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第8話 -楽しい朝食-

281019 改訂しました。

 ためらう彼女の背中を押して渚亭へと向かいながら、彼は気になっていたことを確認した。

「鼻に絆創膏を貼ってますが、本当に大丈夫ですか?」

「恥ずかしいのであまり見ないでください。どこかで打って赤くなっていたのでサーシャさんが貼ってくれました」

 彼女はまた顔を真っ赤にしていたが、先程俯いていた時よりは少し元気を取り戻していた。

 その様子に彼も安心して気が緩み、思わず抑えていた笑みがこぼれる。

「・・・・・・くっ、そ、うですか。だ、大丈夫ならよかった・・・・・・です」

「ちょっと、リオンさん、今お笑いになられてました? ひどい方ですわ」

「・・・・・・くく、ごめんなさい」

「笑いながら謝られても、まったく誠意が感じられませんっ!」

 ほんの少し前まで恥ずかしそうにしていたのに今はふくれっ面になって怒っている。

 同じような表情の変化であっても、アリサからは感じたことのない不思議な魅力がクリシュナにはあった。

「いや、ほんとごめんなさい。でも渚亭の料理はおいしかったでしょう?」

「はいっ、とっても!」

 彼女も本気で怒っていたわけではないので、すぐ笑顔に戻る。

「今度は別の料理も頼んで下さい。どれもおいしいと評判ですから。ところでエルフの方はセダンではすごく珍しいのですが、どこかへ行かれる途中でしたか?」

 昨日から彼女を見ているが、冒険者カードは持っていなさそうであった。

 クエストでなければどのような用でこんな田舎町へ来たのか、彼は興味を持ったのである。


「ローテンベルグから北へ向けて荷物を運ぶ隊商の護衛をして来たのですわ」

「護衛? それは商人の雇われですか? それともギルドのクエストですか?」

「クエストとしてです」

「え? じゃあ冒険者だったのですか?」

「そうではなりませんわ。私達エルフは冒険者ギルドの決まりに縛られることを嫌いますので、必要がなければあえて登録はしません。でもクエストへの手助けは都合がつけばお受けします。人間社会ではどうしても宿や食事でお金が必要になりますから」

 淡々とされる説明は、冒険者ギルドがエルフ族を非常に信用していることを意味している。

 彼等がその自尊心の高さから口約束でも決して裏切らないことや、世俗的なことにまったく執着しないのは有名であった。

 そのため浅慮で無謀なことをしがちな人間と違って、無条件に安心して任せられるのである。

 ただし助力をするしないの選択権はエルフ族にあった。

「ローテンベルグから北だとかなりの長旅ですね」

「はい。セダンは今の名代さんになってから北のドワーフ王国との交易や、王都イズミルを経由せずに南のゲールと輸送を行うなど活発な取引が行われています。冒険者ギルドも小さな町の割にはしっかりしていますし、安心して依頼を受けられるので実は何度かお邪魔しているのですよ」

「それほどとは知らなかったです。僕が小さい頃に比べると広場が賑わうようになったとは思っていましたが、グレン様ってとてもすごい人なんですね」

「ええ、そう思いますわ」

「この町へ何度か来られていたなら、どの宿へ泊まっていたのですか? あ、いや、おかしな意味ではありませんよ!?」

 冒険者ギルドと特約のある宿に彼は泊まっているので、顔を合わせていなかったのが不思議だったのだ。

「分かっています。わたくしたちは、依頼主と一緒に荷物の近くでテントを張りますから宿に泊まることはありませんわ」

 焦るリオンにクリシュナは笑って答えた。


「そうか、いくら町中でもこれだけ隊商が多いと荷物番は必要ですね」

「はい。今回は依頼主が荷物番を進んでして下さる方でしたので自由に歩き回れたのですが、実は初めてです。テントにいると渚亭から香ばしい匂いが漂ってきて、ずっと行きたいとは思っていたのですよ」

「あれはすごく誘惑されますよね」

「はい! でも結局ご迷惑をお掛けすることになりました。わたくしったら本当にダメですね」

「あー、もう終わったことだしいいじゃないですか! ね?」

 折角元気を取り戻し始めたのに、また落ち込まれてはたまらない。

 彼は無理矢理話を終わらせた。

「―――ありがとうございます。リオンさん、優しいですね」

「いや、そんなことは・・・・・・」

 きれいな女性から褒められるのは嬉しいが、何だかむず痒い。

 彼は無意識に鼻の頭を掻いた。

「リオンさんは、この町でずっと冒険者をしておられたのですか?」

「僕には身寄りがなく、ここの修道院で育てられたので」

「あっ、それは立ち入ったことをお聞きして申し訳ありません」

 クリシュナは申し訳なさそうに耳を垂れさせた。

「全然気にしないで下さい。先に色々と聞いたのは僕ですし、素晴らしい神父様や仲間達に恵まれてとても感謝していますから」

「リオンさん・・・・・・」

 彼はとても穏やかな微笑みを見せた。

 心からそう思っていたからだ。

 二人が尽きることなく話を続けて渚亭の前までやって来ると、店の前ではサーシャが朝の打ち水の真っ最中だった。


「おはよう、リオン。クリシュナさんは、お帰りなさい」

「おはよう、サーシャ」

「えっと、ただいま帰りました、サーシャさん」

「リオンが出掛ける前にうまく捕まえられて良かったですね。ところでリオンはどうしたの?」

 朝早くから彼が来ることはないので、サーシャにはとても不思議に思えた。

「クリシュナさんは、サーシャに僕のところへ行ったことを伝えに戻るだろうし、だったら僕もサーシャのところで朝ごはんを食べようと思って」

「あ、お客様でしたか。それは大変失礼しました。どうぞお入りください。すぐにお作りしますので」

 急に接客を始める変わり身の早いサーシャに呆れながら、二人は店へ入り朝食を頼んだ。

「クリシュナさんは、この後どうされますか?」

「ローテンベルグまで帰る隊商の護衛でここを立つ予定です」

「そうですか、気をつけてお帰り下さい、と言っても僕より旅慣れてるみたいなので余計なお世話ですね」

「いいえ、お気遣いありがとうございます。多少慣れていても、昨日のような失敗もしますので」

「そうですね」

「あ、ひどーい。そこは『そんなことないですよ』って、さりげなく庇うのが普通じゃないですか?」

 クリシュナがかわいく頬を膨らませる。

 この仕草にはとても敵わない。

「はい、僕が悪かったです」


「クリシュナさんとリオンさん、いつの間に仲良くなったのですか?」

 頼まれた料理を持って来たサーシャが二人の打ち解けた雰囲気に驚きを口にした。

「仲良くって、そうかな?」

「そうですよ。リオンさんが女の人と仲良く話してるのを、あまり見たことがないです」

「・・・・・・サーシャ、それは僕に女の子の知り合いがまったくいないと言ってるよね。まあ、そうなんだけど微妙に傷つくなあ」

「そんなこと言って女性の知り合いなら修道院の子達やアリサさんがいるじゃないですか」

「・・・・・・修道院って子供でしょ! アリサさんも冒険者ギルドで受付をしてくれるだけのつきあいだよ。よく分からないけど態度はコロコロ変わるし、いつも忙しそうで特に仲良くしているわけでもないから」

「―――リオン、それ本気で言ってる?」

 言葉遣いまで元に戻ったサーシャにジト目で見られたが、心当たりの思いつかない彼は目の前に置かれた朝食の方が気になる。

「クリシュナさん、早く食べないと冷めちゃうね。いただきまーす。もぐもぐ、このパンの挟み焼きも絶品だね!」

「本当ですね! この炒めた卵にかけられている赤い色の調味料はどうやって作っているのでしょうか。甘酸っぱい後を引く味ですわ」

「フフッ、それはトマトを潰して作る渚亭自慢の調味料です」

 料理を褒められ胸を張るサーシャにクリシュナが上目遣いで声を掛けた。

「サーシャさん、わがままを言わせていただくと、昨日の夜のような気安い口調にしてくださったら、わたくしはとても嬉しいのですが」

「お店ではお二人はお客様ですから、そうは参りません」

「ほんとにまじめだなぁ、サーシャは」

「はい、まじめに小さなことからコツコツとが大切です。ではどうぞごゆっくり」

 どこぞの商人の受け売りだろうか、謎の言葉を残してサーシャは厨房へ姿を消した。

 今日の仕込みがまだ残っているのだろう。

「出発は何時頃ですか?」

 少しゆっくりめに朝食を摂ってしまったので、心配になった彼が尋ねた。

「依頼主が朝から荷造りを始めると言っておりましたので、昼前くらいだと思われます」

「だったらそろそろ行かないとダメかな」

 二人は満足な朝食を済ませ、カウンターのマルロへ代金を支払って店を後にした。

いつもお読みいただきまして本当にありがとうございます。

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