⑯兄を訪ねてⅣ(回り道)
裸の付き合いとは、随分古くから受け継がれてきた伝統らしい。
お互いが武器や身を守るものを身に付けず、生まれたままの姿で同じ空間に留まることで、心の壁が取り除かれて心の距離がグッと近くなる。対話を交えればその効果は絶大で、ほんの少し話しただけでも数年来の友のような関係になることもある、らしい。
ルーンとティアラは同じ浴槽に浸かり、ぽつりぽつりと話しているうちに、完全に打ち解けていた。
他人と話すことに慣れていないルーンと、およそ友達と呼べる者がおらず、同年代との会話に飢えていたティアラは非常に気があった。
少々踏み込んだ会話もする仲になっていた。
「へえ。アンタはそのお兄さんを頼りにゼリアンまで来たわけね。おとなしそうな顔して家出なんて、やるわねアンタ」
「正直、森を出てからのことはなんにも考えてなかったから、クラウンに出会えたのは本当に良かった。サンドイッチも美味しかったし、このお風呂っていうの?これも結構好きかも」
「でしょうでしょう!気持ちいいでしょ!アタシが唯一くつろげる場所だと言ってもいいわ。普通なら王族以外は入っちゃいけないんだから、感謝しなさいよね!」
「うん。僕の中でティアラはとても優しい人だよ」
実際はクラウンが許可したからルーンがいるのであって、ティアラはたまたま居合わせただけなのだが、そんなこと2人は特に気にしない。
「あ、いいこと思いついたわ。アンタは別に、絶対にお兄さんに会わなくちゃいけないわけじゃないのよね?他に行く宛がないからお兄さんに頼ろうとしてるわけよね?」
「うーん......うん。まあそういうわけかな。生きていけるのなら森の中でもどこでもいいし」
「そうよねそうよね。ならルーン、アンタここに住みなさいよ。アタシが言えばルーンの一人や二人くらい余裕で住まわせてくれるはずよ」
「え、いいの?」
「もちろんよ。王女に二言は無いわ。ここに住めば美味しいご飯もあるし、何よりお風呂に毎日入れるわよ。これからは一緒に入りましょう」
学園に通っていた頃に友達ができなくて、現在不登校中のティアラは、ルーンを友達だと認めてそんな提案をした。
もちろんルーンが男だとは気付いていない。
王女が異性に向かって一緒に入浴しようなんて言うのを、誰かに聞かれていれば大問題だ。
「いい、かも。お兄さんをわざわざ探すのも面倒だしね」
「決まりね!じゃあ早くあがってーー」
早くあがって遊びましょう、ティアラはそう言おうとした。
それを止めたのは、また浴室の扉が開かれたからだ。
湯気の向こうから現れたのは息を切らしたクラウン。
その顔はなぜかとても赤かった。
ルーンは、クラウンはよく顔を赤くするなぁなんて考えていた。
「どうしたのクラウン、なんか急いでる?」
「あらクラウン、ちょうど良かったわ。今日からルーンはここで暮らすから。お父様達に伝えておいてもらえるかしら?どうせ会いに行くでしょ?」
そんなことを言うルーンとティアラを見て、クラウンは口をぱくぱくと動かした。呼吸が整っていないため、声が出ないのだ。
しばらく、ふーふーと呼吸をした後、大きな声で言った。
「なにしてるのさっ!」
怒りをはらんだ声に、何を怒られたのかわからずルーンとティアラは顔を見あわせて同時に首を傾げた。
その息の合ったような光景を見て、クラウンはなぜか更に怒りが湧いてきた。
「ルーン!マフまで使って、そんなにティアラの裸が見たかったの!?」
「ん?これはマフが勝手にしたことだよ?」
きょとんとしたルーンを見てクラウンはとりあえずルーンを気にしないことにする。付き合いの長い関係ではないが、彼の常識知らずっぷりはよく知っている。
きっとこの状況にも何も感じてはいないのだろう。それはそれで問題ではあるが。
そこまでクラウンが考えると、ティアラが言った。
「クラウン、さっきから何を騒いでいるの?アタシとルーンが一緒にお風呂に入ってたって何の問題もないでしょ。そもそもクラウンがルーンに入浴を許可したって聞いたんだけど?」
「確かにボクが言ったことだけどさ!問題は大アリでしょ!?(ティアラは)女の子なんだから!」
「?ええ、だから(ルーンは)女の子でしょう?何が問題だって言うのよ」
「問題しかないけど!?ティアラは王女でしょ!?そんな誰にでも肌を見せるなんて、変な噂が立ったらティアラが苦労するんだよ!?」
「身分の問題を言っているの?なら大丈夫よ。ルーンとアタシは友達だもの」
そう言ってティアラは、クラウンに見せ付けるように、隣でぼんやりしていたルーンを自分の胸に抱き寄せた。後ろから抱きつき、ルーンの肩に顎をのせてクラウンに挑発的な笑みを送る。
「ーーーーー!。!、?!?」
ルーンはされるがままだ。クラウンは声にならない叫び声をあげた。
「ほら、胸もアタシと同じくらいないの。きっと相性は抜群ね」
「相性!?なんの相性を言ってるの!?ティアラは学園に来なくなってからティアラさんになっちゃったの!?しばらく見ない内に変わっちゃったの!?不良王女!?」
クラウンはもう色々な感情がごちゃまぜになって何がなんだか分からなくなった。
もうとりあえず、ティアラだけ風呂からあがらせようと、湯船に足を踏み入れた。
ズボンが水を吸って重たくなるが、そんなことはどうでも良かった。
無表情でゆっくりとティアラに近づいた。密着しているルーンを極力目に入れないように。
「え、なに?なんでそんな怖い顔......ひゃぁ、やめなさいよ!」
「......」
両脇を持ち上げられるように掴まれて、ティアラは驚いて小さく悲鳴をあげるがクラウンは動じない。
しかし、ティアラがルーンに抱き着いているため、ルーンも立ち上がらざるを得なかった。
「えっ」
その声はクラウンのものだったのか、それともティアラのものだったのか分からない。
ルーンの下半身を見てしまった2人は、揃って大きな悲鳴をあげた。
ーーーーー
「なんでこんなことになってるんだろう......」
「アンタのせいよ!アンタの!」
「これだけしか方法がなかったんだよ。ゴメンネ」
「とりあえず悪いと思ってないことは分かった」
ルーンは現在、ティアラの部屋でイスに座らされていた。
ルーンを囲むクラウンとティアラの手には、化粧道具やドレスがあった。
目の上に何かを塗られるため、ルーンは両目を閉じながら言う。
「すっごい理不尽」
「こっちが理不尽よ!どこの馬の骨かもわからない奴に裸を見られたのよ!?どう責任とってくれるのよ!」
「今のこれって責任とってるんじゃないの?」
ルーンは女だ、そう報告された。
男だ知っているのは王城内ではクラウンとティアラとギルストン、後はスピノアくらいだろう。それ以外は国王含めてルーンは女だと思っている。
2人が叫んだ後、すぐに騎士が何人かやってきた。
一番早く我に返ったクラウンが男の騎士を風呂場から追い出して、残った女の騎士に、事情を説明した。
ちょっとティアラが突然入ってきた女の子のルーンにびっくりして悲鳴をあげただけだ、と。
クラウンが風呂場で服を着たまま濡れていることの説明などは何もしなかったが、騎士である身では、王族に詰め寄ることなどできない。
結局何も無かったと処理され、クラウンとティアラはルーンを女装させることにした。
髪はマフの白のまま。
化粧慣れしているティアラがルーンに塗る。
クラウンはティアラの部屋にあるドレスをいくつか見繕って、選んでいた。
体格も女性とあまり変わらないルーンは、ティアラのドレスでも入るのだ。
「見なさいよクラウン。ここまで完璧にしてしまうなんて、アタシはアタシの才能が怖いわ......」
「元から髪が伸びただけでも十分だったけどね。でも、これはこれで......」
ルーンはどこからどう見ても、男には見えなかった。
それどころか、王子や王女であるクラウンやティアラと並んでいても、全く見劣りしないほどの美少女だ。
後はクラウンの選んだドレスを着せれば完成である。
「じゃ、じゃあルーン、このドレスを......」
「いや、絶対こっちの方が似合うわ!クラウンはセンスないのよ!」
「......言ってくれるねティアラ。普段は次女に着る服を選んでもらってるクセにさ。いつも派手すぎず地味すぎずな、衣服を自分で選んでいるこのボクに」
「いやアンタ普段は制服じゃない......」
互いに譲れない2人は、視線に火花を散らす。
「じゃあルーンに選んでもらおうか。まあボクを選んでくれると思うけどね」
「いいでしょう。そして、ルーンはアタシを選ぶわよ?友達だものねぇ?」
「いや、どうでもいいから早く......」
「よくないよ」
「よくないわ」
そして2人は先ほどの対立が嘘のように。
ずっと前から示し合わせていたように。
ルーンにとって無慈悲な言葉を続けた。
「全部着せよう」
「それで一番似合うのが分かるわ」
ルーンは、理不尽だと叫んだ。




