第40話 -名代と護衛の若者 その1-
古くからローテンベルグで商店を営むダイク家だが、代々の主に事業拡大の野心に満ちた者はおらず、住民相手に小物を売ったり、宿や食堂へ卸しを細々と営んでいた。
現在の主であるグレンも、その例に漏れず、年老いた両親と店子三名を雇い、小さいながらも和気藹々と店を切り盛りしていた。
ある日、ミュルツ王国の南方にあるマルナーダ港からやって来たウィーゼル・カーチスという商人が、内陸地のローテンベルグではあまり見掛けることがない隣国ルグレシアス公国の物資を、海上から川を遡上して運ぶようになり、急速に力を伸ばしてきた。
のんびりと商売をしていたダイク家は、徐々に屋台骨が傾き始め、三人いた店子に次々と暇を出す羽目に陥った。
そして今は、グレンと年老いた両親の三人で、古くからの取引先とだけ細々と商売をしている。
グレンの父ナイジェルは、生来ののんびり者で、商売に浮き沈み必ずあるのだから、細かいことは気にせず、自分のできる範囲で仕事をして日々を間違いなく暮らすことが肝要だ、と常々グレンを諭していたが、若いグレンには、とても納得できるものではなかった。
そんなダイク家に、大きな商機が訪れた。
グレンがここ二年ほどを費やし、様々な伝手をたどって、ローテンベルグ家との商談にこぎ着けたのだ。
ローテンベルグ家の現当主レイモンド=フォン=ローテンベルグの長男であるワルターが、婚姻後に開く私的な会食で供される物資の調達先の一つに選ばれたのだ。
貴族の催事は、彼らの贅沢な楽しみや権謀術数の場というだけでなく、領内の経済を活性化させるためにも行われる。
会食であれば、食材をはじめとする様々な物資や人が大きく動き、資金が落とされる。
婚姻という慶事に続く催しなので、ローテンベルグ家も大判振る舞いで領内に金を落とし、そのおこぼれがグレンにも回ってきたのである。
そんなダイク家の幸運とは逆に、カーチス商会では悲劇が起こった。
ダイク家より遥かに商売上手であったカーチス商会は、ワルターの婚姻に関係する取引を多々獲得していたが、その中に海産物の調達があった。
ワルターの嫁となったラケルの実家は海に近かったので、彼女が海の物による饗応を強く希望したため、海上からの物資運搬に定評のあるカーチス商会に白羽の矢が立ったのである。
カーチス商会も細心の注意を払って運搬を行った。
しかしながら季節は初夏で、海の物のうち、特に牡蠣は傷んでしまい、なんとか食材として場に提供はできたものの、誰も手を付けようとはしなかった。
このことは、カーチス商会の評判を大きく下げた。
更にタイミングの悪いことに、カーチス商会の物資調達元であったルグレシアス公国が、領内で発生した火竜の眷族討伐のために非常時緊急統制を行ったため、物資の調達もままならなくなり、カーチス商会は発展した倍以上の速さで凋落をした。
ウィーゼルは港町出身の陽気な男であったため、上り調子の時には大いに力を発揮してカーチス商会を存分に発展させたが、下り調子にはめっぽう弱く、日に日に酒へと逃げるようになり、終には商会を潰して姿を隠してしまった。
そしてウィーゼルには、ザインと言う名の息子がいた。
ザインは、父親と違って寡黙な少年であった。
幼い頃よりウィーゼルの手伝いで、重い荷物を担いでルグレシアス公国とマルナーダ港の間を頻繁に行き来しており、彼の体は同年代の子供より遥かに発達していた。
また、荷物を運ぶ時には護衛の冒険者を雇うことがよくあり、彼は自由に色々な場所へ行ける冒険者に対して、いつしか強い憧れを持つようになっていた。
結局、彼が十八の時にウィーゼルが身を隠し、商会は借金だけを残して無くなった。
その当時のザインの借金を、返済不要と言って肩代わりをしたのがグレンである。
グレンには、カーチス商会の国内流通経路だけでも手に入れることができれば、将来的に十分取り戻せる目算があり、単に善意で肩代わりをしたのではなかったが、ザインにしてみれば大変な恩人であった。
またその時、グレンはザインにこう言った。
君さえ良ければ、私の元で働いてみないか、と。
ザインは、マルナーダ港でも顔が知られている。
今後の商売にはとても役に立つ。
それに、あの陽気な彼の父親が廃れていくのを寡黙に支えていた。
もう一人、ザインと一緒になってウィーゼルを手伝っていた青年がいたが、商会が無くなった時に、有無を言わさずザインが縁を切っている。
その青年は、自分にも責任の一端があるから共に背負わせて欲しいと申し出たらしいが、ザインは決してそれを許さなかった。
彼の他人への気遣いと責任感の強さを知り、本当に見どころがあると思った。
だからこそ彼の意思で来て欲しかった。
しかし、自由を得たザインはグレンの申し出を断り冒険者となり、クエストで方々へ出かけるようになる。
水を得た魚のように危険なクエストをこなし、あっという間にDクラスにまでなった。
また、返済不要と言ったにも拘わらず、クエストをこなす毎にグレンへ何がしかのものを渡しに来るザインの生真面目さに、グレンは益々好意を持った。
このザインの行動は、グレンにこそ原因があった。
借金を形にザインを働かせるのではなく彼の意思を尊重してくれたことが、幼い頃より有無を言わさず働かされていた彼の心に深く印象に残り、何か役に立ちたいと思った結果であった。
いつも拙作をお読み頂きまして本当にありがとうございます。
入れるべきエピソードが多すぎて、迷いに迷って書いておりますので纏まりがありません(苦笑)。
大変申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。




