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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

森王の涙

作者: 九猫

人外×可愛い女の子は最強です

遥か昔、龍が息付く自然に溢れた世界。

龍が世界の要素の頂点に立つ生物であった。

森を支配する王が、海を支配する王が、砂の大地を支配する王が、空に浮かぶ古代都市を支配する天空の王が、火の山を支配する王が、常に雨降る雷鳴の王が己の眷属と共に暮らしていた。

人間は言った。


「あの龍たちが居るせいでわたし達の領土が少ないのだ」


そうして龍たちを追い出した人間が見たものは、さてはて、彼らが求めたものだったのか。

それは誰にもわからない、遠い昔のこと。









森の中に、一つの館がある。古ぼけて傾いた看板には【禁書の森】と書かれていた。そんな森と同化してみえる館には、誰も訪れる者などいないのだった。



『あれから、何年経ったのだろう。

我の眷属たちは無事なのか? それとも、もうニンゲンどもに殺されてしまったのだろうか...』



館の最奥。鎖と錠前、幾何学模様の描かれた布が巻き付けられた本から低い声が響いた。薄く翠色の光がゆらゆらと揺れる。眷属たちの心配をする声はとても不安げだった。

この【龍封じの禁書】に封じられているのは森の王だった龍だ。美しい龍として名を馳せた彼は温厚な性格をしていたのだか、ニンゲンはそれをいい事に眷属たちを殺し、木々を薙ぎ倒した。

彼は激怒した。だから、その人間たちに復讐をして周りの奴らに言ってやった。


『次に我が眷属たちを殺したら関係のないニンゲンも殺し尽くしてやる』と。


ニンゲンたちの返答は龍刈り(ドラゴンスレイヤー)の派遣だった。よりにもよって火炎の魔法を使い、森を焼いたのだ。龍の怒りは、呆気なく理性を焼き切り、彼を暴走へと追い込む。


気がつけば彼はこの本の中、身動きも取れずに鎮座することしか出来ない状態になっていた。彼は心配だった。自身の森や動物たちが。あの、静かな場所の安否が。



『………森は、無事なのだろうか....。我は、何もできず、ここにいる……。

なんと、無力なことか』



深い深い悲しみが彼を支配する。自分の作った森が、どういう状態にあるかも解らず、自分では動くこともままならない。それが、とても辛かったのだ。

と、軋む床の音が入口の方からした。どうやら何かが入ってきたようだ。それと同時に少女の声が聞こえる。か細い、彼の嫌いなヒトの声が。



「ここが、禁書の森………すごい」



感嘆の感情を声に乗せて、少女の足音が近づく。龍は警戒と共に今できる威圧だけを声に乗せて、忌々しいとばかりに吐き捨てた。



『寄るな、忌々しいヒトの子よ。この封すらなければ食い殺してやるものを』


「ぁ……今、喋ったのはあなた?」


『寄るな、と言っておろう。貴様の脳はガラクタが詰まっておるのか』



現れた少女に殺気を向けて、龍は唸り声をあげた。少女は驚いたように本を眺める。殺気に怯えているようではあったが、本によるのは止めようとはしていない。

ペタリと本に触れる。龍は本気でこの封印を引き裂きたい衝動に駆られた。こんな無遠慮な輩は初めてだ、と悪態を付きながら少女を見る。

色白の少女は不思議そうにその封印を眺めていた。纏っているものは質素なワンピースにエプロン、その上からマント、と旅人には見えない。唯一持っている荷物は傘とカバンくらいで、なぜこの森に来たのかは不明な格好だった。

唸り声はそのまま、龍は少女に問いかける。



『……おい、貴様はなぜここへ来た。服装からするとこの近くに村か街でも出来たのか』


「ん、私はこの近くの村に住んでる。私魔女だから、長く生きてる。あなたも知ってるよ」


『………忌々しい。実に忌々しい。またニンゲンどもが住み着いたのか。あれだけ殺してやったというのに厄介な生き物どもよ』



濃厚な殺気を纏いながら、龍は歯を噛み締めた。また、我が眷属たちがやられてしまっているだろう。そして、今自分は彼らを守れもしない。何もできずにここにいる。それが歯痒いのだ。

と、今度は少女が口を開いた。



「あなたの眷属たち、今はもう魔物になってる。ここは魔物の住む森になってる」


『……そうか。我は、我のなしたことは、全て無駄になったのだな』



ぽつり、と龍は悲しそうにつぶやく。理性のある動物たちは、龍の怒りの籠った魔力を受けて魔物となってしまっていた。

魔物は瘴気を発する。それは世界にとっても、森にとっても良くないこと。陽を陰へと転じさせ、バランスを崩し、世界を崩壊させる。それは龍が避けなければならない事態だった。

龍は世界のバランサー。陽でもあり、陰でもある。それが龍。我を忘れる程の怒りや、平和を重んずる理性を有する彼のような不安定な存在である。

少女は悲しそうにそんな彼を撫でた。彼をいたわるように。彼に寄り添うように。





◇■◇





その日から少女は毎日のように龍の元へやってきた。何度龍が殺気を向けようと、鬱陶しいと言おうと、彼女は彼の元でこの図書館の禁書を読み漁っていた。

彼女はここで昼食を食べる。そして、龍へと話しかけた。

龍が居なくなった世界の話。彼の眷属の話。彼より年下の龍たちの話。庇護下にあった森や山の話。

少女は遠くを見るような目をしてそれを語った。老成したヒトの表情で昔を振り返った。追い払うのを諦めた龍はそれを黙って聞く。

龍には追い払う手段がない。少女の気持ちもわからない。だが、悲しげに呟く少女の言葉を止めてはならないと感じていた。

彼女は龍にとって近しいものを持っていると感じたから。

だから少女の言葉を止めずに黙って聞いた。



「みんな、みんな無くなってしまった。あの木々も、穏やかな草原も、息づく動物たちも」


「龍たちは縄張りを奪い合うばかりで私の話を聞いてくれなかった。聞く耳を持たずに人に殺された。彼らは・・・愚かだ」


「ううん、龍だけじゃない。ヒトも愚かしいんだ」



智に愛された魔女は震える拳を右手で抑えた。龍の方からは見えなかったが、俯いた彼女は涙を浮かべていた。

・・・ヒトに恐れられた魔女は、龍の側で涙を流す。その姿は年相応の少女のようだった。

そんな少女の側で龍は無言で寄り添う。翡翠の輝きは優しく彼女を照らし、封印の魔布はそんな彼女を守るように揺らめいた。






毎日のようにやってきていた魔女の来訪が途絶えた。そのことが龍の心を揺らめかせている。彼の周りに浮かぶ燐光がチカチカと瞬き、魔布が忙しなく揺れて心を表す。



『……どうやら我も弱っているらしい。長き月日には勝てぬか』



龍がつぶやいたのは、自身の様子に気がついたからだ。あんなに嫌っていたはずの少女を心配している自分に気がついてしまったのだ。

それにしても、と龍は溜息をついた。守っていた物も、同胞も、そして庇護していたと思っていた物に裏切られた。

まるで、龍には何もなかったかのように感じられた。言葉に表すのなら、そう…….。



『我の、我の存在は…なんの意味もない物でしか無かったのだな……』



言葉にして、初めて龍は虚しさを感じた。長らくやって来たことすべてが無駄なのだと、目の前に突き付けられたように感じたからだ。

だからこそ、少女との時間で考える時間を減らしたかったのかもしれない。彼女とならば、悪態を付きながらでも穏やかに過ごせた。…まるで、昔の森のように。



ガタァン!



と、龍が考えている最中に静寂を破って扉が開く音がした。ドタバタとこちらに走ってくる音も大きくなっていく。

龍は少女に弱みを見せまいと持ち直し、飛び込んでくるであろう少女に声をかけた。



『また来たか。何度言えばわか…』


「今は話してられない! いいから、黙っていて!」



何を、と声をあげようとした龍が見たものは、彼女の顔に浮かぶ必死な表情と血に染まった腕だった。只事ではない、と龍が口を閉ざせば少女の詠唱が始まった。

人間に捉えられない音が書物の間を駆け巡る。紅の燐光が翠の光と共に舞い散る。

それはさながら蛍のようで、龍にはそれがこの封印の解呪だとわかった。そして、それがどのような無茶であるかも。


『おい、その傷では失敗するやもしれんぞっ! 魔力の暴走でどのような事が起こるかわからん貴様であるまいっ』


「それでも、私に時間ない」



ボタリと彼女の赤い血が滴り落ちる。彼女の表情は真剣で、唱える呪文は滑らかに唇からこぼれ落ちていく。

まず、魔布が弾けとんだ。錠前が、鎖が、音を立てて地面へと叩きつけられる。そして、龍を封じていた本がいきなりバラバラとめくれて行くと、一つのページで止まった。

そこにあるのは龍の絵。モノクロだった彼の絵にジワリとインクが滲むようにして色が付いた。

そして、龍の頭が、首が、肩が、手が、翼が、足が、段々と元の彼の姿へ戻ろうと肥大化していく。

ふと、龍は気がついた。魔女の後ろに剣を持ったヒトが、怒号を上げているのを。杖を持ったヒトが、何やら唱えているのを。



「…ファイヤアロー!」


『また我から奪う気か、貴様ァあァァアッ!』



そう彼と杖の男が叫ぶのは同時で、龍のアギトが閃いて二人の命を刈り取るのも、魔女を庇った手が魔法を弾くのも、一瞬であった。

蚊の鳴くような声で感謝を伝える魔女に龍だけに伝わる治癒魔法をかけてやりながら、龍は呟いた。



『…無茶をするな、この大馬鹿が』



その言葉に弱々しい笑みを浮かべてから寝てしまった魔女につられて、龍も笑う。久々の外界の空気を吸い込んで、龍は目を細めた。

大破してしまった禁書の森で、彼は一人魔女を守るように体を丸めた。彼の顔には慈しむような表情が浮かんでいて、昔に戻ったかのよう。

そんな表情のまま、龍は誰もいない森でぽつりと独り言を漏らした。



『我は、ヒトを信じたかったのだ。裏切られて、悲しかったのだ。

もう、信じないと決めたものだが…貴様なら信じられそうだ』



蘇った龍は空を見上げる。昔のままの空は美しく、そしてとても広いと、龍は戻ってきた静寂の中で目を閉じた。








それから何年かあと、元に戻った森とその中心部で穏やかに暮らす少女と龍の姿があった。人を退け、魔物を退け、そうして生きる彼と彼女の元には人ならざる物、つまり元の森にいた物たちも戻ってきた。

龍は言った。



『人の子よ。貴殿が居なければ、我はあのままであった。感謝する』



そうして優しくぺろりと少女を舐める。

少女は言った。



「貴方が心安らかに居られればいいの。でも、言ったでしょ? 私の名前」



少女は優しく龍の鼻先を撫でて微笑んだ。

『それを言うならば、貴殿こそ。我の真名はそなたに捧げた』と龍は目を細め、慈しむように少女を見下ろす。

どこまでも優しく、穏やかな声で二人は名を呼んだ。



「ヴァルドハーン」


『レイオローズ』





深い深い森の奥。一番深いその場所に魔女と龍が暮らしているという。

さて、それが彼と彼女なのか。それを知るのは森の木々のみ。ひとつだけ言うならば、龍と魔女は今も森で生きているということ。

あの森で息づいていること。





ありがとうございました。

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