第39話 -月見亭での遭遇-
ヴォルトとの手合せで汗を大量に掻いたので、部屋へ帰って着替えながら改めて左手の錘を見ると、中に入れている薬草類が落ちそうな程、表面の革が裂けていた。
今までは、レギオンが折に触れ手入れをしてくれていたので、リオンは汚れを拭く以外何もしたことがない。
だから、これが珍しい金属で作られていたことも衛兵達の話で初めて知ったところだ。
先程の折れた刃の一撃で、表面の革は無残にも裂けているが、ただの鉄だと思っていた金属は、表面の黒っぽい汚れが少し剥がれたところから、綺麗な銀白色が見えている。
わざと汚く見える様に、汚れが刷り付けられているようだった。
これはひょっとしてかなり貴重な物なのではないか。
自分のような未熟者が、身に着けていてよいのか。
今度セダンへ帰ったら、必ず確認しなければならないとリオンは心に決めた。
今まではまったく意識していなかったが、かなり貴重な物との印象が強くなったので、修復をしてもらえる場所を探そうと考えたが、この町にどのような店があり、どこで修復してもらえるかよくわからない。
そうなると思いつくのはヒューのことだ。
大した用もなく度々行くのも気が引けるのだが、頼りになる人間は、彼しか思いつかない。
また、修復にはお金も必要だろう。
そう考えると、ヒューが資金援助をしてくれていたことが、改めてありがたく感じる。
お礼を言いがてら、聞きに行くかと考えたリオンは、部屋を出た。
通用門では、非番のヴォルトは当然おらず、衛兵長の姿もなかった。
しかし先程の話がもう伝わっているようで、まったく知らない衛兵達から声を掛けられて、適当にお茶を濁して通過した。
色々あったが、訓練参加で衛兵達と多少は仲良くなれたのだろうと思う。
ヒューの商会へ行く道すがら、大通り沿いにある道具屋を覗いてみたが、装飾品のような革しかなく落胆をしたが、衛兵の一人がフルプレートアーマーっぽいと言ったことを思い出し、防具屋を捜すことにした。
しかし町のどこに行けばいいのか分からないことに変わりはなく、防具屋となるとヒューよりはギルドのほうが正解と考え、ギルドへ向かうことにした。
ギルドのある一角に着く頃には、昼過ぎになっており、朝から体を動かしたことで空腹感を感じた彼は、水際の月見亭へ行くことにした。
昨日行った時に、カミラが言っていたグレンの話を、運が良ければ聞けるのではとリオンが思いながら店へ入ると、なんと本人がいたのだ。
「グレン様!?」
「おや、リオンじゃないか? どうしてここに?」
「あら、いらっしゃい。渚亭のことは知っていたみたいだけど、グレン様ともお知り合いだったの?」
「はい、いつも良くして頂いています。しかし、なぜここに?」
「まいったね、見つかってしまったか。このことはサーシャには内緒だよ。屋敷に滞在する時間を短くするために、ここで待っているのだから」
「お二人様、ご注文をお聞きしてよろしいでしょうか? グレン様はいつものでよかったですね。そちらのお客様は?」
「リオン、ここの昼食は一種類しかないからそれで良かったかい? 今日は魚介のシチューだけど食べられるかな?」
「はい、それはまたおいしそうです」
「じゃあ、カミラ、二つ頼むよ」
「はい、ありがとうございます」
カミラは長い銀色の髪を揺らし、厨房へと戻って行った。
「何から話せばいいのかな? もちろん話せることと話せないことがあるよ」
「では、わざわざお屋敷での滞在を避けて、ここにいらっしゃるご用件は教えて頂けますか?」
「それはあまり詳しくは言えないね。そうそう、さっきも言ったけど、私がこの町に来ていたことを、サーシャには言わないでもらいたい」
「それは、依頼主としてのご命令と考えればよろしいでしょうか?」
「堅い言い方をすればそうだね」
「分かりました」
「今日は、暴れ馬騒動の詳細調査が終わった報告だよ。結論から言うと、執事のムケシュを殺した盗賊団の所在は残念ながら不明だ。人相書きを作りはしたが、ありがちな姿絵しかできていなかったからね」
「申し訳ありません」
「君が謝ることはないよ」
「いえ、私も彼らを目撃していたのに、大した注意を払っていなかったので、ほとんど覚えていませんでしたから」
「流れ者の冒険者はよくいるから、誰も君を責めはしない。で、次に彼らを手引きした馬丁だが、彼にはかなり厳しい処罰が下ることになるだろう」
町の秩序を大混乱に陥れ、死者や多数の怪我人を出しただけでなく、グレンが重視する交易流通にも打撃を与えたのだから無理はない。
「そして我が家のザインだが、彼もお咎めなしとはいかないだろう」
「・・・・・・ザインさんは、何もしていないと思うのですが」
「そうだ。彼は馬丁から話を聞き出す時に多少手荒なことをしたが、それ以外、責められる筋合いではない」
「じゃあ、なぜ?」
「それは言えない。色々とあるのだよ、リオン」
納得はできないが、名代であるグレンが決めたことなので、何も言えなかった。
「この話について、今はこれが精一杯だ」
「無理にお聞きしてすみませんでした。では、この店がグレン様のお店で、ローテンベルグ家との関係の発端と伺っていますが、よろしければ教えていただけますか?」
「そうか、カミラに聞いたのだね。長い話になるから、昼食を食べながらにしようか」
グレンは、少し遠い目をしながら話を始めた。
いつもお読み頂きまして本当にありがとうございます。
今日は動きました(笑)
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