第61話 -姫の治療-
20170531 見直しました。
彼女は図書室の奥にある薬草関係の書架の下から、部屋の真ん中まで移されていた。
散乱した部屋の状況から察すると埋もれた本の山の下から引き摺り出されたのだろう。
「マリサさん、どこが痛みますか」
リオンは彼女の側に膝を着き、骨折していると思われる赤紫に腫れた左足首を確認し、容体を聞きながら持って来た薬草や包帯を広げた。
その様子は、もういつもの穏やかな彼であった。
しかしマリサの方は傷の痛みだけではない、心苦しさを表情に滲ませてつぶやいた。
「・・・・・・すみません、放っておいてください」
リオンは耳を疑った。
しかし次の瞬間、甲高い耳障りな声で発せられた言葉からすべてを理解した。
「お前のような冒険者風情が、薬師の真似事なとおこがましい。我々が今から修道院へ連れて行く準備をしているので、何もしなくていい!」
キーンが少し離れたところから使用人達の陰に隠れてリオンへと喚いたので、リオンは反射的に立ち上がってキーンへ詰め寄ろうとしたが隣に来たサーシャに目で止められ、気を取り直してマリサの側に再び膝を着いた。
「リオン、私に必要な指示をして。マリサ、私が応急手当をします。文句はないわよね?」
サーシャはマリサとキーンそれぞれを怒りに満ちた目で睨み、有無を言わさず手当を始めた。
実のところお嬢様育ちのサーシャには、マリサがリオンの手当を断った理由についてほとんど理解できていない。
だからこそ何故その様なバカなことをするのかと怒っていた。
キーンについては先程からのリオンに対する繰り返しの暴言で大変頭に来ていたが、今は優先すべき大切なことがあり一先ず目をつぶることにした。
サーシャから無言の叱責を受けたマリサも、彼女なりに苦しい立場であった。
キーンからリオンに必要以上に関わらないよう厳命されていたが、サーシャの侍女である以上一緒に過ごす時間も当然多くなり、彼の優しい為人を否が応でも分かっている。
しかしキーンが目の前に居たために彼の手当の申し出を断るしかなかったのはとても心苦しく、またそれ以上に足の痛みが激しくてサーシャが無理矢理にでも治療を始めてくれたのが本当に有難かった。
そしてサーシャの意図を理解したリオンは、てきぱきと手当の方法を指示する。
「サーシャ、まず、この腫れている部分を、この薬草で拭いて」
「分かったわ。マリサ、少し傷に触れるので痛いかもしれないけど我慢してちょうだい」
渚亭の厨房で包丁を使って指を切った時に何度かお世話になったことがある薬草を彼女は受け取り、マリサに断りながら躊躇なく患部を拭き上げた。
「―――っつ、大・・・・・・丈夫ですっ、サーシャ様」
「次は、この鎮痛効果のある薬草を患部に当てて、包帯で二回程軽く巻いて」
「ええ」
「そして、この添え木を足首の両側に、さっき巻いた包帯の上から当てて、これも包帯で巻いて固定する。そこ、傷に当たらないように少し慎重にね」
「・・・・・・っくっ、うっ」
「ごめんね、マリサ、私では慣れていなくて」
「―――いえ、私の方こそ、サーシャ様のお手を、申し、訳ございっませんっ・・・・・・くっ」
その場にいた全員がサーシャの手当を固唾を呑んで見守っており、マリサの苦しそうな嗚咽だけが止めどなく聞こえている。
リオンはマリサが痛がり続ける様子に心当たりがあった。
真っ直ぐな添え木を当てている所に骨折した患部が掛かっていると思われた。
つまり本来あるべき位置から骨がズレているのだ。
しかしサーシャは不慣れなためそのことに気づいていないし、そこまで求めるのは今の彼女には荷が重い。
リオンは少し方法を考えてからサーシャの後ろへ回り、彼女の小さな両手に自分の両手をかぶせた。
「リオン!? 何?」
唐突な彼の行動にさすがのサーシャも声を出して驚く。
「添え木を押さえる力が足りないみたいだから少しの間だけ補助をするよ。マリサさん、勘違いしないで欲しい。あなたの手当をしているのはサーシャであって、僕は手当を少しでも早く終わらせるお手伝いをするだけだから。でもサーシャほど丁寧にできないかもしれないから、先に謝っておくね」
リオンはそれだけ言ってから骨を正しい位置にするためにサーシャの掌越しに添え木と左足首を一瞬だけ強く握り、折れた骨を真っ直ぐ押し込んだ。
「くっううっ―――!!!」
マリサは声にならない苦悶の悲鳴を上げ、目に涙を滲ませ息を切らしている。
しかし不思議なことに、それ以降、添え木を包帯で巻かれても彼女が痛みを訴えることはなかった。
いつも拙作をお読み頂き本当にありがとうございます。
暫くは主人公モードで楽しく進めそうです(笑)
伝わってますでしょうか?
それでは本日もよろしくお願いいたします。




