第7話 ―朝駆け―
281019 改訂しました。
翌日、朝早くから部屋のドアをノックする音で彼は目を覚ました。
「はーい、誰ですかぁ?」
寝ぼけ眼をこすりながらドアを開けると、彼の胸の高さに明るい金色の輝きがあった。
「あ、あっ、朝早くに、ごめんなさいっ!! 昨日は本当にありがとうございましたっ!!」
その眩しさの中から鈴の鳴るような声がした。
「すみません、どちら様でしたか?」
念のため聞いたものの、金色の髪とその両端に特徴のある耳、漂う香りに記憶が呼び覚まされ、間違いなく心当たりはあった。
「すっ、すみません」
輝きの位置が彼の顎の高さになり、碧い色の大きな目をしたとても美しい顔が視界一杯に広がる。
彼女を運んだ時は目を開けていなかったので、初めて見るその澄んだ瞳に一瞬吸い込まれるような錯覚に陥りそうになる。
ああ、想像より遥かに綺麗な女だったみたいだ。
その美しい造形に驚いて彼の寝ぼけた頭が一瞬で目覚めると、彼女の鼻に絆創膏が貼られていることに気づき、つい笑ってしまいそうになるのを抑えるのに苦労した。
「お体のほうは、大丈夫ですか?」
「はいっ。お店の方に大変良くしていただきまして、お陰様でもう大丈夫です」
「それは良かったです。よくここが分かりましたね。ひょっとしてサーシャですか?」
「はいっ。お礼をどうしても言わなければと思い、無理を言って教えて頂きました」
「わざわざお越し下さってすみません。でも大したことはしてないのでそこまで気にされなくても」
「いえ、そういう訳にはまいりません。命の恩人ですから」
「そんな大袈裟な・・・・・・」
「本当にそう思っています。料理のピリピリとした食感が楽しくて食べ続けていたら、知らぬ間に気を失ってしまったようでお恥ずかしい次第です」
耳を少し垂らしながら、今はトマト汁ではなく恥ずかしさで真っ赤にした顔の前で、両手の指をからませて説明をする仕草は本当にかわいらしい。
確かに客層の良くない店であれば、今頃はこんな所にいられなかったかもしれない。
これだけ美人のエルフだと色々なところで需要は多いだろう。
彼女もその危険性を十分承知しているからこその言葉だった。
「どちらにしても良かったですね」
「はい・・・・・・」
リオンは徐々に頭が動き始めると、今の格好が半袖の下着にくたびれた室内ズボンであることを思い出してかなり気恥ずかしさを覚え始めた。
「あの、もういいですか?」
「?」
エルフの女性は、急に視線を逸らして心なしか顔を赤くした彼の言葉について行けず、美しい顔いっぱいで疑問符を投げ掛けている。
「えーと、お話が済んだのなら部屋に戻りたいかなと・・・・・・」
彼がクエストに行って不在になることを心配して、何も考えず早朝に押し掛けてしまったことを彼女はすっかり忘れていた。
「す、す、すみませんっ!」
彼女は再び顔を真っ赤にして深々と頭を下げる。
その仕草が来た時と全く同じだったので、意外とドジッ娘なのかなと、少し失礼な感想を抱きつつ苦笑混じりに考える。
彼の方で何とかしないと、この場が終わらなさそうであった。
「えーと、エルフさん、良かったら下の食堂でお待ち頂けますか?」
名前を聞いていなかったので『お嬢さん』と『お姉さん』で悩んだ末、とりあえず無難そうな種族名で呼び掛けてみた。
「あっ! す、すみませんっ。わたくしったらまだ名乗りもせずに! もー、何をやってるのでしょう。はぁ・・・・・・」
シュンと音が聞こえそうなほど細い肩が落ちる。
「エルフさん?」
「すみません。リオンさん、わたくしはクリシュナと申します」
「じゃあ、クリシュナさん。少し下でお待ち頂けますか?」
「・・・・・・はい」
クリシュナはトボトボと階段を下りて行った。
朝早くからお礼を言うために足を運んでくれたのに、落ち込ませたまま帰すのが申し訳なかったので待っているよう言ったものの、彼も特に考えがあるわけではない。
どうしたものかと頭を悩ませながら服を着替えたが妙案は特に浮かばず、とりあえず朝食でも食べながら考えることにした。
まだ早い時間なので一階の食堂には他の宿泊客もおらず、奥の方から主人のナダルがこれから来る客の朝食の準備をしている音だけが聞こえる。
クリシュナは窓際にいくつか置かれた机の前に俯いて座っていた。
見ず知らずの人を朝早くに叩き起こし、名前も名乗らず一方的にお礼を告げる。
本当に感謝を表すつもりなのか疑いたくなる行動をきっと反省しているのだろう。
なんとも素直と言うか、分かりやすい女だな。
リオンは、あきれとも感心とも言えない想いを抱いた。
しかし不快感は一切ない、むしろ好印象である。
窓から差す朝陽に照らされた彼女は、光り輝く金色の髪ときめ細かい白磁のような肌、今は見えないが驚くほど明るく澄んだエメラルドの瞳を持ち、上品に染められた萌黄色のワンピースもよく似合っている。
あれは昨晩に着ていたのと同じ物みたいだから、サーシャがすぐに洗濯をしてくれたのだろう。
まさに大輪のヒマワリのような明るい華やかさを感じる。
今は完全にしおれてしまっているが・・・・・・。
「お待たせしました」
「あっ、はいっ」
顔を下へ向けていたクリシュナは、リオンが傍に来たことも気づかなかった。
「風待ち亭でも構わないのですが、せっかくなので渚亭に行きましょうか」
お礼に来たことがサーシャへ伝わる方が良いだろうと考えて彼は申し出た。
「え、いえ、そんな、風待ち亭のご主人様にも申し訳ないですし・・・・・・」
「クリシュナさん、この後、僕に会えたことをサーシャへ話すために渚亭へまた行くつもりでしょ? ここは僕の常宿だから、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。さあ行きましょう」