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『サブナクの後悔』

書籍化記念掲載と称してアップします。

一二三と出会う前、サブナクはどうして単身あの町に赴任していたのでしょうか?

どうしてあんなに張り切っていたのでしょうか。

そのあたりを書いて見ました。

「着きましたよ」

 馭者から声をかけられ、騎士サブナクは干し藁の上から身体を起こした。

 揺れていたはずの馬車は既に止まり、屋根のない馬車から見える馬の向こうに、フォカロルの街の入口が見える。

 商人という体裁を整えるため、馬車に積んでいた大きな荷物を担ぎ上げる。

 王都からフォカロルまで送ってくれた馭者も、変装した国軍所属の兵士だ。彼が引き上げると、サブナクは本格的に一人で潜入する事になる。

「お気を付けて」

「ああ、ありがとう」

 サブナクを置いて、別の方向へ向かう馬車を見送る。

 小さくなる馬車を見つめて、サブナクは小さく呟いた。

「次こそは、失敗しない……」

 大きく息を吸い込み、フォカロルへ向かって歩き始めた。



 20歳になったサブナクが騎士となり、第三騎士隊に入って直後に王都での巡回勤務を命じられた時、正直に言えば「一刻も早く辞めて実家に帰りたい」という気持ちでいっぱいだった。

 領地持ちの伯爵家三男として生まれ、剣にも勉強にもこれといって集中できず、興味も持てなかった少年時代を過ごし、優秀な兄や姉に引け目を感じていた。かと言って周囲に反発するほどの気概も無く、部屋住みとして10代をボンヤリ過ごしていた彼を見かねて、両親がコネを使って用意してくれたポストだった。

「では、巡回に行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

 教育係としてサブナクにつき、そのまま上司となったミダスという中年の騎士に挨拶をすると、サブナクは一人で街の巡回へと出かけていった。

 友人がいないわけではない。みんなと訓練をしているうちは、不思議な一体感を感じて訓練後の会話も楽しめたし、共に食事をしたりくだらない話題で笑ったりするのは好きだった。

 だが……。

「あっ」

 平民のような服で大通りを歩くサブナクの視界の端に、小さな男の子が泣いているのが見えた。母親を呼ぶ声を上げながら歩く姿で、迷子だとすぐにわかる。

 だが、サブナクは身体が動かない。

 なんと声をかければいいのかわからず、手を差し伸べるにしてもどうすればいいのか。

「何をしているの」

 サブナクの後ろから声をかけた若い女性が、すぐ横を追い抜くように通り過ぎた。

 ゆるやかにウェーブがかかった金髪から、爽やかな香水の香りが届く。

「どうしたの? あなたの名前を教えてくれる?」

 しゃがみこんで目の高さを合わせた女性は、子供を安心させる優しい微笑みを浮かべた。

 まだしゃくりあげてはいるが、男の子はボソボソと名前を告げた。

「いい子ね。わたしがお母さんを探してあげるから、一緒に行きましょう」

 手をつないで歩き始めた女性は、サブナクへ近づき、先ほどとは打って変わって厳しい視線を向けた。

「わたしは第三騎士隊所属のパジョー・ラティソー。あなたの先輩よ」

 しばらく実家に戻っていたから、貴方は知らないでしょうけれど、とパジョーが言う。

「あなたの事はミダスさんから聞いているわ。何を迷っていたか知らないけれど、良い事をするのに迷うのはやめなさい」

 ビシッと遠慮なく注意をすると、パジョーは子供の手を引いて歩いていく。

 一言も声を出せなかったサブナクは、肩を落としてパジョーを見送った。


 別に引っ込み思案というわけではない。

 色々と“考えすぎる”のが欠点なのだ。

「自分でも、分かってはいるんだけど……」

 誰かに声をかけようとか、行動を起こそうとするときに、まず立ち止まって考えてしまう。それで正解かを考え込んでしまう。

「悪いことだとは思わん。考えなしに突っ込んで失敗されるよりはいい。特に上の人間としては、な」

 サブナクのその癖を見抜いたミダスが、宥めるように言ってくれた事がある。

「お前の先輩にあたる女騎士は、そのタイプだからな。最初のうちは苦労したぞ……」

 ため息混じりにそんな話をしたのを覚えていたサブナクは、パジョーがその女騎士なのではないかと思った。

 いずれにせよ、このままではいけない事はわかっている。

 気を取り直し、次こそはと巡回を続けていると、一人の女性がサブナクの視界に入った。

「……?」

 サブナクは自分でもよくわからないまま、その女性が気になったので、さりげなく露店に広げられたアクセサリーを見ているふうを装って、観察をしてみることにした。

 周囲には多くの店が並んでいるので、不自然には見えないだろう。

(パジョー先輩なら、すぐに声をかけるんだろうけれど……)

 この時点で声をかける理由を見つけられなかった。

 女性は20代半ばくらいだろうか。よく見る麻の服を着て、簡単にひっつめにした亜麻色の髪。美人といっていい顔だが、左頬に目立つアザがある。

(なにか、気になる。なんだろう?)

 しばらく見ているが、特に買い物をする様子もなく、路地に入るか入らないかという建物の蔭で、怯えたように周囲を伺っている。

 誰かに追われているのかと推測しているうちに、一人の若い男が声をかけた。

 男も然程目立たない格好をしているが、薄い茶髪にヘラヘラとした笑い方をする、痩せた男だった。

 周囲の喧騒も相まって、声までは聞こえない。

「少し、近づいてみるか……」

 だが、サブナクが近づく前に男女二人共連れ立って歩いて行ってしまった。

「気のせいだったか……? でもなぁ」

 少し追いかけてみようかと思ったところで、男が振り返ってサブナクの方を向いた。

 視線が合ったわけではないが、感づかれたような気がして、女性の肩に親しそうに男が手をかけていたこともあり、サブナクは尾行を諦めた。

 このことは、いつまでもサブナクが後悔する原因となる。



「他殺死体、ですか?」

 翌朝に第三騎士隊の詰所に顔を出したサブナクは先に来ていたミダスやパジョーたちから、早朝に発見された死体についての申し送りを受けた。

「ああ、女性の死体だ。両手足と、首にナイフで付けられたらしい傷があるそうだ」

 ミダスは冷静に話しているが、パジョーは相当腹を立てているのだろう。紅潮した顔をして腕を組んでいる。

 見つけた住民から通報を受けた兵士が確認し、夜番の騎士が死体の見聞をしたらしい。

「浅い傷が多いという事だからな。……嬲り殺しにされたんだろう」

「本当に腹の立つ、不愉快な話だわ」

 パジョーは吐き捨てるように言うと、キツイ目つきをして口を引き結んだ。

 その様子に、他の騎士たちも怒りを滲ませた顔をした。第三騎士隊の誰もが、聖女と呼ばれるイメラリア王女と同じように、民衆をきちんと見守る気持ちが強い。

「被害者の身元は分かっていない。発見されたのは商店エリアの路地だが、特に身元がわかるものは持っていなかった上、夜番が聞き込みをした周囲の住人も、名前すら知らないという事だ」

 そして、とミダスは報告書に視線を落とした。

「女の特徴は、亜麻色の髪で年齢は20代半ばくらい。左頬に打撲によるものとは違う、アザがあるそうだ」

 そこまで聞いて、サブナクは膝の力が抜けた。傍らにあった椅子の背もたれにしがみつく。

「どうした?」

「その女性、商店エリアで昨日見かけました……。何かおどおどとした様子だったので、声をかけようと思ったのですが……」

 震える声で語られるサブナクの報告に、騎士たちは息を飲んだ。

「知り合いらしい男性と連れ立って歩いて行ってしまったので、そのまま……」

 思い切り振り抜かれたパジョーの拳が、サブナクの頬を捉えた。

 詰所の壁に叩きつけられる程の勢いで転がったサブナクは、頬を押さえながらも文句は言わなかった。殴られて当然だと、むしろしっかり制裁を受けた方がありがたいとさえ思った。

「あなたが! あなたがもうちょっとしっかりしていれば!」

「パジョー、やめろ」

 叫び声をあげたパジョーを、ミダスは努めて冷静な声で諌めた。

「でも……」

「まだ、サブナクが見た女性だと決まったわけじゃない。それに、話を聞く限りでは声をかけても簡単に言い逃れされる状況だ」

 尾行をするに越したことは無かったが、とミダスは一言だけ注意をして、サブナクに指示を出した。

「サブナク、兵士の詰所に死体安置所がある。確認して来い」

 フラフラと立ち上がったサブナクは、一礼して騎士隊詰所を後にした。


 死体安置所に横たえられた女性は、紛れもなくあの時の人物だった。

「ごめんなさい……ほんとうに……」

 膝をついて涙を流すサブナクは、ふと女性が拳を握っている事に気づいた。

 そして、その指の間から数本の髪の毛が飛び出している。

「この色……」

 薄い茶髪は、女性の肩を抱いて連れて行った男と同じだった。

 涙を拭い、立ち上がったサブナクは、その髪を一本だけ、そっと抜き取った。

「あの男、必ず見つけてやる」


 だが、その後はどこかへ潜伏してしまったのか、サブナクは目撃した男を見つけられずに終わる事となる。

 サブナクは知る機会がなかったが、ラグライン侯爵邸に潜伏していた“隠し蛇”のボスであるオロバス。彼こそがサブナクに目撃され、女性を殺害した人物であった。

 一二三が侯爵邸でオロバスを殺害した後、サブナクはすぐにフォカロルへの潜入任務を命じられていたので、オロバスの死体を見る事も無かった。女性が何故殺害されたのか、その真相は誰にも知られること無く、事件は風化していく。

 だが、サブナクの脳裏から、被害者の姿がいつまでも消える事は無かった。。



「やあ、何か面白い話題はないかな?」

 明るい笑顔で軽い口調のサブナクが、宿のカウンターに肘をついて話しかけた。

「ナックさん、毎日そんなに動きがあるわけないよ。君が居た王都と違って、ここは都会じゃないんだから」

「そりゃ、必死にもなるよ。何か儲け話を持って帰らないと、いつまでも見習いのままなんだから」

 ニコニコと話しかけるサブナクに、宿の主人は困り顔で答えた。

 フォカロルへ逗留して一週間。

 見習い商人のナックという偽名で宿をとったサブナクは、積極的に街の人々との交流を深めていった。

 何よりも情報を集めることを第一として活動し、フォカロルの領主であるハーゲンティ子爵の動きについて、館に出入りする商人たちや、周辺住民から少しずつ世間話として情報を拾っていく。

 努力の甲斐もあり、ラグライン侯爵とフォカロル領主ハーゲンティとのつながりが少しずつ見えてきた。

 さらには、兵士たちの感情が日々希薄になってきており、この数ヶ月間、街の出入り口でのトラブルも増えてきている事がわかった。

「後は、機会があれば領主館の中も探っておきたいんだけどな……」

 商機として何か王都へ持ち帰る商品を探しているという名目で、商店を周るのを日課とし、部屋に戻るとばったりとベッドに倒れるのが毎度の行動だった。

 贅沢はできないので、安く狭い宿を選んだので、部屋にあるのはベッドだけだ。

 薄汚れた天井の木目を見ながら、サブナクは考えて居た。

「それにしても、王様を殺すなんて、とんでもない奴がいるもんだ」

 薄い壁の向こうに聞こえないように、小さく愚痴をこぼす。

 女性殺害事件の後、王が殺害され、同じ人物によって今度はラグライン侯爵の罪が暴かれた。その時点まではサブナクも王都に居たので、騎士隊の仲間から情報は入っていた。

「イメラリア様もパジョー先輩も大変だなぁ」

 情報に敏い第三騎士隊の隊員で、王都にいたものはある程度実情を把握している。本来は勇者として国のために召喚された人物が、王を弑して城を脱し、何故かパジョーと組んでラグライン侯爵の館に押し入ったのだ。

「わけがわからん。パジョー先輩は、国の役に立ったとは言っていたけれど」

 最後に顔を合わせたとき、怪我の療養中だったパジョーは、喜ぶべきかどうかという微妙な顔つきだったのを思い出す。

 結局、回ってきた指令では一二三という名前の勇者に対しては“監視すれども接触せず”という方針がイメラリアから出された事で、サブナクは勇者についてはほとんど知らない。

「黒髪黒目、か。そんな人見たことないけれど、どんな感じなんだろう」

 しばらく想像していたが、首を振って思考を切り替える。

フォカロルの調査という指令が第三騎士隊に下った時、サブナクは志願してこの任務に就いた。あの時の失敗を繰り返さないために、何か機会が欲しかったのだ。

「これで、ぼくはうまくやれているんだろうか」

 もし、自分がもっとうまく剣を使えたなら、もっと強かったなら、少し強引にでも領主館を見に行ったりもできるのかもしれない、と少し危険な方向へ考えが向かう。

 不意に、部屋をノックする音が聞こえる。

 飛び跳ねるように身体を起こして枕元のナイフに手を置いて身構えたサブナクだが、ノックのリズムが第三騎士隊の取り決めに沿ったものだったので、息を吐いた。

「中にいるよ」

 サブナクが声をかけると、ドア下の隙間から羊皮紙が差し込まれた。

 一定以上の規模の街に一人は存在する、鳥を使った王都との連絡をとる人物からの伝言だ。彼らは決して騎士や兵士に身分を明かすことはない。噂では、冒険者ギルドの長がやっていると言われているが、サブナクも正体は知らない。

 差し込まれた羊皮紙を拾い上げる。

「……マジで?」

 それは指令だった。

 監視対象である一二三が、王都を出てフォカロル方面へ向かったが、王都を出てすぐに監視役が追いつけなくなったらしい。対象はおそらくフォカロルへ入るだろうから、監視を引き継ぐように、と。しかも、この指令が出された時点でかなり道を進んでいると予想される、と添えられていた。

 さらに、一二三はいつの間にか子爵の地位を与えられているという情報まで書かれている。

 混乱しながらもサブナクは慌てて指令書を焼いてしまうと、慌てて宿を飛び出した。



 王都方面への出入り口前、広場になっている場所に転がっているのは、首や腕が離れた死体ばかり。

 生きているものは皆無で、フォカロルの出入り口は死体と、遠巻きにそれを見ている民衆で騒然としているが、あまりの光景に誰もが息を飲み、数名が吐いている音が聞こえる。

 サブナクも、こらえきれずに路地に入り込んで胃の中のものを吐き出した。

「うぷ。一体何が……」

「ナックさん、あんたも見に来たんだね」

 入口に近い場所で飯屋を開いている男が話しかけてきた。

 情報収集も兼ねて、サブナクが何度か利用している間に、すっかり顔見知りになっている。

 男はでっぷりと太っており、脂ぎった顔でチラチラと門の前の惨状に視線を送っていた。

「ええ、他の人から騒ぎになっていると聞いたんで……」

「酷いもんだよねぇ。でも、噂だと兵士から先に手を出したみたいだよ」

 どっかの貴族に大勢で襲いかかって返り討ちにあったらしい、と噂話をペラペラとしゃべりだした男に、うまく相槌を挟んで状況を聞き出した。

「それでね、三人組のうち、男は一人だけなんだと。そいつが滅法強くて、あっという間に兵士たちをやっつけちゃったんだってよ」

 聞き役がいるのが嬉しいのか、どんどん知っている情報を話してくれる。

「黒い髪に黒い目って言ってる奴もいるみたいだけど、そんな人間、いるのかねぇ?」

 強さも容姿も、ちょっと信じらんないよね、と話す男に適当に合わせながら、内心サブナクは心臓が跳ね上がるのを感じていた。

(到着早々やってくれた!)

 挨拶もそこそこに、周囲に聞いて回った結果、一二三は近くの飲食店に入ったという情報を掴んだサブナクは、店の前に着いた時点で息を整え、そっと店内の様子を伺った。

 黒い髪で変わった服を来た男性が、二人の女性を前に何か話している。

 食事は終わっているらしく、空になった器がテーブルに残っている。店員が遠巻きに、怯えた表情で彼らの様子を伺っているのが見えた。

(見つけた!)

 サブナクはここへ着くまでの間に、一二三に接触する事を決めていた。イメラリアからの命令に反する事だが、ここで思い切った行動に出ることで、停滞している現状の打破ができないかと思ったのだ。

 だが、一般の人物がいる目の前で任務の話はできない、と手持ちの羊皮紙に炭で自分の身分を書き付けて、友人のフリをして近づく作戦を立てた。

「……よし!」

 気合を入れたサブナクは、爽やかな笑顔を浮かべて一二三の視界へと飛び出した。

「やあ、お久しぶりです! いつこちらに?」


 結果としては一二三が乗ってくれたために、ハーゲンティ子爵の捕縛はうまく行ったものの、サブナクはこの時の出会いが正解だったかどうか、長い間答えを出すことができなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

また誰かのお話がかけましたら、掲載します。

よろしくお願いいたします。

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