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第1話 -始まりの時-

20170826 改訂しました。

挿絵(By みてみん)


 森の中で切り株を枕に寝転がるリオンの黒い瞳には真っ青な空が広がっていた。

 先程まで盛大な焚き火をして肉を焼いていたので、周囲には血と肉の焦げる刺激的な匂いが立ち込めている。

 彼は天涯孤独の冒険者だ。

 物心がついた頃にはセダンの町にあるクルス教修道院のレギオン神父に育てられていたが、リオン以外にも修道院には多くの子供達がいた。

 国を挙げての戦いこそ無いものの、人智の及ばない凶作による飢饉や、魔物、盗賊の凶行などがその原因である。

 子供達の中には冒険者となった者もかなりいたので、幼い頃のリオンは彼らが来るのをいつも楽しみにしていた。

 今となっては大した冒険ではないスライムやオーク退治の話を、当時は胸をワクワクさせて何度もせがんで聞いていたものである。

 このような純粋かつ素直な心を持つ少年であったが故に冒険者になると決めたのも不思議ではなかった。

 またレギオン神父に育てられた恩返しを、修道院へやってくる彼の先輩冒険者のようにしたかったのだ。

 そして彼が十歳になってレギオンの許可が出ると、先輩冒険者から待ちに待った剣技や魔法の稽古をつけてもらえるようになった。

 しかし希望に満ちたリオンの前途に暗雲が垂れ込める。

 彼は魔法が使えなかった。


 訓練を始めた頃は、魔力を発動させるための精神集中の方法、胸部から腹部で魔力を錬る『錬丹』の不慣れで魔法が発動しないと思われていた。

 だが同時期に訓練を始めた仲間達が次々に初級の魔法を使えるようになっても、リオンだけはいつまで経っても魔法が発動することはなかった。

 あまつさえ錬丹をしていると、しばしば体の左側に激痛が走るようになった。

 それでも激しく体を動かした後の筋肉痛と同じだと思い込み、痛みが引いては錬丹を繰り返したが結局は魔法の発動どころか魔力を錬ることさえできなかった。

 魔法が使えないと冒険者になれないというわけではない。

 彼と一緒に訓練を始めた友人のセトは、元から落ち着きのない性格で精神集中を苦手としていた。

 そのため魔法を使うと疲れ切ってその後の剣の扱いが疎かになるなるので、魔法の訓練は止めてしまった。

 結果的にリオンやセトは、剣などの体を使う訓練を中心に行うようになった。

 剣の訓練と言ったところで師匠となるのは先輩冒険者達であり、その彼らも専門的に学んだわけではない。

 リオンらと同じように修道院の先輩からの指導や実戦で鍛えた剣技であり、とても単純で力任せだった。

 当然のことながら体力的に劣る幼いリオンらではまったく歯が立たず、手合せでは勝てたためしがなかった。

 そのせいでリオンは自分が剣技に優れていると感じたことはただの一度もなく、今でもそう思っている。


 先輩冒険者達が来ない日は、レギオンから言われた修道院での作業を終えてから、痛みに耐えて錬丹を行い厳しい体力強化の鍛錬に励んだ。

 たまにはセト達冒険者を目指す仲間と木剣で手合せをしたりもした。

 しかしながら彼が重きを置いていたのは、魔法が使えない不利を補うための体力強化であった。

 大きく重い錘を両手足に着けて、先輩冒険者から譲り受けた錆びて重い鉄剣を雨の日も雪の日も手のまめが潰れるまで振り続けることと、足腰が立たなくなるまで近くの山や川を走ることであった。

 そうして一年が過ぎた頃、彼は徐々にではあるが、先輩冒険者達の剣の攻撃を避けられるようになり始める。

 実のところ、彼は稽古を始めた当初から不思議と先輩冒険者達の動きが見えていた。

 しかしながらまだ体ができておらず、思ったとおりに反応もできなかったため攻撃を避けられなかったのだ。

 その後手合せを繰り返すうちに、動きが見えるだけでなく次の攻撃が予想できるようにもなっていった。

 繰り返される日々の血の滲む鍛錬と彼の強い思いは着実に力へと姿を変え、三年が経つ頃には経験の浅い先輩冒険者の剣の攻撃だけであれば当たることもなくなり、レギオンはリオンが冒険者として修道院を出ることを許した。

 しかしながら駆け出しに過ぎない彼が引き受けられる仕事は少ない。

 近場での野草採取や隣町までの物資輸送、たまに遭遇したスライムやコボルドなどの魔物を倒すという簡単なものばかりである。

 それでも一つ一つ着実にこなすことで充実感はあったのだが、魔法を使えないことはやはり大きな悩みであった。


 魔法は、地水火風のいわゆる創世の力を司る四精霊に己の魔力を提供し、彼等の力を借りることで発動する。

 目的とする効果は、大まかに攻撃、防御、治癒、その他に分類される。

 リオンは、防御とその他の魔法を身近で経験したことがなかったので、使えなくても不便と思わなかった。

 治癒魔法についてはレギオン直伝の薬草技術を究めることで、及ばずながらも代替しようと考えていた。

 しかし先輩冒険者との訓練でいつも痛い目を見ていた攻撃魔法、それも距離をおいての攻撃が可能な魔法だけは何ともできず、彼はいつも間接攻撃魔法に代わる手段を求めていた。

 そして冒険者になって暫くしたある日、隣町への荷物運搬護衛で一緒になった年老いた冒険者から少しだけ悩みを解決する手段を得ることができた。


 その冒険者もリオンと同じ悩みを抱えていた若い頃に、旅の途中に立ち寄った村で大人も子供もスリングショットを使って空を飛ぶ鳥をたやすく射落とす光景を目の当たりにし、すぐさま手に入れた。

 それから数十年、様々な場面で役に立った話を詳しく聞かせ、またその見事な腕前の手ほどきをリオンへと施した。

 老冒険者が驚かされたことは、リオンの恐ろしいほど優れた視力でそれはスリングショットには無二の才能であった。

 めきめきと成長してくれることに喜びを感じた老冒険者は、別れ際に使い込まれた予備のスリングショットをリオンへ譲ると申し出た。

 今までスリングショットを見たことがなかったリオンは恐縮したものの、心底欲しい気持ちはあったのでレギオン直伝の薬草と交換をした。

 それからの彼は、地道に仕事をこなしながら剣とスリングショットの腕を磨き、つい最近になってようやく駆け出しから初級冒険者として認められたところである。


 仕事として冒険者をするのには制約などない。

 広い意味では行商人も冒険者である。

 彼らは危険を冒して各地を回りながら物を売り買いし、時には魔物や山賊と戦うこともある。

 しかし大半の者達は安全に過ごしたいし、面倒事は金を払ってでも他人に任せたい。

 そこでリオン達のような専業としての冒険者が必要とされ、そのための組織、冒険者ギルドも作られている。

 冒険者はギルドへ登録することで仕事、つまりクエストを紹介してもらい、クエストの依頼主はギルドへ手数料を支払う。

 この仲介がギルドの主な収入源となる業務であるが、そのために必要不可欠なものがあった。

 冒険者の適性を正確に把握することである。

 もし受諾したクエストが遂行不能になれば、誰もが損をする望まない結果に繋がる。

 そこでギルドは経験や実績を厳格に評価したクラスの概念を作り、冒険者とクエストの格付けをしていた。

 駆け出し冒険者のGクラスから、いわゆる英雄と呼ばれるAクラスまでである。

 クエストもクラス付けされているため、より多くの報酬を受けられる困難なクエスト受諾には冒険者もクラスを上げる必要があり、それにはギルドで認められる経験を積む必要があった。


 リオンが現在遂行中の香草採取クエストはGクラス用のもので、初級冒険者Fクラスの彼では経験には反映されない。

 これは単に生きるために受けているだけである。

 そうしたクエストも完了して帰るだけの状態で、彼はハドルの森の中で寝転がっていた。

 幼い頃に『用事が済んで修道院へ帰るまでがお使いです』とレギオンに言われた記憶があるが、その言葉からすると彼はお使い途中でさぼっていることになる。

 決してさぼっているのではない、待っているのだ、と彼は言うだろう。

 肉を香草で焼いた刺激臭に釣られて出てくるもの達を。


 日が徐々に傾き森に影を落とし始めようとした頃、耳を澄ましていた彼は待望の物音を聞きつける。

 正面の方から魔物達が発する耳障りなうめき声に併せて、ガチャガチャと金物がぶつかりあう音が近づいて来たのだ。

 敵がオークやコボルドの類で間接攻撃能力を持たない、かつ五匹以下の場合のみ相手をする。

 それ以外なら準備をした罠を作動させている間に逃げる。

 彼は自分の実力と得られる報酬を考えて最初から方針を決めており、姿勢を腹這いに変えると左目を凝らし敵の姿を確認した。

 するとまばらに生えた数本向こうの木々の間から五匹のオークが現れた。

 どうやら今日は本当に運が良いみたいだ。

 彼は準備をしていた罠が無駄にならず、なんとか倒せるであろう最大数のオークをおびき寄せるのに成功したことをクルス神へ感謝した。


 オーク達はリーダーと思しき一際大柄なものを先頭に彼の方へと向かって来る。

 身の丈は平均的な大人より大きめのリオンとほぼ同じくらいだが、横幅は鍛えて身が締まっている彼の倍は軽くありそうだった。

 左手に盾のような四角い板切れ、右手には相当錆びてほとんど手入れがされていないであろう長剣を握っている。

 体には申し訳程度の布きれだけで、鼻を鳴らしながら彼の方へゆっくりと歩いて来る。

 その後ろには先頭のオークより一回りほど小さなオークが四匹続いており、片手に錆びた短剣を持つものと棍棒を持つものがそれぞれ二匹ずつ順番に歩いている。

 すべて近接戦闘用の武器しか装備していないのを確認し、リオンの心に少し余裕が生まれる。

 あれで切られたら逆に痛そうだ。

 そうならないためにも今は考えた作戦を着実に行うだけである。

 彼は、腹這いのままゆっくりと腰のベルトに挟んでいるスリングショットを手に取って地面に挿し込む。

 目の高さに武器の上端を落ち着けると、左胸のポケットに準備している黒曜石の弾のうち、手のひら大のよく磨かれた三角錐の形をしたものを取り出した。

 弾の表面にはまだ幼さが残ってはいるが切り揃えた艶のある漆黒の髪と、それに負けないくらい落ち着いた深く黒い瞳の印象的な彫りの深い整った顔が映っていた。

 彼はそれを弦に番え、鍛えられてたくましい腕で引っ張れるだけ引っ張り撃ち放つ。

 黒曜石の弾はうなりを上げながら木々の間を駆け抜け、先頭の大柄なオークの左肩へ突き刺さった!

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