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第5話 -月夜の渚亭-

281017 改訂しました。

 さて、これからどうしようか。

 いつもならばこのまま宿へ帰って簡素な夕食を摂るのだが、今日は想定外の実入りがあった。

 少し嫌な汗も掻いたけれど、嬉しいものはやはり嬉しい。

 それに月夜の渚亭依頼の香草を採って来ているので、口の中が期待してとっくに潤い始めている。

 あそこの香草料理はとても評判が良く、閉店前に売り切れになることがしばしばだ。

 町は夜の帳が降りて夕食時を迎えており、多くの人達が店の料理に舌鼓を打ち胃袋を満足させているだろう。

 今回は本当に運が良かったことも考えれば、この欲求には素直に身を委ねるべきである。

 リオンは何だかんだ理由をつけると、残った二本のコリアンダーなどの荷物を常宿へ急いで置きに帰った。

 彼が寝泊まりしている風待ち亭は、セダンに数軒ある宿屋でも比較的安い宿泊料を売りにしており、一階は食堂、二階は宿泊部屋が六部屋ある。

 一般客も泊まれるのだが、冒険者ギルドと特約を結んでいることから冒険者はさらに安い宿泊料で泊まれるため、利用者はほぼ冒険者であった。

 彼が宿へ入ると、一階の食堂にはこの辺りでは見かけない風貌の男が三名食事を摂っていた。

 二階の部屋へ行くために男達の横を通り過ぎながら少しだけ様子を伺う。

 二名が長剣、一名が少し刃の反っている短剣を装備している。

 剣士というほどしっかりした感じはなく、何となく荒んでいる印象を受けた。


 リオンはカウンター奥の階段へ向かいながら、調理場で動き回っている宿の主人のナダルへ一声掛けた。

 しかしナダルも夕食の準備に忙しかったらしく、返事が一声返って来ただけであった。

 このような対応も珍しくなかったので、リオンは気にすることなく静かに階段を上がり、部屋へ荷物を置いてすぐに月夜の渚亭へと向かう。

 冒険者ギルドの前を通り過ぎて、二区画歩いた四辻の角に明るい窓が並んでいる一階建ての建物が月夜の渚亭である。

 この店の香草採取クエストを行った冒険者の多くは、その日の夕食に不思議とここへ足を向けてしまう。

 料理が美味いだけでなく、クエストで支払った報酬を夕食代で取り返すという大変な商売上手でもあった。

 それもそのはずで、この店を経営しているのはセダンの町の名代であることよりも商人であることにこそ誇りを感じている、グレン=ダイクその人なのだ。

 そしてご多分に漏れず、たった今リオンも店の扉をゆっくりと開けた。


 二十席程度の店内は、非常に混雑をしていて相変わらずの繁盛振りがうかがえる。

 酒を飲みながら大声で笑っている者、家族で楽しそうに食事をしている者など、とても賑やかな中、彼は奥のカウンターに一つだけ空いていた席を見つけて腰を下ろした。

「リオン、いらっしゃい」

 カウンター越しの調理場から、彼に気付いた店の料理人マルロが声を掛けてきた。

「こんばんは、マルロさん。今日もお客さんがいっぱいですね」

「リオンのお陰だよ。香草、取って来てくれたんだろ? さっきアリサが息を切らして持って来てくらた時に嬉しそうに話してくれたよ」

 どうやら宿へ帰っている間に彼女は香草を急いで届けに来たらしい。

 まったくなんて良い人なのだろう。

 この次に会ったらしっかりお礼を言おう。

 リオンは彼女の心遣いに感謝した。

「そうだったんですね。でも僕の方こそ今日のクエストは良い思いをさせてもらったのでありがたかったです」

「そうなのか? で、いつものでいいかい?」

「はい、お願いします」

「あいよ」

 マルロが受けた注文の料理を始める。

 いつ見ても手際が良く感心してしまう。

 器用に二つの鍋を扱い、一つには香草を入れてウサギ肉を焼き、もう一つは野菜を入れて煮込む。

 頃合いを見計らって入れられる味付けの塩や辛味付の木の実が、リオンの嗅覚を刺激し益々見入ってしまう。

 そんな彼に店内で料理の配膳をしていた年の頃十三、四歳の女の子が声を掛けてきた。


「今日もウサギ肉とトマトのコリアンダー炒めを頼んで下さったのですか? いつもありがとうございます」

「こんばんは、サーシャ。今日も忙しそうだね」

「お陰様でありがとうございます」

 彼女の名前はサーシャ=ダイク。

 今日は明るい金色の髪をポニーテールにまとめ、服の上から白いエプロンを被っている。

 優しい菫色の瞳に人好きのする笑顔で客の注文を取りながら配膳をして、さほど広くない店内を忙しく行き来する働き者の看板娘である。

 この店は町の名代であるグレンが経営をしているため客層も比較的良く、彼の娘であるサーシャのような若い女の子でも安心して働けるのだ。

「ではごゆっくりどうぞ」

 彼女が別の客から呼ばれてリオンの席を去ったすぐ後のことである。

 左隣の席から、カラン、ゴンッ、パリーンと料理を食べるだけでは起きないであろう音が聞こえたと思ったら、急に左足が冷たくなるのを彼は感じた。

 机に置いてある水差しが倒れ、零れた水が掛かっていたのだ。

 原因は―――料理の皿へ果敢にも顔から挑んでいる金色の髪をした若い女性にあった。

 その異様な光景にかなり気後れをしながらも、彼は努めて冷静に声を掛ける。

「―――食べ方をどうこう言うつもりはありませんが、息苦しくないですか?」

「・・・・・・」

「―――では話題を変えますが、水が零れて僕の足に掛かっているのですが、何か僕が気に障ることでもしましたか? それともあなたの種族では、初対面の挨拶に相手の足へ水を掛ける習慣があるとか?」

「・・・・・・」

 食事だけでなく礼儀などの作法は場所によって様々なので、決めつけるのは良くない。

 また、見ず知らず間柄で水を掛けることは人間の社会ではありえないが、種族が違えばありえるかもしれない。

 一見したところ人にしては耳が尖っているので、多分、彼女はエルフ族だろう。

 そのため慎重に言葉を選び、確認をしたものの返事はなかった。

 きっと彼女は人間としゃべることさえ嫌なのだろう。

 さすがプライドが高いと言われているだけはある、などと被害妄想に近い考えを彼が抱いていると、女性は皿に顔を突っ込んだまま椅子から滑り落ち、豪快に床へ料理をぶちまけた。

 やはり気を失っていたのか。

 彼は当然の感想を抱く。

 女性が顔を皿に突っ込んで食事をするという余りにも大胆すぎる光景は、なかなかお目に掛かれるものではないからだ。

 そして食器の割れる音に気付いたサーシャが直ぐに駆け寄って来た。


「リオンさん、お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫だけど、この人は大丈夫じゃないかな?」

「申し訳ありませんが、この方を店の奥へ運んでいただけますか?」

「それはいいけど、修道院のほうが良くないかな?」

 治療が必要かもしれない可能性を考えて彼は提案をした。

「そうですね、でも大丈夫だと思います。マルロさんがおっしゃるには、あの料理に使われているサンショウの実には神経麻痺効果があって、人によっては軽い昏迷状態になるらしいです」

「・・・・・・そんな料理を出してて大丈夫なの?」

「ええ、結構根強い人気を誇っていますよ。どうもその感覚が病みつきになるらしいです」

「はあ」

 色々な嗜好の人がいるものである。

「私も舌や口の中が痺れて楽しそうなお客様をしばしばお見掛けしますから。ただ、気を失われた方を見たのは初めてですが」

 彼女は困惑しながらも床に落ちて割れた皿や料理をテキパキと片づけ、周囲の客に謝りながら店の奥へと入って行った。

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