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⑩とある迷子の遭難旅行IV(エンカウント)

クラウン・ディスカフラは『奇跡の子』だ。

『奇跡の子』と言えばクラウン・ディスカフラ、クラウン・ディスカフラと言えば『奇跡の子』。

1000年以上の歴史を持つ大国、ディスカフラ王国において、クラウンの名前を知らない者はほとんどいない。

まあ、何事にも例外はあるが。


クラウンが初めて『奇跡の子』の呼ばれた日は、生まれたその日だった。

クラウンが第一王子だということから分かるように、クラウンに兄はいない。しかし、姉は全部で14人存在する。ついでに言えば双子の妹も存在する。


1000年以上もの間、常に男児が国王の座を継いでいた。例外はない。

しかし今代、数十年に渡って男児に恵まれなかった。

そして国中に焦燥が広まっていた時に生まれたのがクラウンである。

実は姉達とは最長40歳ほど離れており、父親、つまり国王とは祖父と孫ほどに離れている。

そのため国民達はクラウンが20歳になり成人するまでに国王の座を継ぐだろうと噂していた。


クラウンの誕生は、望まれた男児だというだけで、奇跡だと崇められた。

その上、クラウンが生まれてすぐ国王の性器が機能不全に陥り、次の子供は望めなくなったことも手伝って、クラウンの『奇跡』は確固たるものとなった。


それだけではない。

一部の者しか知らないが、クラウンの周りでは都合のいいことがよく起きる。

国家転覆を狙う輩に数十にも及ぶ暗殺を仕掛けられたことがあったが、その全てを生き残った。

もちろん護衛の力あってのものも多いが、いくつかはありえない偶然がいくつも重なって起きた『奇跡』としか呼べないものもあった。


まるで神に愛されているように。

立ち塞がる障害の全てを乗り越えてきた。

その『奇跡』を知っている者は、クラウンの選んだ道こそが正しいのだと、クラウンについて行く。


クラウン・ディスカフラは『奇跡の子』だ。


『奇跡の子』は気を失ったまま、盗賊達が拠点としている人工的に掘られ拡げられた洞窟に連れ込まれていった。


ーーーーー


クラウンとルーンが気を失い倒れていた頃、ルーンの契魔獣であるマフは、変身を解きルーンを守るために立ち上がりたい気持ちを必死に抑えていた。


マフは、たとえ自分が盗賊達の目の前に立ったとしても、ルーンが不利になるだけだと理解していたのだ。


(ふまぁ......)


歯痒い。


盗賊の拠点に着き、馬車が止まる。

クラウンとルーンが運び込まれるのをマフは黙ってみていた。


ーーーーー


「おい、こいつ契術師じゃねえか!......あれ、魔獣(アニマ)は見当たらねぇな。契術師と契魔獣はあまり離れなれねえんじゃなかったっけか」

魔獣(アニマ)が死ねば、契約は切れても紋様は残る。ただ、新しい契約が出来ない上、魔力も戻って来ないからやる意味は無いけどな。大方、死んだ魔獣(アニマ)が忘れられなかったって所だろう」

「はーん。へへっ、なら俺達が忘れさせてやらねえとな」

「お前達が何をしようが構わないが、俺の目の届かないところでしてくれよ。だがその前に、拠点を移動させる。俺が騎士を倒したことで、今度は騎士団が編成されて攻めてくるだろうからな。早く逃げるが吉だ」

「わかってるよ。おい!こいつらを閉じ込めておけ!俺が初めに味見するから、くれぐれも手を出すんじゃねえぞ!」


リーダーである男が指示を出し、子分はそれに従う。


(......?)


少しでも感触を楽しもうと、いやらしい手つきでルーンの身体を担ぎ上げた盗賊は、なにか違和感を覚えたが、早く撤退の準備をしなければならなかったために、その違和感の正体に気がつく事は無かった。


ーーーーー


「……はぁ〜」


目を覚ましたルーンは今自分がいる状況に、感嘆に似たため息を漏らした。


両手両足はロープで固定されて、ざらざらとした地面に転がされている。手錠を嵌めたクラウンの姿も見えた。

ごつごつとした壁の上の方に穴が空いて陽の光が少し入ってきており、全体的に薄暗い。

土が盛り上がって出来た堀に囲まれており、両手両足が使えない状況でそれを乗り越えるのは不可能に近いだろう。


「はぁ〜」


ルーンはもう一度ため息を漏らした。


「ゼリアンってこんなところだったんだ……」

「違うからねっ……痛っ……」


気絶から復帰したクラウンは一番最初に聞こえた見当違いの言葉に突っ込まずにはいられなかった。

後頭部に痛みが走り、しかしそれを手で押さえることも出来ずにクラウンは身をよじった。


「あ、おはよう」

「うんおはようだけどそんな場合じゃないよね?そんなこと言ってる場合じゃないよね?」

「これってゼリアンの風習かな?お兄さんも入るのに審査がいるとか言ってたけど」

「犯罪者ならともかく一般人にこんなことしてたら誰も寄らなくなるからね!?ってこんなに大声出したらバレちゃうかも!っ痛い!」

「頭、大丈夫?」

「……馬鹿にされていると思ってしまう自分が憎いっ」


クラウンは冷静になって、改めて今の状況を確認した。

そして盗賊達の拠点だろうと推測する。

しかし、それなら少しおかしい点がいくつかある。


まず、見張りがいない。

いくら四角い落とし穴のような場所に放置しているからといって、一人では無理でも、二人なら両手両足が拘束されていたとしても抜け出すのは決して不可能ではない。困難だというのは変わりないが。


そして次に、あれだけクラウンが(不覚にも)叫んでしまったにも関わらず、誰も来ない。


このことから、クラウンは盗賊団の間で予想外の何かが起こっていると、半ば確信する。


そしてルーンとここから脱出するために話し合おうと、思考に集中するため俯いていた顔を上げた。

そこでクラウンは、信じられないものを見た。


「マフ、お疲れ」

「ふまぁ!ふまぁ!」

「いや流石にそれは食べられないって。お腹すいた?あ、違うね。それは分かった。噛まないで痛い……痛っ!ホント痛いから!」


黒髪の少年と、白い魔獣アニマがそこにいた。

白い魔獣アニマはルーンの手を拘束しているロープを噛み、余計なことを言ったルーンの手を噛んでいた。


(……いやいやいやいや。落ち着けボク。あれは女の子だから……だよね……?髪がいきなりなくなったのは気になるけど、女の子みたいだし。うん。かわいいかわいい。女の子も『僕』って使うし。ボクそれよく知ってる。え、もしもだよ?有り得ないことだけどもしも万が一、ルーンが男の子だったら……え?……キス……え?いや……え?)


クラウンの頭が熱を持って煙をあげそうになっているのも気が付いていないルーンは、マフによって手足が解放されていた。


「クラウンのは……石?これ石?」

「ひゃぅあぅ!」


ルーンがクラウンの拘束を解こうと、どんなものか確かめるためにクラウンの手を取ると、クラウンは静電気が走ったように手を遠ざけた。


「な、なに!?」

「なにって、そのままだったら不便かなって思ったんだけど」

「あ、ああそう……。と、ところでルーン。キミに聞きたいことがあるんだけど」

「ん?何?」


クラウンは深呼吸して言った。


「きき、キミは、お、おとっ、おっおっ!」

「おっお?」

「お……男の子なのかな!?」

「……あー。んー。まあいいか、もう関係ないし。うん、男だよ」

「ーーーーー」


クラウンは開いた口が塞がらなかった。

口を意識して、先程の、気絶する前の出来事を思い出して赤面する。

しばらく一人になって頭を冷やしたいのに、ルーンは放っておいてはくれなかった。


「そういうクラウンはやっぱり、お」

「とこの子!おーとーこーのーこー!男の子ですけど何かぁ!?」

「え。でもこの匂いは」

「嗅がないで!やましい事なんて決して絶対に何も無いけど嗅がないで!」

「あ」

「今度はなにさ!」


ルーンは顔を真っ赤にして息をあげているクラウンを無視して、盛り上がってできた土の堀を見上げる。

マフとの契約によって強化された聴覚が、走ってやってくる数人の足音を聞き取ったのだ。


「3……いや、5人?武器も持ってるな」

「っ!ここが盗賊達の隠れ家だってこと忘れてた!」

「いや大丈夫かな?なんで武器を持ってるか知らないけど、多分あの優しい人達だと思うし」

「どの優しい人を言ってるのか知らないけど、こんな場所で武器を持って来る人に優しい人はいないからね!?」

「ほら、馬車に乗せてくれた人達だよ」

「根っからの悪人だよ!」

「だって乗せてくれたんだよ!」

「なんで驚いているのさ!」


クラウンが必死に、あいつらは盗賊で悪いヤツなんだと説得しても、ルーンは頑なにそれを受け入れなかった。

ルーンの中では大金をくれたクラフトよりも、下心丸出しで馬車に乗せた盗賊達の方が好感度が高かったのだ。


クラウンとルーンが生産性の無い問答をしているうちに、盗賊達が剣などの武器を持ってルーン達の前に立ちはだかった。


ルーンはクラウンの誤解を解こうと、盗賊達やさしいひとに話しかける。


「優しい人た……「なんで拘束が解けてるんだよ!」

「優しい……「契術師じゃねえか!」

「や「その前にこいつ男だぞ!王子と女っつってなかったか!?」

「……」

「殺せ!こいつはもう必要ねえ!」


ルーンに殺意の混じった視線を向ける盗賊達。


ルーンは納得したように一言。


「クラウンの言う通りか」


ポーチに手を伸ばしながら、クラウンに目を向けて言った。


「クラウンは立て……ないよね」

「うわぁっ!」


ルーンは手に持った尖った石がクラウンを傷付けないように注意しながら抱き抱えた。

片手は自由でなければならないため、持ち方を変えて肩に担ぐようにした。ちょうどクラウンの顔がルーンの顔のすぐ隣にあるような形だ。


「……重い」

「お、重くないからっ!」

「み、耳元で大声は……っと、喰らえっ!」


血をつけた石を盗賊達に投げ、陣魔法を発動させる。

小規模な爆発が起こり、その爆発音がルーン達と盗賊達の戦いの合図となった。


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