⑫とある迷子の遭難旅行Ⅵ(ミスティック)
「痛いっ!ごめんって!あ、もしかしてまだ聞こえてない?耳きーんってしたてたりする?」
「ふまぁ!ふまぁ!」
「あ、あははは...」
なんて、切り取ってみればほのぼのとした状況にも見えるが、事態はまだ収束していない。
やっと盗賊の洞窟から抜け出したところだ。
山の奥に拠点を構えていたらしく、右を見ても左を見ても木に囲まれている。
ルーン達ではどちらが進むべき道かわからなかった。
しかしいつまでも止まってはいられない。
いつ盗賊達が回復して追って来るか分からないのだから。
ルーン達はとりあえず適当な方向に進むことにした。
「ルーン大丈夫?凄いふらふらなんだけど。無理してない?」
「いや、ちょっと魔力が足りないだけだから。あとなんか血も足りてない気がするけど大丈夫」
「うん絶対大丈夫じゃないよそれ」
クラウンの目から見れば、足は山道でずたずたになっており、手も陣魔法を使ったためボロボロだ。その上、生きていくのに必要不可欠と言われる魔力すら足りないとなると、今なぜ立てているのかも不思議なくらいだ。
「ちょっと一回止まって。ボクの魔法で治すから」
「いや、でも...」
「いいから」
ルーンはクラウンに何かを言いかけたが、クラウンはそれを封殺する。魔法を使うために、ルーンの血だらけの手を取った。
「太陽もちょうど当たってるし...よし『恵みの光よ、その偉大な輝きを与えたまえ』」
クラウンの手に光が集まる。
治癒魔法は数種類あるが、クラウンの場合は太陽の光をエネルギーにするタイプらしい。
光はクラウンの手からルーンの手に染み込むように移動して...。
「あ、あれ?」
移動して、傷を治す前にそのまま空中に溶けていくように消えた。
「も、もう一回...」
もう一度魔法を発動させるが、結果は変わらなかった。
なぜできないのかと混乱するクラウンに、ルーンは申し訳なさそうに言う。
「多分、さっきの魔法が切れてないんだと思う。今の僕らには魔法は効かないよ」
「なら切ったら使えるんでしょ?切ってよ」
「......」
「え。なにその沈黙」
「...魔法無効の魔法を作るのと、魔法無効を無効にする魔法を作るのはちょっと違う気がするなぁって。でも、クラウンにかけた時はあまり魔力を使ってないからもうすぐ切れると思うよ」
「今はルーンの怪我を治すために切って欲しいんだけど」
「...僕の時は思いっきり魔力が飛んだからなぁ」
遠くを見るようなルーンに、クラウンは思わずため息をついた。
手に持っているルーンの手を、自分の首の後ろにまわして言った。
「おんぶとかは無理だと思うけど、肩を貸すぐらいならボクにも出来ると思う。それくらいはやらせて欲しい」
しかしルーンは、そんなクラウンを無言で突き放した。
「なにするのさ!」
大きく尻もちをついたクラウンは、そのあんまりな行動に憤慨した。
文句の一つでも言わなければ気が済まない。
だが、言葉を続けることは出来なかった。
ルーンの腕に光を反射するものが刺さっているのが見えたから。
それは、一本のナイフだった。
そしてその位置は、ルーンがクラウンを突き放さなければ確実にクラウンに刺さっていた。
「...ぁ。これ、毒……」
「え?え?」
状況が理解出来ないクラウンをよそに、ルーンは近くの木に寄りかかるように崩れ落ちた。
「っ、ルーン!」
「ふま!」
クラウンはルーンを抱き起こし、ルーンの名を呼ぶ。
「...た」
「なっ、なに!?」
「来た...」
力なくルーンが見た視線の先には、バンダナを頭に巻いた盗賊がこちらに歩いてきていた。
耳を押さえてふらふらしながらも、ゆっくりとクラウン達に近付いてくる。
クラウンは絶望した。
ここまで来たのに、逃げることが出来そうだったのに。
クラウンの頭の中に、ルーンを見捨て逃げるという選択肢はない。
ルーンがクラウンを助けたように、自分もルーンを助けるのだと、そう思った。
だが、どうすればいいのか。武器はない。魔法も役に立たない。
王子の権力という力も、この状況ではなんの意味もない。
「...クラウン...」
ルーンがかすれるような声で言った。
「え?」
「...ポーチの、石、僕の血を付けて...あいつに、投げて」
「で、でも、ルーンもう魔力が...」
「...陣魔法は、発動するだけなら...あまり、魔力は使わない、から...」
「でもっ...いや、わかったよ」
2人で生き残るには、もうこれしかないだろう。
目の前の盗賊を撃退して、またここから離れなければ、すぐにでも盗賊達はやってくる。
クラウンは言われた通りにポーチから石を全部取り出して、ルーンの血をつけた。
そして盗賊と向き合う。
「...ちっ、殺してしまったな」
盗賊は後悔するように呟いた。
「ルーンはまだ死んでいない!」
「まだ、な。致死性の毒を塗った。お前らを逃せば俺らは殺されるからとはいえ、やはり嫌なものだな。おそらくそいつは、もって数分の命だろう。なら死んだも同然、殺したも同然だ」
「っ」
盗賊は嘘は言っていないのだろう。
ルーンは死んでしまうのかもしれない。
ここがどこなのかは分からないが、偶然近くに村か町があって、偶然そこに毒の治療薬があったりしない限り、ルーンの死を食い止める方法はない。
クラウンにルーンは助けられないかもしれない。
だけど。
それはクラウンがルーンを見捨てて逃げ出す理由にはならなかった。
クラウンは今自分が持っている石がどんな魔法を発動させるのか知らない。どのくらいの威力なのか知らない。
もしかしたら、盗賊を殺すことになるかもしれない。
クラウンは人を殺したことがない。
だが、たとえここで盗賊を殺してしまったとしても、ルーンのせいにすることは、絶対に無いだろう。
「ボクは、ここから生き延びる!絶対にルーンは死なせない!」
「...王族風情が。お前らの怠慢で何人も死んでるっていうのに、自分の知り合いは死んで欲しくないってか。ふざけるなよ」
盗賊はナイフを投げてきた。おそらく毒が塗ってある。
ナイフの速度は速かったが、距離が開いていたこともあって避けることは簡単だった。
しかし。
「っ」
いきなり軌道を変えたナイフがクラウンのすぐ横を通り過ぎた。切れた髪がぱらりと落ちた。
「風魔法かっ!」
クラウンはそれを看破した。
だからと言って次が避けられる保証はない。
手持ちの石を確認して......7個。
クラウンはその内の二つを手が傷つくことも厭わず盗賊に向かって投げた。
明らかに飛距離が足りなかったが、途中で一つが小規模な爆発を起こし、その爆風でもう一つを加速させる。
ルーンが機転を利かせてくれたのだ。
「いっけぇぇぇ!」
「ちぃっ!」
盗賊は警戒して後退した。
しかし石になにか変化が起こることはなかった。
魔法が発動しなかった。
それは、後ろにいるルーンが魔法を発動させなかったという事だ。魔法を、発動できなかったということだ。
「る、ルーン?」
震える声で彼の名を呼ぶ。
クラウンは後ろを振り返りたくなかった。
振り返ってしまったら、とても嫌なものを見てしまう気がして。
でも、速く駆け寄らないと、手遅れになる気がして。
手持ちの石を、がむしゃらに盗賊に向かって投げる。
魔法は何も発動せず、全て地面に落ちた。
「死んだ、か」
盗賊は魔法が発動しない事が分かると、クラウン達に近付いてくる。
ふと。
盗賊が足を止めた。
驚いたように目を見開いて、一言。
「なん、だ。そ……」
言葉の続きが紡がれることは無かった。
盗賊の声をかき消すように、地面の石が一斉に魔法を発動したからだ。
爆発や閃光など発動していたが、一つの大爆発で盗賊は足元から吹き飛んだ。
クラウンもあまりの爆風に立っていられず、吹き飛ばされる。
地面をゴロゴロ転がっていき、木に叩きつけられてようやく止まった。
「ごほっ!ごほっ!」
むせて咳がでた。
立ち上がってルーンがどうなったのか見に行きたかったが、閃光を目に喰らったおかげで視力は一時的に機能を果たさず、まだ回復していない。
時間経過で治るものだが、その時間すらも惜しく、治癒魔法で回復を早めた。
ルーンとは少し離れた所まで吹き飛ばされており、走って駆け寄る。
足が少し痛んだが、気にしていられなかった。
「え……」
その時、クラウンは天使を幻視した。
どんな白よりも白く、どんな光よりも輝いている翼が、ルーンの身体を優しく包んでいた。
よく見れば、一目で『悪い物』と分かる黒い瘴気がルーンの身体から翼へと吸い込まれている。
「ルー、ン?」
何が起こっているのか理解出来ず、ただ呆然と呟いた。
悪いことが起こっているわけではないと分かる。
治癒魔法が効かなかったはずのルーンの傷が、みるみるうちに治されていたから。
しばらくすると、翼は消えた。
そこには傷一つ見られないルーンと、その彼の頭の上で寝ている一匹の白い魔獣がいるだけだった。
「『天使は人間に姿を変え、恩を受けた人間に癒しを施す』……」
昔読んだ書物に、そんな一節があった気がする。
それをよく考えることを後回しにし、意識の戻らないルーンに肩をまわした。
そうして山を降りているうちに、なぜか先の一節はクラウンの頭から抜け落ちていた。
ーーーーー
それからはあっという間だった。
林で寝ていた騎士たちは目を覚ましてすぐクラウンを探していた。
すぐ近くまで来ており、爆発音がしたので急いで向かった。そこには盗賊の拠点があり、王子を攫った顔ぶれがいたため、その場で制圧した。
その後平地にてクラウンを見つける。
クラウンに命令されるがままにルーンを馬車に乗せ、ゼリアンへの道を急いだ。
こうして王子誘拐事件は、一部の者以外には知られることがないまま幕を閉じた。
ただ、一つだけ見落としているものがあるとすれば。
爆発に吹き飛ばされ、頭を打ち、記憶を失ったバンダナを頭に巻いた男が木に引っかかったまま、誰にも見つかることなく生きながらえていたことだろう。




