⑪とある迷子の遭難旅行Ⅴ(デイサウンド)
「結局ゼリアンってどこなんだろうね」
「今する質問かなそれっ!?」
爆発によって砂煙に乗じて盗賊達の合間をすり抜けたルーン達は、盗賊達の拠点である洞窟の中を走っていた。
拠点の中はありの巣のようにたくさん部屋があり、殺傷力はないが、引っ掛かれば数分足止めされるような罠がいくつか設置してあった。
「ふま!」
マフが大声で叫んだクラウンに「うるさい黙れ」と咎める。
付き合いは短くとも、なんとなく言いたいことは伝わっていたので、クラウンは納得出来ないような顔をしながらもしぶしぶ口を閉じた。
ルーンの行く方向はマフによって指示されていた。
髪に変身した状態で道を覚えていたのもあるが、か弱い野生の魔獣であったマフの危険察知能力で通らない方がいい道や、罠の場所をいち早く教えてくれるからだ。
ちなみに一番最初に引っ掛かった罠は、粘着性の強い液体で、地面と足がくっつくというものだった。
それは靴を脱ぐことで瞬時に切り抜けることが出来たが、ルーンは現在片方だけ裸足だ。
「クラウンのその手錠ってさっきくらいの爆発で壊れそう?」
「うーん。『絶魔石』は魔力に関係するものの力を極端に弱めるからね……アレじゃ無理だと思う」
「もったいないけどさっきのヤツの10倍くらいの威力が出せるのもあるんだけど」
「それはそれで手足が吹き飛ぶので勘弁してください。しかもそんな大爆発起こしたら生き埋めにされちゃうよ」
「でも……流石にこの状態で逃げ切れるとは思わないんだよなぁ」
ルーンが立ち止まると、後ろから追ってきていた盗賊達の他に、進もうとしていた道からも盗賊達が現れた。
10人を超える人数に囲まれたルーンは、ひとまずクラウンを地面に落とした。
短い悲鳴が聞こえたのは気にしない。
「俺は元からお前は怪しいと思っていたんだ」
前方から来た、頭にバンダナを巻いた男がルーンに向かってそう言った。
「おじさん達は僕をゼリアンに連れていってくれる優しい人達だと信じていたのに。裏切られた気分だ。実際期待を裏切られたんだけど」
「期待なんてする方が悪い。ほら俺以外の奴らを見てみろ。お前が女だと思っていたのに男なもんだから、まさに裏切られたような顔をしてるだろ」
バンダナ男は顎でしゃくってそう言った。
「話をするなんて、余裕振ってると取り返しがつかなくなるよ」
ルーンは裸足の足をゆっくりとバレないように動かした。
バンダナ男は気付くことなく薄く笑って、言った。
「馬鹿が。こっちのセリフだ」
嫌な予感がしたルーンは、足で描いていた陣魔法を無理やり起動させる。
魔力効率や陣の描き方なんてまるで考えていない不明の一撃。
それと同時に、バンダナ男が稼いだ時間でとある魔法の準備をしていた紫色の髪の盗賊が能力を発動させた。
……?
ルーンは何も起きていないことを不思議に思った。
いや、何かは起こっているはずだ。
魔力はきっちり消費されているのだから。
ただ、狙って発動した訳では無いので何が起こっているのか分からないだけだ。
「……ぁ」
ルーンは予想外の魔力を消費してしまったために、身体中の力が抜け、崩れるように倒れた。
「成功したんだろうなぁ!」
盗賊のリーダーである男が、魔法を発動した男に声をかけた。
「もちろんだぜリーダー。発動条件は難しいが、発動することが出来たなら後はもうどうとでもなる。それが俺の『闇属性・傀儡魔法』」
六十秒の間、相手を視界に入れておく。
自分は動いてはいけないなど、様々な制約があるが、それが大まかな発動条件だ。
魔法に掛かってしまえば10分の間、発動者の操り人形となる。
ルーンとマフとクラウンは、自分の意思で身体を動かすことが出来なくなっていた。
「んじゃ、王子にそいつ殺させとけ。意識は残ったままなんだろ?王子は善良な前途ある若者をその手に掛け、俺らを騙したクソ野郎は意識はあるまま殺される。はっ!いいじゃねえの!野郎は殺せて俺らは弱味を握れる。手錠の鍵もってこい!」
盗賊の下っ端がクラウンの手錠を外した。
「立て」
クラウンはゆらりと立ち上がった。
その表情に感情は見られない。だが、心の中ではやめろと叫んでいた。
しかしどんなに叫んでも、身体は勝手に動く。
倒れているルーンの前にしゃがみ、首に手を添える。力を入れて首を絞める。
普段は出せないくらい強い力で、ルーンの首を締めあげてゆく。
やめろ……やめろ……やめてくれ……もう、やめて……。
皮が破れて血まみれの足が視界の端に見えた。
彼一人なら……自分を置いて逃げていれば、もしかしたら簡単に逃げることが出来ていたかもしれないのに。
クラウンが頼んだわけではないし、ルーンも見返りを求めてクラウンを助けた訳では無い。
ただ当たり前のように。
クラウンを連れて逃げたのだ。
出会ったばかりで何も知らないし、何も関係がないのに。
(……ああ)
盗賊達の狙い通りだ。
このことは絶対に忘れることが出来ないだろう。
弱味になり弱点になる。
心が折れて、抵抗する気すら起きなくなる。
ここまで狙っているのだとしたら、本当に酷い。
操られているクラウンの目から涙が出てきた。
その涙はルーンの顔に落ちて伝っていった。
ーーーーー
ルーンはぼんやりとする意識の中で、クラウンの声を聞いた気がした。
クラウンの心が叫んで、暴れて、壊れそうで。
どうしてボクはこんなにも……。
もう、死んでしまいたい、そう聞こえた気がした。
(……苦しい……なんか、しょっぱい?あれ、魔力戻ってきた?少ないけど)
生物に流れる血は、魔力を含んでいる。
陣魔法を含む多くの魔法が血液で発動するのもそのためだ。
そして、涙は血液と同じようなもので出来ている。ならば、涙に魔力が宿っていたとしても、何ら不思議ではない。
しかし、魔力は人によって様々であり、家族であっても属性の不一致などもあって、血を飲ませて魔力の受け渡しなどは現実的ではない。
だが、ここで一つの『奇跡』が起きた。
『墓守』と『盟約者』、1000年以上も途絶えることなく受け継がれてきた血の流れるルーンと、同じく1000年以上受け継がれてきた王族の血を持つクラウン。
遥か昔から色濃く受け継がれてきた血統は、既存の常識を覆し『奇跡』を起こしたのだ。
そしてここにもう一つ、小さな奇跡が起きていた。
ルーンが発動した陣魔法は、自身に対する魔法を無効化するというもの。
ルーンはただ魔力不足で倒れていただけで、傀儡魔法に掛かっていたわけではなかったのだ。
ルーンは小さく小さくバレないように陣を描く。
先程偶然発動した魔法無効化の陣がどんなものだったか思い出しながら。どのくらい魔力を消費したか思い出しながら。比率はそのままに。規模を小さくして。配置を考えて。応用して。工夫して。改良して。設計して。
ルーンは幼い頃からほとんど独学で陣魔法を扱えるようになった、一種の天才だ。
一度の失敗を、すぐに大成功に変えるくらいには。
クラウンの魔法を無効化し、合わせろ、とウインクする。
王子として高い教養を受けているクラウンは、突然戻った身体の自由に驚きながらも、ルーンの意思を汲み、盗賊達にバレないよう演技する。
ルーンは死んだ、と盗賊達に思わせた。
ぐったりと手足を投げ出し、その時にすら陣を描く。
盗賊の誰もが気を抜き、ルーン達に近付いてきたその時。
「ばーか」
ルーンは陣魔法を発動させる。
凄まじい轟音が洞窟内に響き渡る。壁が揺れ、天井から土がぱらぱらと落ちてきた。
とても大きな音を鳴らすだけの魔法。
かつてルーンが熊との追いかけっこの際に発動させたものだ。
魔法を無効化しているルーン達には何も聞こえないが、超近距離で聞いた盗賊達は、ある者は気絶し、立っていられる者は一人もいなかった。
ルーンは、どうして盗賊達が倒れたのかわからず呆然としているクラウンの手を引いて走り出す。
リーダーが盗賊達に指示を出すが、それに従う者はいない。耳が一時的に聞えなくたなっているからだ。
こうして無事ルーン達は盗賊達の拠点から脱出できた。
だが、ルーンは知らなかった。
あるいは、知らないままの方が良かったのかもしれない。
この後、魔法無効化を掛けられることなく大音量をゼロ距離で喰らい、ぴくぴく痙攣しているマフに噛み付かれることになるのだと。




