挿話その3 -神父の思い-
20161218 改訂しました。
「どうしてそんな無茶したの!! 下手をしたら反動に耐えられず、逆にあなたが命を落としたかもしれないのよ!」
塞がれた気脈を強引にこじ開けて魔法を発動させるためには、無理矢理にでもかなりの魔力の奔流を叩き入れる。
それで固まって形骸化した気脈が途切れればそれまでの危険すぎる掛けでもある。
更に全身へ魔力が行きわたる間中、想像を絶する痛みや激しい嘔吐を伴い、とても正常に意識を保っていることなどできないはずだ。
「―――ああ、だが仕方なかった。結局、リオンと一緒に救出されるという間抜けな話だったがな」
彼は冗談ぽく自嘲気味に話をするが、リオンのケガに猶予がなく手段を選べなかったのだ。
「まさか―――いつも使ってるの?」
「それこそまさかだよ、クリシュナ。二回だけだ」
「あなた、バカっ?!」
彼女は絶句した。
一度だけでなく二度も自らの命を危うくしていたのだ。
しかし彼が無暗に魔法を使うはずがないことも分かっていた。
「あとの一回は何?」
「・・・・・・リオンが面倒を見ていた女の子が、目を離した隙に大やけどをした時だ」
「本当に―――大切なのね、彼が」
「ああ。だがあいつの気脈を再生するだけの魔力は足りなかった。あいつが魔法を使えないのは俺のせいだ」
「違うっ! だって彼を助けるためにしょうがなかったのでしょう!!」
「そうだ。魔法で治さなければリオンは死んでいただろう。だからと言って俺は自分を許すことはできない! 俺はせめて己の手が届く範囲だけでいいから、どんなことからも必ず守ると決めて、そのために加護を捨てたのにな・・・・・・」
「レジー・・・・・・」
「結局、出来もしない自分勝手な思い込みで加護を捨て、そのツケをリオンに押し付けたようなものだ。まったく酷い話さ」
レギオンの手は白くなるほど握り締められ、悔しげな表情を初めて露わにした。
クリシュナはこの瞬間に理解した。
リオンはレギオンに育ててもらったことをいつも感謝しており、更に瀕死の重傷も治してもらっているのであれば、もしレギオンが真実を話しても必ず笑って許すであろう。
そしてレギオンに気を遣って、一層元気に振る舞うだろう。
そんな彼の性格を知っているからこそ、レギオンは自分を決して許さず、あえて真実を告げず、リオンに余計な苦しみを与えないようにしているのだ。
本当によく似たバカな男達。
全く、見事なまでに真っ直ぐで、自分に厳しく、他人に優しい。
クリシュナはもうすぐ帰るであろう村で待つ大好きな従姉と、二人の話をするのがとても楽しみに感じられた。
「じゃあ、リオンさんの傷を負ったのが右半身ということは、左半身の気脈は潰れていないのね?」
「ああ、少なくともケガはほとんどしていなかった。ただ右がなくなった分の影響は受けているだろう。お前は感じたらしいが、俺は魔力をあいつから感じたことはない」
「あなた、彼の錬丹を見たことがるの?」
「魔力が無いことを恥ずかしく思ったらしく、俺の目の前ではもう全然やらなくなったな」
「彼がスリングショットを撃つところは見た?」
「いや、見たこともない」
「そうよね。ということは、今の冒険者としての彼を詳しくは知らないのね?」
「そうだな。昔、あいつが年上の冒険者と剣でやりあって、攻撃を避けるのが上手かったことは覚えているが、今は、たまに顔を見せに来るくらいだからな。手合せをすれば分かるのだろうが、そうも行かないしな」
「あら、どうして? 下手なクエストよりよっぽど彼のためになると思うけど?」
「リオン一人ならいいさ。しかし、立場上そうも行かない。他の者も相手をし始めたらキリがないだろう?」
「やっぱり、リオンさんは特別なのね」
クリシュナは少し嬉しかった。
「そうだな、責任感かな」
「思ってもいないことは言わないでいいわよ」
「・・・・・・あいつは昔の俺に似ているからな。放って置けないだろう」
「そうそう、素直が一番よ。でも彼の方が、何倍も素直でかわいいと思うわ」
「そうか? 結構、強情だぞあいつは」
「あいつも、ね?」
いつの間にか、二人の間に張り詰めていた空気が無くなっていた。
「私が彼から魔力を感じたのは間違いじゃないかもしれないのね? だって彼、あなたに言われた錬丹とレグミを食べることを今も続けているわよ」
「・・・・・・相変わらず、くそ真面目だな」
「嬉しいくせに。じゃあ私は村へ帰るね。長老なら何か知っているかもしれないから」
「クリシュナ、やっぱりお前・・・・・・」
「まだよ、まだ。だって彼、資格があるとは限らないでしょう? それとも反対する?」
「俺には何も言う権利はないよ」
「じゃあ、レジーがまた受ける?」
「それこそバカな話だ」
「そうでもないと思うけどなあ、エミリア姉は」
「こらクリシュナ! この話はもうおしまいだ、いいな!」
「そうね、あなたのお陰で火竜も今は出て来ないし、加護を与えることを急いではいないからゆっくりと考えるわ。長老達は早くしろって言うけどね。あっ、勘違いしないでね、レジーのこと責めてるわけじゃないから」
彼は苦笑いするしかなかった。
「それじゃあまたね、レジー」
「ああ、気をつけて帰っておいで」
クリシュナが去った診療室で彼はそれまで見せなかった顔をしていた。
彼女の前でこそ表情には出さなかったが、リオンの魔力に気づいたこと、それがよりにもよって加護を与える者であったことに心底驚いていた。
そして今、答えのない迷路へ入り込んでしまった。
加護を授ける者が不要なこの時期に、この広い世界で何故二人は出会ったのか。
普通は決して気づくことのない魔力に、何故彼女だけ気づいたのか。
偶然か、それとも・・・・・・。
彼は、決して畏れはしないが、望みもしない未来を思い描かざるを得なかった。
<始まりの地 セダン編 完>
本当に拙作にお付き合い頂きましてありがとうございました。
お蔭様を持ちまして第1章完結です。
勢いでここまで書き進めてきましたので、まったくダメダメであるとは思われますがお読み頂きまして心より感謝申し上げます。




