第21話 -隊商を率いる男-
20161217 改訂しました。
ゆっくりとした馬足のお陰かリオンの薬によるものか、夕方にはサーシャがすっかり良くなったので、リオンはヒューのところへお礼がてら報告のため隊商の先頭へ向かった。
「ヒューさん、お陰様でサーシャが元気になりました。ありがとうございました」
「そうか、それは良かった。じゃあ明日からは、元に戻しても大丈夫だな」
「はい、ご迷惑お掛けしました」
「サーシャ様が回復したのは、リオン、お前の持っていた薬によるらしいじゃないか。なかなかいい腕を持っているようだな。どこで身に着けたんだ?」
「そんなお世辞はよしてください。僕の育った修道院で、神父様のお教えのとおり薬草を採取して作っているだけですから」
「ほう・・・・・・その神父様は治療師様か、それとも薬師様かい?」
「治療師と薬師とは、何が違うのですか?」
リオンが尋ねると、正確な定義は知らないがそれでも構わないならばと、断りを入れながらヒューは教会内の序列のことや、先ほどの質問について教えてくれた。
教会が行う活動には布教はもちろんのこと、それ以外で最も重要なのが窮民の救済である。
その典型が、ほぼ無償の施療である。
施療は教会外でも広く行われているが、高額な費用を求められることが通例で、庶民は教会で受けることが一般的であった。
施療には大きく分けて魔法で行う治療と、薬で行うものがあり、前者を施す者が治療師、後者が薬師と言われる。
教会における治療師は教会で認定された魔法の技能を持ち、薬師は薬草の知識や薬精製の技能を持つ。
小さな町では、薬師の神父が施療することが普通で、治療師の神父がいることはほとんどない。
それは、薬師が薬草の知識を習得すればある程度の施療が可能となるに対して、治療師は前提として魔法が使えなければならないからである。
「神父様は、治療師でもあり薬師でもあります。ただ治療魔法はあまりお使いにはなりませんので、みんなは薬師と思っているようです」
「ほう、あの小さな町に治療師様がねぇ。治療魔法を使わないのは何か理由があるのかい?」
「・・・・・・ええ、お疲れになるそうです」
リオンにはかなり苦い思い出である。
修道院で育てている女の子の面倒を彼が見ていた時、少しだけ目を離した隙にうっかり大火傷を負い、薬ではとても治せなかった。
そしてレギオンが治療魔法を使うのを初めて目にした。
その後、レギオンの身体は火のように熱くなり、とても一人では立てないほど消耗して、その日から数日間床についてしまったのを今でも覚えている。
リオンは彼自身に魔力がないこと以上に、レギオンがあまり魔法を使えないことを悔しく思っていた。
「そうか・・・・・・大火傷を治す治療魔法を使えるとは、レギオン神父様は相当な使い手だな。リオン、お前はどうなんだ?」
「僕は―――残念ですが、全く使えません」
話がきっとこの流れになるであろうと心の準備ができていたので、リオンは辛い表情を見せることなく答えられた。
「・・・・・・そうか。なるほどよく分かった。だからお前の薬は良く効くのだな。サーシャ様の馬車酔いを見事治した薬は、自分で調合したということで間違いないか?」
「はい、そうです」
「それも神父様からのお教えのものか?」
「少しだけ自己流で工夫をしています。薬の元になる薬草は大体苦味が強いので、甘味のある別の薬草を混ぜて飲み易くしています」
「何っ? そんなことができるのか? 俺も薬の苦味は苦手でな、飲まずに済むのなら飲みたくはないが、病気やケガでは商売も上がったりだし、仕方なく飲んでいる。もし苦味がないなら、いくらでも飲むことができるぞ。リオン、それは一体どんな味だ? 俺にも飲ませてくれ」
リオンがまだ若くして薬に自ら工夫を加えていることを知り、ヒューは驚愕と共にこの若者へ更に興味が湧いてきた。
「ヒューさん、これは病気になった人のためのもので、健康な人が飲むものではありませんよ。今、ヒューさんが飲んでしまって、この後、ローテンベルグに着くまでに隊商の誰かが馬車酔いになった時、薬がなかったら困るでしょう?」
「これは申し訳ない。サーシャ様が半日足らずで回復したことを聞いて、その薬はきっと商売のネタになると考えていたら、更に飲み易いなんてとても見過ごせない付加価値がついてる。そんな薬は聞いたことがなかったのだよ」
かなり年下のリオンに諭されて、ヒューは自分が先走った考えをしていたことを謝罪したが、その口調はかなり興奮気味だった。
「そうですか? 修道院は小さな子達が多いので、飲み易いように僕自身で色々工夫をしているのですが、少し前のクエストでステビアという甘味のある薬草を知ってから修道院内ではそれを使っています」
「ステビアか、聞いたことがないな。レギオン神父様は知っていたのか?」
「はい。ご存じでしたが、本来採れる場所はもっと南の地域なので、この辺りであったことに驚かれておられました」
「お前はどこで手に入れたんだ?」
「それは秘密です」
少し悪戯っぽい表情で答えた。
彼が見つけたのは本当に単なる偶然であった。
香草採取クエストで目当てのものがなかなか見つからず、いつもより深くハドルの森に入ったところ、木々を縫って降り注ぐ陽の光と小さな滝に反射した光が一所に集まる場所が沢沿いにあって周囲より高い湿度と気温になっていた。
その周辺だけは明らかに他とは植生が異なり、色々と観察をしているとアリが多く集っている丸みを帯びた葉を持つ膝丈くらいの植物を見つけた。
リオンは、アリが毒をもたない普通のものであることを確認してから葉を少しだけ齧ってみたところ、草独特の苦みはなくすっきりとした甘味を感じた。
そしてアリに齧られていないものを探してその葉を十枚程採ると、三枚はそのままで、三枚はその場で千切り、残りは携帯しているすり鉢で団子状にしてそれぞれ持ち帰って色々試してみた。
その結果、採取してからすぐに団子状にして、乾燥させたものが最も甘くなることを発見した。
この薬草についてレギオンへ伝えたところ、すぐにステビアという名前と、甘い味以外何も特徴はなく他の薬草に混ぜても影響を及ぼさないことを教えられた。
いつもながらレギオンが知らないことはないのではないかと、その博識にとても驚かされたことを覚えている。
ステビア自体、あまり生命力が強い薬草ではないことや、アリなどの虫が葉を齧るので見た目も悪く、すぐに傷み始めることから一般的に使われず流通もしていない。
しかしリオンは、修道院内用と割り切ってアリに多少齧られていても気にせず苦い薬草と混ぜてみた。
何度かの失敗を経た後、数種類の薬草において適切な配分比率を見つけ出した。
手元の酔い止めもその一つである。




