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太一 と カヨ  作者: 九月 草次
5/14

 稲が育った広い田んぼで雑草を取っている太一。そこへ学校から帰って来た喜一たちが冷やかしに来る。

「太一!お前の妹は奉公に出されたぞ。ざまぁみろ!」

「今頃、電車に乗って遠くへ行っとるぞ」

「もう、会えないんだな。アハハハ……」

 太一はその言葉を聞いて走り出した。

「こら、太一!戻ってこんか!」

 彦助の声も無視して駅へ向かって走る。目の前にいる喜一が叫ぶ。

「今から追っかけても無駄だ。家を出てから何時間も経っとるから、もう間に合わねぇよ」

 と言った喜一を、太一は走りながら殴り倒した。喜一は田んぼに転げ落ち、泣き出した。太一はそのまま走り去って行った。

 西日がとてもまぶしかった。太一は必死に走った。カヨは俺に会いたかっただろう。一番近くにいて欲しい時に、いてやれなかった。何もしてやれなかった。カヨを守ってやれなかった自分が悔しかった。

 何もかもが遅すぎた。それでも太一は全力で駅に向かって必死に走った。

 太一が駅に着くと、人は数えるほどしかいなかった。その中にカヨの姿はなかった。

「カヨ!……カヨ!」

 叫びながら駅を探し回った。改札を走り抜けホームへ入った。

「こら、ボウズ待て!」

 駅員が追いかけて来る。駅員を振り払いながらホームを走り回ってカヨを探した。しかし、カヨはどこにもいなかった。

 遅すぎたのだ。電池が切れるように太一の足が止まった。そこへ駅員がやって来た。太一は取り押さえられ、その場に崩れ落ちるように膝を付けた。

「カヨ、すまねぇ。俺が付いていながら……すまねぇ」

 うつむく太一の視界に、男の足が入って来る。

「君が、太一君かい?」

 その声に、太一は顔を上げた。

 目の前には伝次郎が立っていた。

「いやー、良かった。カヨちゃんが、お腹が痛いと言ってね。トイレに入ったままなんだよ。心配で見に行きたいが女性用には入れないしね」

 太一は急いでトイレへと行こうとするが、その足をすぐ止めた。太一の声を聞いて、カヨが出て来ていたのだ。

「お兄ちゃん!」

 と、走り寄って行くカヨ。太一に飛び付き二人は抱き合った。

「大丈夫だったか?」

「うん」

「お前、何時間もトイレにいたのか?」

「うん。お兄ちゃんが来てくれる気がしてた」

「ハハハ……当たり前だ。カヨを見捨てたりしないぞ」

 伝次郎が近づいて来て、

「では、カヨちゃん。行こうか」

 どんなに頼んでもカヨの奉公の話をナシにすることは出来ないだろう。

 考えた太一は、

「僕も一緒に行かせて下さい。カヨにはまだ俺が必要なんです」

「別に付いて来るのは構わないが、汽車賃はカヨちゃんの分しか預かってないんだよ」

「ちょっと待っててください」

 と言って、駅前を走り回り、何かを探し始めた。太一は自分の頭くらいの石を見つけると、自分の目の前に置いて腰を落とした。

 首に掛けていたタオルを手にして大声で叫んだ。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。靴磨きはいかがですかぁ」

 仕事を始めたのだった。恥ずかしいとなどという感情はなく、太一は必死だった。

「お兄ちゃん、靴磨きうまいんだよ」

 カヨはニコニコしながら太一を見ている。

 伝次郎は近くの椅子に座り、煙草に火をつけ、呆れながら眺めた。

 最初の客が来た。

「いらっしゃいませー」

 丁度、帰宅時間と重なり、汽車が到着するとたくさんの人が行き来した。

「ボウズ、うまいな。いくらになる?」

「50銭です」

「アホ、そんな高い靴磨きおらんぞ。ほれ」

 と、太一の前に1銭のお金が落ちた。汽車賃には全くならない。

「あ……はい。まいどおおきに」

 戸惑いながら、お金を受け取った。

「ワシも頼むよ」

「はい、まいど」

 客は次々とやって来た。

 伝次郎が沈む夕日を見て、太一に話しかけた。

「私ものんびり待っていられないんだ。あと30分だけ待つけど、これでお金が貯まらなかったら諦めてくれ」

「あと30分ですか……」

 全然足りなかった。太一は声を張り上げて客を呼んだ。

「お願いします。磨かせてください。汽車賃がいるんです!」

 カヨも太一の横へ来て客に呼びかけた。

「お願いします。お願いします!」

 しかし、もう辺りは暗くなり、人通りもなくなってしまった。どうにもならなかった。あっという間に時間は過ぎた。

 そこへ一人の客が来た。呆れながら石の上に足を置く伝次郎だった。

「私もお人よしだね。ひとつ頼むよ」

 伝次郎一人の靴を磨いたところで、お金はまったく足らなかった。太一は泣きながら靴を磨いた。

 今まで妹の前で一度も見せたことのない太一の涙だった。もうカヨとは別れなければならなかった。

「ボウズ、うまいな。いくらだ?」

「……1銭です」

「そりゃ安いな。だがあいにく細かいのが無くてな。この切符でいいか?」

 それは一人分の乗車券だった。驚く太一。

「おじさん、いいの?」

「どうも、このお人よしという癖は直らなくてね。よく女房に叱られるんだよ。これで今回の小遣いも無くなってしまった」

 と、伝次郎はため息をついた。

「ありがとうございます。少ないですけど、この売り上げをもらって下さい」

「これから物入りになるだろうから、そのお金は持っていなさい。さあ、早く汽車に乗ろうか」

 太一とカヨは手をつないで改札を通った。到着した汽車に乗り込む伝次郎と太一たち。

 汽笛を鳴らし、汽車はゆっくりと動き出す。すぐに二人は寄り添って眠ってしまった。その姿を見て伝次郎は微笑み、自分も少し眠りについたのだった。


「お兄ちゃんと一緒になれて良かったねぇ」

 保奈美が、ハンカチを手にして泣いている。誠治も鼻をすすって涙目になっていた。

「それじゃ、何十年ぶりの静岡か。着いたらきっと懐かしさで一杯になるな」

 と、誠治が言った。

「うんうん……なるよ、なるよ」

 泣きながら保奈美がうなづく。しかし、カヨは浮かない顔をして、窓の外をぼうと眺めていた。車内にアナウンスが流れる。

「静岡、静岡」

 新幹線は減速してホームへと入って行った。

「さあ、お婆ちゃん、着いたね」

 と、腰を上げる保奈美。カヨは、窓から見える近代的な風景に懐かしさなど湧かなかった。三人は溢れる人々と共に改札へと向かった。

「これからどうすんの。富士山パッと見て、どこかに泊まる?」

「保奈美。私は富士山に登りたくなったから、誰かに聞いて来ておくれ」

「ええー、おばあちゃんが登るの?自殺行為だよ。止めときなって!」

 と、保奈美が呆れた様子で言った。

「何回言わせるんだい。言うことを聞くんじゃなかったのかい?イヤなら今から帰りな。あたしは一人でも行くからね。誠治、お前が聞いて来な」

「わ、分かったよ」

 と言って、誠治は駅員を探しに行った。

 カヨにとっては、急な思い付きなどではなかった。富士山に登ることは最初から決めていたのだ。……そこが『遠い昔の約束』の目的地だった。

 帰って来た誠治によると、ここから電車で富士宮まで行くのが近いが、今から登るのは遅すぎるらしい。

 それに山中の山小屋で一泊して山頂を目指すことを勧められたが、宿泊の予約してなかったので登るのは明日にすることにした。

「誠治、山小屋に予約しといておくれ」

「分かった。で、今日はどうする気?」

「折角だから御殿場まで行ってみようかね」

「御殿場?どこそれ、近くなの?」

 と、保奈美が言う。

「いいから、御殿場まで切符を買って来な」

「はいっ」

 保奈美が買いに行こうとするが、

「あ、いいよ。俺が行って来る」

 と言って、代わりに誠治が走って行った。

「やさしそうな男じゃないか」

 カヨが言った。

「お婆ちゃん、あのね……」

「なんだい」

 保奈美は、何か言いたそうなのだが戸惑っている。その時、保奈美がむせるように口を手で押さえた。

「どうした?乗り物酔いしたとね?」

「……そうみたい。ちょっとトイレ行って来る」

 と、走ってその場を去った。カヨはそんな保奈美の後姿をただ見ていた。


 ホームで待つカヨたちの前に電車が到着した。三人は乗り込み、席に着いた。いつも手をつないでいる保奈美と誠治。それを見ていたカヨが二人に話かける。

「あんたたちは、いつから付き合いだしたんだい?」

 誠治が確認するかのように保奈美に尋ねる。

「去年の夏休み前だったよな?」

「7月15日。あんたが退学した次の日よ。そのくらい覚えててよ」

「……そうだったな」

「また意味深な日に付き合い出したんだね。何かあったのかい?」

 保奈美が視線を逸らした。代わりに誠治が話し出す。

「保奈美の奴、学校でイジメられてたんです。先生に相談したら『お前がちゃんと接していたらイジメられることはないんだ』って、逆に保奈美が叱られ出して……。それをたまたま職員室に来ていた俺が見て……」

 その後を保奈美は背中を向けたまま言葉を加えた。

「誠治はバカだから、その先生を殴っちゃったのよ。それで退学」

「バカで悪かったな。誰が聞いてもムカつくだろ?」

「ムカついても普通は殴らないものなの」

「いいや、俺は間違ったことはしていないね」

「大口叩く前に早く仕事見つけなさいよ!」

「そのうちに見つけるっつーの」

「何がそのうちよ。バカじゃないの?急がないといけないの分かってないでしょ?」

「うるせっ!」

 と、口喧嘩しながらも二人はしかっり手をつないでいた。

 カヨも微笑みながら二人を見ていた。


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