第28話 -セダンの姫-
20170211 改訂しました。
キーンに連れて来られた時は、周囲を見る余裕がなかったので気付かなかったが、使用人用の建物から本館に入ったすぐ左手に、応接室の近くにあった豪華な絨毯敷の階段とはまったく違う、簡素な木の階段があった。
「使用人達はこの階段を使いますので、お間違えのないようにお願いします」
「分かりました」
あの立派な階段は、当主一族や来客しか使えないということは、貴族の屋敷が初めてのリオンでも理解できた。
簡素な階段は本館の一番右端にあり、それを三階まで上がってから、廊下の入り口にある鍵の掛かった木の扉を開けて左手へ進み、二つ目の白い金の装飾が施された両開きの扉の前でマリサが止まった。
「ここがサーシャ様のお部屋です。そして更に二つ向こうのお部屋にミゼル様がいらっしゃいます。この階には許可なく立ち入れませんので、お気を付けください」
リオンは、少し緊張しながら黙って頷いた。
「サーシャ様、失礼します。リオンさんをお連れしました」
「入ってください」
「失礼します」
案内されたサーシャの部屋は、白を基調とした家具が備え付けられ、天蓋付きの寝台といった物語にあるお姫様の部屋ような作りであった。
「リオン、遅くなってごめんさない。色々と準備があったものだから」
声の主を見ると、髪は変わらず頭の後ろで束ねていたが、留め具は簡素な銀細工から大きめの金細工に変わり、服装はセダンでは見たことがない少し胸が開いた薄山吹色の丈の長いドレスを着ていた。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとびっくりしただけだよ」
ドレスが似合っていて、見惚れていたとは言えなかった。
「変なリオン。ところで、あまり時間がないので簡単に説明するわね。申し訳ないのだけれど、リオンは純粋な使用人ではないので、ここの賄いは受けられないの。だから食事は町で取ってもらうか、自分で作ることは可能だけれど、その際は、馬屋の横にある今は使われていない宿直者用の建物で調理をしてもらうことになるの。お母様が掛け合ってくれたのだけれど、使用人の一部から不満があったらしく、私達も帰って来たばかりであまり強くは言えなかったの。ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるサーシャにリオンは大慌てで答えた。
「気にしないでサーシャ。僕は君の近くで力になるためにここにいるのだから。それに最初は町の宿に泊まるつもりだったのだから大丈夫だよ」
「本当に、あのキーンって言う使用人頭がリオンを目の敵にして、憎たらしいったら。あいつはリオンの様に身長も高くないし、見た目も男らしくもないから、きっと妬んでるのよ」
「サ、サーシャ?」
「く、くくく」
サーシャの言葉を聞いたマリサが、我慢できず笑い出してしまった。
「大変失礼しました、サーシャ様。私も、そのお考えが概ね正しいとは思いますが―――」
「でしょ! マリサは話が通じるから助かるわ。仲良くしてね」
「いえ、勿体ないお言葉です。私は侍女ですから仲良くなどとはおっしゃらないでください」
みんなお友達を標榜するサーシャは、見るからにショックを受けたようだった。
「申し訳ございません。というのは、その様なサーシャ様にも原因があると思われます。ローテンベルグ家の血を引かれているにも関わらず、使用人と友達のように振る舞ったりされることが、キーン様は気に入らないのだと思います。しかし、サーシャ様には当然言えるはずもないので、矛先がリオンさんに向かったのではないでしょうか」
「えっ、私のせいなの!?」
キーンに直接聞いていたのでリオンは何も思わなかったが、サーシャは更にショックを受けていた。
「サーシャ、ここにいる時くらいは、『様』をつけた方がいいんじゃないかな?」
「何を言ってるのリオン!?」
彼女は、落ち込みながらも彼を横目で睨んだ。
「え、いや」
彼は、この屋敷に来てからサーシャとの身分の違いを痛いほど思い知らされていた。
「私がローテンベルグ家の人間? お母様はそうよ。でも、私はダイク家の者よ。お友達に様付けで呼ばれることを強要されるくらいなら、私がここを出て行くわ」
「・・・・・・サーシャ、それはだめだよ。皆が困るだけだ」
「そんなこと分かってる。だってリオンが変なこと言うからでしょ!」
サーシャの横で、マリサも大きく頷いている。
キーンの話を持ち出したのはマリサのはずなのに、知らない間に一人悪者にされたリオンは、突然の侍女の裏切りにリオンは呆気にとられた。
しかし変な引け目を感じて、いつもは言わないことを言ってしまったのも事実だった。
「ごめん、サーシャ。僕が悪かった」
「当たり前でしょ。私とリオンはお友達なのだから変な気を使わないで、お願いよ」
いつもと違う優美な雰囲気のサーシャにお願いをされては、もう抗えなかった。
どうせ長く居ても三か月だとリオンは腹を括った。
「サーシャ様、そろそろご準備を」
「もうそんな時間? ごめんねリオン、慌ただしくて。あなたは私の大切なお友達で、付き人でも使用人でもないけれど、通行許可証とかは使用人用のものが正門の守衛室に用意されているから、気を悪くしないで受け取ってちょうだい。それがあれば何時でも外出は可能になるから」
「そんな気を遣った言い方しなくても、大丈夫だよ」
「うん、分かってくれると思ってた。それと、もし今日、宿直室でお料理をするなら、あまり会いたくないでしょうけど、キーンから鍵を受け取ってちょうだい。明日でもいいなら私が何とかするから」
「今日はいいよ。できれば町のギルドに顔を出したいから、外出をするからついでに町で済ませてくるよ」
「その方がいいわ。じゃあ、また明日の朝にマリサを迎えに行かせるから」
「わかった、また明日」
「ではサーシャ様、リオンさんを階段まで送ってきますので、少しお待ちください」
「ええ、お願いね」
「リオンさん、階段の扉は鍵が掛かっていますからお連れします」
「すみません。お願いします」
リオンは見送られて、本館を出ると正門へ向かった。
しかし町に出るのであれば、ギルドとヒューの商会にも顔を出そうと考え、部屋に戻ってカザスから預かった書類と、ヒューの商会の地図を持ち、改めて守衛室へと向かった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
第2章が始まってまだ3話目ですが早くも焦っております。
相変わらず話が進まない。
成長がありませんね(笑)
このままでは終わるまでに何話になるのやら心配になります。
末永くお願いいたします。




