第50話 -淑女モード-
「サーシャ様でしたか。この様なところで話し込んでおられましたので、てっきり侍女の誰かかと思い、大変失礼致しました」
「キーンさん、ちょうど良かった。あなたに用があります」
「私に? この様な所まで御足労頂かなくても、御用がおありでしたらお呼び下さればすぐにお伺いするのですが・・・・・・。ああ、セダンではムケシュしかおりませんでしたので、下々の者―――と同様に御自身ですべてをやられる癖が付いてしまったのですね。ローテンベルグでは、その様なお振舞いはご不要です」
一瞬、キーンがリオンに目を遣った。
「ご忠告ありがとうございます。ところでキーンさんが管理されている部屋の鍵を貸して頂けますか?」
「サーシャ様、出過ぎた真似とは存じておりますが、一言だけ苦言を申し上げます。あなた様は傍系とは言え、ローテンベルグ家の血を引いておられます。私のことはキーンで結構です。もちろん敬語も不要です」
「分かりました。では、キーン、図書室と宿直室の鍵を貸しなさい」
サーシャは、言葉遣いや態度を、いきなり高圧的なものへと変えた。
「はい、待機室の金庫に置いております。只今取って参りますので、サーシャ様はお部屋へお戻り下さい」
「いいえ、ここで待つわ。部屋に戻るのは時間の無駄よ」
「承知致しました。では、直ぐに取って参ります」
キーンは、サーシャに丁重にお辞儀をして待機室へと戻った。
「サーシャ、いきなり言葉遣いが変わったからびっくりしたよ」
リオンは、今までに見たことがないサーシャに戸惑った。
「あー緊張したわ。ちょっとお母様のマネをしてみたのだけど、似てた?」
「いや、もう、そっくり。さすが母娘って、何、演技?」
「当たり前でしょ。ああでもしないと、ここで無駄な時間がどんどん過ぎていくじゃない。さっきここに来る時にマリサから言われていたから、キーンさんなら多分こんなことになるんじゃないかと思っていたの」
「そうだったんだ。でもびっくりしたよ」
「ふふ、そう?」
悪戯っぽく微笑むサーシャにリオンは胸を撫で下ろした。
「でも、使用人、特にキーンさんの様な方に対しては、先程の態度が正解と思われます」
「マリサ、どう言う意味?」
「サーシャ様は、セダンではグレン様のお店をお手伝いされていた時に、お客様には敬語で接されていましたよね?」
「ええ、もちろんよ」
「お客様は―――人に寄るでしょうけれど、丁寧な人もいれば命令口調の人もおられましたよね?」
「ええ」
「でも、その命令口調にいちいち怒ったりはしませんよね?」
「そうね、それも含めて仕事だもの」
「私達使用人も同じです。サーシャ様が、丁寧に仰られようが命令口調だろうが気にはしておりません。ところで、注文から支払から、全てのことに敬語で話されるお客様がおられたら、どう思われますか?」
「私なら逆に申し訳なく感じてしまうわね。そんなに気を遣わなくてもって」
「最初はその様であると思われます。しかし、それが続くと、サーシャ様は違うと仰るかもしれませんが、一般的には、申し訳なさも感じなくなって、その様な態度を取る人を逆に軽んずる様になり、それは他の人間にも伝播しがちなのです。そのことをローテンベルグ家に置き換えてお考え頂けると、お分かりになられるかと・・・・・・私もまた苦言になってしまいました。出過ぎたことを、大変申し訳ございません」
「いえ、いいのよ、教えてくれてありがとう―――ってこれはいいのよね?」
「はい。但し、使用人がやるのが当然のことに対しては、お礼を仰る必要はございません。使用人が、主を思って必要以上のことをしたと感じられましたら、お礼を仰って下さい」
「分かったわ・・・・・・」
サーシャは、マリサの言葉に少し寂しそうにしている。
こちらでは、比較的年も近いので、気が許せる話し相手になって貰えそうだと考えていたところに、それは立場上、難しいと思い知らされたからだ。
話が終わるのを待っていたかのように、タイミング良く待機室の扉が開き、キーンが出て来た。
「サーシャ様、お待たせ致しました。こちらの金色の鍵が図書室の鍵です。こちらの錆びた鍵が宿直室の鍵です。ああ、いけません! マリサ!!」
鍵を取ろうとしたサーシャを制し、キーンはマリサを呼んだ。
「お前は、まったく気が利かない侍女だ。こんな汚い鍵をサーシャ様に持たせる気かっ」
「あっ、申し訳ございません!」
「私に謝るのではない。サーシャ様にだ」
「サーシャ様、気が付くことが遅くなり申し訳ございませんでした」
「いいのですよ、マリサ。私が鍵を見たくて取ろうとしたのですから。キーンも私が至らぬところを良く気付いてくれました」
サーシャは完全にミゼルモードだった。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
まったく話が動かず我慢しております(苦笑)
あと少し我慢です。
本日もよろしくお願いいたします。




