシェルは考え事をしていてあまり聞いていなかったが、トーラは全て聞いていたらしい。
「どんなことがわかった?」
「確定的な事は言っていなかったし、ほとんど推測のようなものだが、第一王子がおそらくはおん……」
「はーいそこまでー。よしもっかい能力使って記憶消せ」
それは無理だと逃げるトーラを、得意属性である『火属性・紅炎魔法』を使ってまで捕まえようとする第十三王女のせいで、国王お抱え庭師の自慢の力作が灰になるという事件が起きたがそれはまた別のお話。




