第33話 -水際の月見亭-
20170211 改訂しました。
商会を出て大通りを暫く進むと、宿屋や食堂が並んだ馴染みの雰囲気を持つ区画が見えてきた。
ヒューがすぐわかると言った通り、最初に目に入った緑色の三階建ての建物に、冒険者ギルドと書かれた木製の看板が付いている。
一階の扉の入り口前には、三段ほどの小さな石の階段が付けられており、それを昇り、銅製のベルが付いた扉を押して開けると、ここにも馴染みの少しだけ埃っぽい雑多な人間の匂いのする場所があった。
「いらっしゃい、この辺りでは見かけない顔だね」
入った部屋の右手にあるカウンターから、中年の男性が声を掛けてきた。
建物の作りも大きさこそ違うけれど、セダンの冒険者ギルドと同じ雰囲気に、彼は少し安堵を覚えた。
「セダンの町から来たリオンと言います。この書類をセダンのギルド長カザスさんが、こちらに提出するようにと」
彼は、腰の袋から書類を取り出してカウンターの男へ渡した。
男は書類を見ながら、リオンの風貌を確認する。
「カードも見せてもらえるかな?」
リオンは言われたとおり、カードを渡した。
「間違いないようだね。ちょっと待ってもらえるかな。これから手続きをするから、その間、君が今、行っているクエストで必要な報告方法とかについて説明をしよう。この報告がなければ報酬が受け取れないから、間違えないようにね」
報酬が受け取れない、それは死活問題だ。
彼は真剣に話を聞いた。
大まかに言えば、一週間に一回、所定の様式にその期間に行ったことを書いて、サーシャに確認のサインを貰い、ギルドへ提出する。
そうすれば、ローテンベルグからセダンへギルドを通して送られ、グレンの手元に書類が届き、グレンからは報酬が、ギルドを通して払われるという仕組みになっている。
「僕は、このギルドの受付をやっているネイギーだ。よろしくなリオン」
「こちらこそお願いします」
「手続きは終わったから、何か他に聞きたいことがあれば説明するけど?」
「でしたら一つ教えてください。エルベ商会から僕に指名クエストがそのうち入るのですが、受ける方法はセダンと変わらないということでよかったですか?」
「エルベ商会から指名で? そうなのかい? 方法は変わらないけど・・・・・・まあ、詮索はよそう。人それぞれだ」
「ありがとうございます。では次は報告を持ってきますので、今日はこれで失礼します」
リオンはギルドを後にすると、現実的な問題に対処することにした。
明日以降の食事は、サーシャに鍵を貰って宿直室を見てから考えるとして、ひとまず今日の夕食をどうするか、あと、明日の朝食もだ。
ローテンベルグは大きな町なので、先程の広場の屋台にも色々な食材を売っているし、店も多い。ただ、まだ不慣れな場所なのでよくわからない。
彼は、屋敷へ帰りながら大通りに面した店や、少し路地に入ったりしながら店を探した。
暫くうろついていると、いい匂いが漂ってきたある店に目が行った。
看板には、水際の月見亭と書かれている。
何だか聞いた感じの名前に、行く当てもなかったリオンは入ることにした。
店内は、路地裏にあるため非常にこじんまりとして、小さめのテーブルが三台と三名掛けのカウンターしかなく、せいぜい十五人も入れないと思われた。
夕方もまだ早い時間なので、店内に客の姿はなく、彼はカウンターの真ん中の席に座った。
店の者は夜の仕込みの最中であろうか、彼が入って来たことに気付いておらず、彼もいきなりオーダーを取りに来られても困るので、丁度都合が良かった。
店内に張られたメニューを見ると、ウサギ肉の料理はセダンにある月夜の渚亭と似ているものも多かったが、お値段はこちらのほうがかなり上であった。
また、あちらにはまったくない、海鮮を使ったメニューも多く見られた。
せっかくなので海鮮もののうちから、店員のお薦めを聞いて決めることにした。
「すみません」
彼が控えめに声を掛けると、店の奥から見事な銀髪の若い女性が、焦った様子で出てきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「いえ、大丈夫です。海鮮でお薦めがあれば、教えて貰えますか?」
「今日は、牡蠣かムール貝の玉ねぎソース炒めがお薦めですね。うちの玉ねぎソースは一日かけて炒めた上に、鳥の骨から煮出したスープと特製の天日干しの塩、その他に旨味調味料を入れていますので、他では味わえないって評判ですよ」
「それは美味しそうですね。海鮮はどこから仕入れているのですか?」
「リグリア海からですよ」
「リグリア海?! あんな遠くからですか?」
リグリア海は、ミュルツ王国の南に広がる海で、ローテンベルグから最短の港町マルナーダまで早馬でも二十日は掛かる。
「お店独自の入手ルートです」
銀髪の店員は、唇に人差し指を当て、秘密めいた表情を作って片目をつぶったので、冷たそうな外見とは違い、意外とお茶目な印象を受けた。
「ローテンベルグは大きな町ですね。海のものはあまり食べたことはなく、食べたことがあるのは干物ばかりですから。俄然楽しみになってきました。他にお薦めはありますか?」
「あとは、骨ごと食べられる白身魚を揚げて、酸味のあるソースに浸したものが、今日はお薦めですね」
「じゃあ、牡蠣のやつと、パンを頂けますか」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちください」
すぐに厨房へと戻ろうとする女性店員を呼び止めて、店へ入る前に抱いた疑問をリオンは尋ねた。
「すみません。一つお聞きしていいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「このお店は、ウサギ肉のメニューにトマトソース煮がありますが、コリアンダーを使われますか?」
「お客様、料理にお詳しいのですか? 良くお分かりになられましたね。コリアンダーの使い方は店によって色々ですが、炒めるのにも煮るのにも、当店は使いますよ」
「不躾を承知で伺いますが、この店は、セダンの月夜の渚亭と何か関係がありますか?」
「まあ、お客様、セダンからお越しでしたか。ここもグレン様のお店ですよ」
「・・・・・・」
リオンは、グレンの安易な店名の付け方に思わす言葉に詰まった。
「でも、こちらの方が先ですよ。ご存知ないかもしれませんが、この店の牡蠣料理が、今のグレン様とローテンベルグ家の関係を作ったと言っても、過言ではないのですから」
「いつまでしゃべってるのですか、カミラ。早くオーダーを取って手伝って下さい」
店の奥から、彼女を呼ぶ少し気弱そうな声が聞こえてきた。




