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『王都ギルド』

まだオーソングランデ王都に滞在し、オリガとカーシャが乗馬訓練を受けていた頃のお話です。

「あれっ。今日はお一人なんですね」

 オーソングランデ王都のギルド職員であるヘラは、昼過ぎになってカウンターにやってきた一二三に向かって緊張しながらも疑問を口にした。

「ああ、あいつらは乗馬の練習中だ」

 なんでも無い事のように言っているが、馬はそれなりに高価なもので、馬車を引かせる駄馬ならともかく、乗馬に向く駿馬となると、普通の冒険者ではまず買おうと思わないほどの価格になる。

「たしか、戦うための訓練をされているという話だったような……」

「そうだな。だからさっきまで対人戦の稽古をして、昼を食べた今から乗馬の訓練だ」

 一二三は身体が鈍るのを防ぐために、適当な魔物でも退治しようと思ってやって来たという。

「で、そこそこ手間のかかりそうな面白い魔物とかいないか?」

「無茶苦茶言いますよね……」

 文句を言いつつも、書類をめくって直近のものから魔物の目撃情報を探していく。

 二人の間の空気は、ヘラが緊張気味である事以外はそれなりに穏やかではあるものの、ギルド内にいた他の冒険者たちは、戦々恐々としていた。

 その視線は、一二三とその腰に手挟まれた刀に集中している。

 ほんの数日前、このギルド内でオックというベテランの冒険者が、その“刀”と一二三が呼ぶ武器によって、無残に斬殺されてしまったのだ。

 その場にいなかった者の中には、オックという人物の屈強なイメージも相まって信じていない者もいるが、ほとんどの冒険者たちの間では一二三は触れてはいけない相手として認識されていた。

「この魔物なんかどうです? 体高が三メートルを超える大型の魔物で、カニの姿をしているそうです。甲羅が固くて他の冒険者では攻撃が通じないということです」

 一二三が冒険者として登録した当初、刃物が通じないストーンボアをいう魔物を大量に倒してきた実績があるので、ヘラはお願いできれば、とその書類を一二三に見せた。

「文字を見せられても、読めん」

「あ、失礼いたしました」

 書類に書かれた特徴を読み上げたヘラに、礼として銀貨を置いた一二三は「また来る」と言い残してギルドを後にした。

 一二三の姿が消えて、誰かが安堵の溜息を漏らした時点で、ようやくギルドの空気が少しだけ緩んだのをその場の誰もが感じていた。

 ふと、先ほどの書類に一二三の件を書き加えていたヘラが顔を上げると、一人の女性冒険者を先頭に、数名の冒険者が目配せをしてゾロゾロと一二三の後を追うように出て行くのが見えた。

 その顔ぶれはヘラの知る限り、殺されたオックから指導を受けていて、日頃からオックと近しくしていた者たちだ。

(これは……ギルドマスターに報告しておくべきね)

 しかし、止める事はしなかった。

 他にも数名の冒険者が彼らの行動に気づいてはいたようだが、止めるどころか声をかけたりもしない。

 ただ、哀れな視線を送っただけに止めた。

「子供じゃないからね」

 自身の赤い髪を指でつまみ、視界に映る場所でくるくると回す。

「自己判断で、危険は嗅ぎ分けてもらわないとね。……あ、枝毛」

 ヘラは、先ほど出ていった冒険者たちは戻ってこないかもしれない、と冷静に考える自分はすっかりすれてしまったものだ、と悲しくなってしまった。



 ヘラに説明を受けた一二三は、言われた通りに街道からはずれ、木々の生い茂る中に流れる小川を探して歩みを進めていた。

「……こうして考えると、あのミダスとかいう騎士の尾行はそれなりに優秀だったんだな」

 ギルドを出た時から、五人の人物が後をつけてきているのは気づいていたが、あからさま過ぎて一二三はうんざりしていた。

 街中にいる間にとっ捕まえてしまおうかとも考えたが、あまりに気が抜けてしまって、なんとなく蟹の魔物がいる場所まで連れてきてしまった。

「まあいいか。蟹の方を先にやっつけてしまおう」

 小一時間ほど歩くと、ヘラが言っていた小川についた。

 サラサラと流れる水音だけを聞けばのどかな風景をイメージさせてくれる落ち着いたばしょで、弁当などを広げて昼寝でもするのに丁度いい場所かもしれない。

 だが、そこには巨大な蟹が鎮座ましましていた。

 身体どうように大きなハサミを器用に使い、何かの動物の肉をブチブチと引きちぎって食らっている。

「でかいな。だが、その分食いでがありそうだ」

 ヘラは一言も“食べられる”とは言っていないが、蟹と聞いた時点で一二三は食べる気満々だった。

 一二三が刀を抜いたところで、不穏な空気を感じ取ったのか、蟹の魔物が食事をやめて一二三に向かってハサミを振り上げて威嚇をする。

「まずは一つ、どの程度か試させてもらおう」

 振り上げたハサミを叩きつけてくる蟹に対し、一二三はくるりと円を描くように走り、その足の一本に向かって、刀を叩きつけた。

 金属同士がぶつかるような音がして、刀は無傷、甲羅は少しだけヒビが入るという結果だった。

「こりゃあ、確かに硬いな」

 痛みは感じないのだろう。蟹の魔物はちょこまかと動く一二三に対し、苛立たしげにハサミを振り回した。

 だが、その攻撃はどれもが空を切る。

「あまり長く相手をする気もないんでな」

 正眼に構えた一二三は、再び蟹の周りをぐるりと周り、背後から一番後ろにある足の根元に刀を突き刺し、手首をひねった。

 ゴキッと鈍い音がして、蟹の足が簡単に外れた。

「外骨格ってのは、こういうところが脆いよな」

 多少無茶な使い方をしても傷もできない刀に感謝しながら、一二三は次々と蟹の足を外していく。

 あっという間に全ての足とハサミを外された蟹の魔物は、自分に何が起きたかわからないという様子で、目を右左に振り回している。

 その正面に立ち、目と目の間に刀を深々と突き差すと、ピンと立っていた目が、力なく倒れた。



「それじゃ、ちょっと試してみようかね」

 丁寧に拭った刀を鞘に戻した一二三は、取り外した足の一本を掴むと、切り口から手をツッコミ、一掴みの肉を引きずり出した。

 鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、確かに蟹の身の匂いはする。

 近くを走り抜けようとした兎を捕まえ、その口に放り込んでみたが、無理やり食べさせた事に暴れはしたものの、しばらく待っていても特別に苦しんだりはしなかったので、大丈夫だと判断する。

「こっちはこれで良し。それじゃあ」

一二三は、近くにある大きな岩に飛び乗った。

その向こう側、陰になった部分にいる人物に声をかけた。

「え、バレて……」

 そこにいたのは、ギルドから尾行していた女性冒険者だった。30歳まではいかないだろうが、がっしりした筋肉質な身体に硬質な魔物の皮で作った鎧を着ている。

 少し頬が痩けているものの、充分美人だった。

「何か用があるならさっさと言え。コソコソつけ回されるのは、むず痒くて仕方がない」

 言葉は返ってこない。

 代わりに、女性冒険者は剣を抜いた。

 その瞬間、周囲の空気が冷え込む。

「その剣を俺に向ける意味はわかっているな? 俺の見立てではお前……いや、お前らでは俺に対抗するのは難しいと思うが」

「オックの仇よ。あんたの強さは聞いているけれど……」

 冒険者の声は最後まで続かなかった。

 話の途中で、一二三が振り下ろした刀が頭を叩き割ったのだ。

 眼球を飛び出させた冒険者は、一言も発せずに剣を落とし、脳漿を撒きながら倒れた。

「武器が届く範囲で油断するなよ。敵だと認識しているなら、尚更だ」

 二本の矢が、一二三を狙って飛来する。

 それを、岩の上から後ろ向きに転がり降りて回避した一二三は、刀を納めることなく構え直した。

 さらに矢が飛んで来るが、全て叩き落とした一二三は、木の陰から弓を構えている二人の男を立て続けにその弓ごと両断した。

「ぎゃあっ!?」

「ち、クソが!」

 弓の射手を斬り殺した瞬間、両脇から剣を持った男たちが躍りかかった。

 だが、その振りも踏み込みも、カーシャに比べても遅い。

 一人の武器は空振りし、もう一人は剣を振り下ろす前に両腕をまとめて切り飛ばされた。

「ああああ……」

 血を振りまきながら転がる男を無視して、二度目の攻撃をしようと構えた男に対して、一二三は恐るべき速度で数回の突きをくれてやった。

 両目、喉、水月みぞおちへと一瞬のうちに穴を開けられた男は、剣を振り下ろすことなく、後ろにばったりと倒れ、そのまま死んでいく。

 腕を失って喚いていた男も、さくりと心臓を突き刺されて殺された。

「仇討ちはもう少し相手を調べてからにしろよ」

 もう誰も聞いていない注意点を述べると、懐紙で拭った刀を鞘に戻し、蟹の死体を闇魔法収納へとどんどん放り込んでいった。

「焼いてもいいな。鍋でもいいな。宿の厨房でも借してもらうか」

 先ほどの五人の事はすっかり頭の中には残っていなかった。



「た、確かに、報告にあった魔物に間違いないようです」

 収納から取り出された蟹の大きなハサミを見たヘラは、にっこりと営業スマイルを見せて銀貨の入った袋を差し出した。

「死体はもらっていく。宿で食ってみようと思うからな。ハサミは置いていくから、好きにするといい」

「はい、ありがとうございます」

 カウンターにどんと置かれたハサミをチラリとみたヘラは、どうやって運ぼうかと内心頭を抱えていたが、一二三に向かってはしっかりと礼を返した。

「じゃあな」

 一二三が去っていくと、ギルド内の冒険者たちによるざわめきが倍ほどのに増えた。

「すごいな。結構な大物を倒してきやがった」

「しかも一人で、だろ」

「そう言えば、あいうに復讐するとか言ってたオックのイロと腰巾着連中がいたろ? あいつらはどうした?」

 口々に一二三の話題を語るなか、誰かが言った言葉で、ギルドが静まりかえった。

 不用意な一言だったか、と汗をかいた冒険者に、誰かが答えた。

「そりゃ、帰ってこないんだから、そういう事だろ」

 そうだ、そうだと再びギルドはざわめき始め、その日以降、王都の冒険者たちは誰一人として一二三に接触しようとはしなくなった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次に何か書いたら掲載しますので、よろしくお願いします。

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