⑭兄を訪ねてⅡ(寄り道)
ゼリアン。
そこは大陸にある国の中でも3本の指に入るほどの大国である王国ディスカフラの首都である。
街の中心にある城には王族が住んでおり、その大きさはゼリアンのどこからでもその姿を見ることが出来るほどに大きい。
円状に広がっている街は高い塀に囲まれ、陸上歩行する敵性 魔獣はおろか、飛行型敵性 魔獣すら侵入することはほぼ不可能だ。
首都であるからにはディスカフラの最大戦力が揃っており、後世の育成にも事欠かない。
少年少女が知と力を学ぶ学園と、騎士を希望する者を育てる養成所があり、どちらも十二歳から入ることが出来る。
学園は戦力の増強と言うよりは、次世代を担う若者達の社交の場としての機能を期待されており、貴族の息子や娘が多い。もちろん平民もいるが、高い入学金が必要であるため、その数は少ない。
そう言う平民のために奨学生制度があり、成績優秀者に限り、学費が免除されることもある。
対して養成所は徹頭徹尾、力を求める場所だ。十二歳を越えていれば上限としての年齢制限は存在せず、来るものは拒まない。入学金などは全く必要ではなく、むしろ敵性 魔獣を駆除する仕事を斡旋され、お金がもらえる。だが、厳しい訓練に耐えきれず、心が折れたとしても、最低でも二年はやめることが出来ない。
そのため、中途半端な気持ちで入った者や、親の意向で入れられた貴族の子による脱走者が後を絶たない。
まあほとんどは監視に捕まり、さらにキツイ訓練を課せられるが、脱走に成功するものも数人いるらしい。
ルーンは、そんなゼリアンへと足を踏み入れた。
ーーーーー
通常は行われるはずの審査は行われず、馬車の中で知らないうちにゼリアンへ入っていたルーン。
そしてクラウンに言われるがままに王城へと連れていかれ、クラウンの部屋に通される。
ギルストンの他にいる近衛騎士は、ギルストン以外扉の外で待機となっていた。
きらびやかな城の外観や廊下で目を丸くしたルーンだったが、クラウンの部屋で思うことは何も無かった。
生活感があまり感じられない、ただの空間としか使われていないようなほとんど何も無い部屋。
最低限の物しか置かれていなかった自分の部屋をルーンは思い出した。
「あ、あまり見ないでね。見られるものも特にないけどさ...」
うつむきながら言うクラウンの言葉にルーンは素直に従う。
ふらりふらりと大きなベッドに近付き、躊躇なく倒れ込む。
それを見て声にならない叫びを上げたのはクラウンだ。
自分が普段寝ているベッドに顔をうずめられるというのは、相手が誰であったとしても平静ではいられないだろう。
ギルストンは扉の後ろで動こうとした騎士たちを収めて、自分は苦笑を浮かべた。
「る、ルーン?いくらキミがボクの匂いを知っているからと言って、ボクはキミに匂いを嗅がれたいとは思っていないんだよ?」
「......」
「なんで何も言わないのさ!嗅いでるの!?今まさに嗅いでるのぉっ!?」
「...ぃた」
か細い声でルーンが何かを言ったため、クラウンは文句を言いたい気持ちを抑えてもう一度促した。
「...おなかすいた」
「「あ」」
ぐーという音を聞いて、クラウンとギルストンは顔を見合わせた。
よく考えてみればルーンが5日の間も飲まず食わずであったことを思い出したからだ。
「じゃあご飯取ってくるよ。ルーンは少し待っててね 」
「王子様よ、そういうのは俺にでも外のヤツらにでも命令したら済む話なんだぜ...いや聞いてねえし」
部屋から出て行ったクラウンを追いかけてギルストンもいなくなる。
ルーンだけしかいない部屋に、お腹の音が絶えず鳴り響いていたが、それをかき消すような大きな音がした。
扉が思い切り開かれた音だ。
ルーンはそちらを見るのも億劫だったが、ご飯が来たのかと思って顔だけそちらに向ける。
長い金髪を後ろで編んで一纏めにしている。
髪と同じ金の瞳は大きく、それ以外の顔のパーツは小さい。それがバランスよく配置されているため、非常に整っていると言える。
と、脳に栄養が足りない思考でそこまで考えたルーンだったが、なんてことはない。そこにいたのはクラウンだった。
なぜか純白のドレスに身を包んでおり、そのおかげで男の要素は完全に消滅していた。
母が趣味で人形を部屋に飾っていたが、まさに人形のようだとルーンは思った。
クラウンはざっと部屋を見渡して言った。
「なに、帰ってきたって聞いてきたのに、いないじゃない」
女性口調で言うクラウンに、ルーンは何も違和感を抱かず、小さい声で話しかける。
「...クラウン、ご飯は?」
「はぁ?アンタ誰なのよ。どうしてここにいる訳?」
ずんずんと近付いて来るクラウンをルーンはぼんやり見ていた。
さっきのクラウンより、気の強そうな瞳がそこにはあった。
「クラウン?」
「アタシはクラウンじゃないわよ...ってなにこれ!可愛い!」
「ふまっ!ふまぁ!」
ルーンのそばにいたマフを抱き上げた。
笑顔でマフに頬ずりし、その感触を確かめる。
「鳴き声も可愛い!ふわっふわで柔らかい!気持ちいい〜」
「ふまぁぁぁ」
「アンタがどこの誰かはもうどうでもいいわ。その代わりこのコはアタシが貰うから」
「ふまぁ!?」
「じゃあ行くわよ『フマ』!アンタちょっと臭うからお風呂に入れてあげる!」
鳴き声から名前を安直につけられた。
「ふっ...ふ...ふまっ...ふまぁ...」
そしてマフは、臭うと言われて、このままの状態でルーンの側にいていいものかと葛藤していた。
葛藤の末、抵抗をやめて大人しくなる。
クラウンはそれを見てさらに上機嫌になった。
「ふふん。気分がいいからアンタの名前を覚えていてあげる。名乗ってもいいわよ」
「いや、クラウン。何を言って...」
「名乗りなさい」
有無を言わさぬ迫力で、ルーンは思わず名前を言った。
「ふうんルーン、ね。覚えたわ。光栄に思いなさいよ」
「マフを、返して...」
「ふま!」
マフに、心配するな的なことを言われて、ルーンは何も言えなくなる。
「じゃあね!」
「...また会おう」
「っ!ええ!また会いましょう!」
去り際の挨拶として認識している言葉をルーンが呟くと、クラウンはまるで初めて言われた言葉を喜ぶように、はにかんで部屋から出て行った。
そしてクラウンがご飯持って帰ってきたのはその三十秒後だった。
ご飯である簡単なサンドイッチを食べながらさっきのことをクラウンに聞く。するとクラウンは申しわけなさそうに言った。
「ごめん、それは妹のティアラだよ。双子なんだ」
そしてルーンに聴こえないようにクラウンは呟く。
「...でも、瓜二つ?ティアラの魔法でそんなことは...魔法...」
あ、と。クラウンは思いだす。
「ルーン、ちょっと手を出して」
「ん?はい」
サンドイッチを持っていない方の手を差し出した。
クラウンはその手に治癒魔法をかけようとする。
「やっぱり...」
魔法は途中で消えてしまった。
ルーンの魔法無効化がまだ効いているのだ。
「あ、まだ消えてないんだ」
どうでも良さそうに呟くルーン。
だがクラウンは、ルーンよりもはるかに事態を重く受け止めていた。
クラウンにとって、妹のティアラと瓜二つというのは有り得ない事であって、あってはいけない事なのだから。
これは、ギルストンを含む事情を知る者達に、すぐに話して置かなければならない。
「ルーン、食事の途中で申し訳ないんだけど、先にお風呂に入ってきたらどうかな」
「おふろ」
「身体をお湯で洗って汗を流すんだよ。一応、気を失っている時も身体は拭いたんだけど、それにも限度があったからね」
「いや俺は全部脱がしてやれよって進言したんだけどな?」
「ギルストンはしばらく黙ってた方がいいと思うよ。というか命令、黙れ」
「おお、こわいこわい」
クラウンが睨むが、ギルストンは肩をすくめるだけだ。
「じゃあルーン、お風呂場までは騎士に案内させるから。着替えも持って行かせるよ」
「う、うん」
知らない間に話が進んでいき、ルーンは食べかけのサンドイッチを皿に戻す。
そして白髪の騎士に促されるまま廊下を歩いていった。
クラウンの部屋に残った2人は、真剣な表情で話を始める。
「...どう思う?」
「そうだな...」
ギルストンは顎に手を当てて深く考え込んだ。
しばらく考えて、クラウンに言った。
「俺も養成所時代に好きな娘の使ったスプーンを舐めたがな、今でも忘れられねえいい思い出となってるぜ。だから王子が坊主の食いかけのサンドイッチで間接キスを狙ってるなら止めはしねえ。むしろ推奨する」
「そんなこと考えてないからっ!」
「すまねえ、そうだよな。王子ともなれば間接なんて回りくどく攻めなくとも直接行っちゃうよな」
「......」
「え、何その反応。まさか、もう...」
顔を赤くしてうつむいたクラウンに、慌てるのはギルストンの方だった。
空気を変えるため、ギルストンは咳払いした。
「と、冗談はここまでにして」
「本当に悪い冗談だった。...あと、さっきの話奥さんに言うからね」
「まさかあれが切っ掛けであんな美人と付き合って結婚まで出来るとは思ってもいなかった」
「さらっと惚気られたっ!?」
と、また本題から逸れそうだったので、今度はクラウンが咳払いをして空気を戻す。
「で、どう思う」
「そうだな、とりあえず報告が優先だろうな。今はちょうどどこも昼休みに入って時間はあるだろ」
「はぁ...匂いとか、魔法無効化とか、ルーンと出会ってか『穴』がたくさん見つかるね」
「いいことだろ。『穴』はあっちゃいけねえんだからな」
「まあ、そうなんだけどさ」
報告に行くため、クラウンは立ち上がる。ギルストンは元から座っていない。
さりげなく、クラウンがサンドイッチを一つ手に持って食べたことをギルストンは気付いてない振りをするのだった。




