第3話 -冒険者ギルド-
281010 改訂しました。
今日も運良く無事にクエストを終えられそうだ。
クルス神に感謝しよう。
などと言っても彼はクルス教をあまり理解していない。
クルス神とはこの世界を救うために顕在化した公平を尊ぶ神で、その使徒が教会の司教や司祭、修道院の神父であるという程度である。
彼にとっては育ての親レギオンこそが神にも等しい存在であり、レギオンが信仰するから彼も信仰しているだけであった。
このようにかなり罰当たりな彼はこれからの予定に頭を悩ませる。
今から町へ帰ると間違いなく夜になる。
オークとの戦闘でかなり汚れてしまい、とても気持ちが悪いので早く宿で着替えたい。
しかし香草は新鮮なうちに冒険者ギルドへ届けなければクエストが失敗になってしまう。
それにオークの耳を持ち続けているのもあまり気持ちの良いものではない。
さてどうしようか。
色々と考えた末に、彼は先ず冒険者ギルドへ顔を出すことにした。
彼が住むセダンの町は、ミュルツ王国の北に位置するハドルの森の外れを街道沿いに東へ行ったところにあった。
セダンを過ぎてそのまま街道を東南へ進むとローテンベルグへ至り、更に南下をすると王都イズミルへ辿り着く。
ローテンベルグはセダンの何倍も大きな町で、セダンを任されている名代グレン=ダイクの義理の兄、ワルター=フォン=ローテンベルグ伯が治めている。
セダンの町も含めこの辺り一帯はローテンベルグ伯領に属していた。
グレンは、ローテンベルグ伯家へ商いの出入りをしていた時に、人柄とそろばん勘定が認められてワルターの妹ミゼルと結婚をしてセダンの名代になった。
ただし、今でも仕事は商いの方を優先させている筋金入りの商人だ。
彼がセダンの名代となってから整えられた街道を、リオンはひたすら歩いて日も暮れる頃にようやくセダンの入口へ帰り着いた。
外から見る町は、冒険者ギルドや宿がある大通りに橙色の明かりが灯って、夜の顔へと移ろい行くところである。
王都イズミルやローテンベルグであれば城壁に囲われているが、セダンは田舎町の例に漏れず、リオンの身長くらいの高さの白い木の柵で周囲を囲われているだけである。
それでも街道に面した場所には出入口の門が一か所だけ設けられ、交替で自警団の門番が立っている。
「こんばんは。今日はロペスさんが夜番ですか、ご苦労様です」
「おお、リオン、今帰りか。若いのに遅くまでご苦労だな」
彼は見知った門番のロペスに声を掛けて町へと入ると、真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かった。
通い慣れた建物入口の重い木の扉を開けて中へ入ると、受付嬢のアリサがいつもどおりカウンターから身を乗り出して上目遣いの笑顔で迎えてくれる。
「お帰りなさい、リオンさん。ハドルの森の香草取りにしては少し遅めですね。もぉ、心配しましたよぉ」
意識的なのかそうでないのかは分からないが、カウンターに手をついて小柄な体を前かがみに乗り出し、少し首をかしげながら彼を見上げている。
ちょうど両腕に胸が挟まれており、十七歳になったばかりでまだまだ女性経験のない彼には大層刺激が強かった。
ムニュって音がしそうとか、意外と大きいなとか、男の子らしい感想を抱きながらも恥ずかしさで直視することができない。
彼はクエストが張り出されている掲示板の方へわざとらしく目を遣り、見たいけど見れない心の葛藤を誤魔化すように鼻の頭をかきながら返事をした。
「―――ただいま帰りました、アリサさん。実は香草だけでなくオークを五匹倒してきました」
アリサは小柄だが、歳はリオンより二つ上なので自然と敬語になる。
レギオンから目上の人とは敬語で話すものであると教えられているからだ。
「もお、そんな他人行儀な言い方はやめてくださいよぉ。お友達に話すように接して欲しいって、いつも言ってますよねぇ」
頬を膨らませてかわいく拗ねる彼女は、リオン達修道院出身の冒険者に大変良くしてくれる気立ての良い娘だ。
そのため礼儀正しく節度を持って接したいと思っているのだが、彼女の方は彼には親しさを優先したいようである。
今日は癖のある赤毛を左側に三つ編みにして、白いリボンでまとめている。
顔には少しそばかすがあるものの、肌は白く茶色い目も大きめで、かわいい顔をしていると冒険者達に評判である。
体型に比して胸が大きいことも特に男の冒険者に好評で、それを意識してかは分からないが今日も胸が強調される小さめの白いワンピースを着ていた。
そんな彼女の抗議はいつものことなので、気にせず彼は話を続ける。
「今日はアリサさんが受付の番ですか。きっとセトは喜んでギルドへ来たでしょう?」
「―――セトさんは今日はいらっしゃってません。そんなことよりクエストの成果をお願いします」
彼がアリサに思いを寄せている友人冒険者の名前を出したところ、彼女は急に事務的な話し方になった。
態度の急変を不思議に感じつつも、クエスト完了の報告以外に彼女と話をすることもなかったので、彼は求められた通り準備をする。
まず背負った袋から根に土をつけたままの香草を引っ張り出し、次に腰の皮袋からオークの耳を取り出して、カウンターの横にある検品台の上へ冒険者を証明するカードと一緒に置いた。
クエストはその内容を記載した依頼票がギルドの掲示板に貼られており、依頼を受けたい冒険者がカードと一緒にそれを受付へ提出する。
ギルドでは。まず完遂が可能かの判断をカードに記された冒険者クラスと依頼内容で行う。
それからカードにはめられたクラスを表す宝石を同色のありふれた石に付け替え、その下に空いた穴へ同色の石をもう一つ入れて冒険者へ返す。
カードの宝石を普通の色付き石に付け替えるのは、クエスト遂行の担保とされている。
同色の石をもう一つ入れるのは、クエスト遂行中であることを表すためである。
冒険者のクラスによって同時に請け負えるクエスト数が定められているからだ。
そしてクエストを完了した時は、その成果と一緒にギルドの受付へカード提出する。
アリサはリオンからカードを受け取り、カウンターの下からクエスト記録帳を取り出して依頼票と検品台を見ながら内容を確認した。
「月夜の渚亭からの依頼されたコリアンダー十本根付ですね。あれ? 十二本ありますよ。二本はどうされますか。依頼主に買い取りを希望されるのであれば、ギルドが交渉しますが仲介料をいただくことになります」
「それは修道院の頭痛薬用なので仲介は必要ありません」
「分かりました。では香草クエスト分の報酬は銅貨五枚です。オークは自由討伐なので、今日の相場では一匹につき銅貨二枚、五匹で十枚になりますが―――」
討伐クエストであれば一匹につき銅貨三、四枚になるが、冒険者ギルドの理念は困った人を助けることであり、困りごとの発生していない自由討伐は通常クエストより相場が安くなるのはしようがないことだ。
しかしアリサが急に黙ってしまった。
オークの左耳ではなく右耳を間違って取ってきてしまったのだろうかと、不安になった彼は恐る恐る声を掛ける。
「アリサさん、どうかしましたか?」