第16話 -クルス修道院-
20161123 改訂しました。
「クリシュナさん?」
「リオンさん? どうしてここに?」
クリシュナは、ただでさえ大きなエメラルドの瞳を驚きで更に大きくしていた。
しかしながらその瞳が少し潤んでいたことに、リオンは気づかなかった。
「あーリオンにいちゃん、おかえりー」
「それなにー?」
子供達は、花に群がるミツバチのようにクリシュナの周りに集まっていた。
いつも広場にいる子供達がいないわけだ。
エルフの綺麗なお姉さんが珍しくて診療室までついて行ったのだろう。
「おみやげだよ、夜にみんなでお食べ」
「やったー。ありがとうー」
「あー、パンだー。これどうぐやさんの?」
「そうだよ、みんなで仲良く食べるんだよ」
彼は、パンが入った袋を子供達に渡した。
「ここは僕が育った修道院です。クリシュナさんこそどうしてここに?」
「大丈夫だと言ったのですが、明日には出発しますので、念のため診てもらうように隊商の責任者に言われてサーシャさんに教えて頂きました・・・・・・と言うことはレ―――ギオン神父様ともお知り合いでしたか?」
「お知り合いも何も、神父様は僕の育ての親です。いえ、尊敬してやまない師です」
胸を張り誇らしげに話す彼に、彼女は少し嬉しそうに笑う。
そんな彼女を不思議に思いながら、彼は気になることを尋ねた。
「明日出発の隊商ですか? ひょっとしてサーシャが同行する隊商ですか?」
「はい、リオンさんもご一緒ですね。先程、隊商へ名代さんとサーシャさんがいらっしゃって、話をされていました。サーシャさんって、名代さんの御令嬢だったのですね。そのような方が飲食するお店で働かれていて、そちらにも驚かされましたよ」
「そうですよね。本当なら僕も『サーシャ』なんて馴れ馴れしく呼べないはずですけれど、グレン様も気さくに接して下さいますし、彼女がお店を手伝うのも、商人上がりのグレン様の教育方針らしいです。彼女も楽しそうに手伝っているから、やっぱり血を受け継いでいるのかな」
彼らが診療室の前で話をしていると、子供達が彼女に迷惑を掛けていないかを心配して、急いで診療の後始末を終えたレギオンが出て来た。
「リオン、一体どうしたのですかこのような時間に。どこか具合でも悪いのですか?」
「神父様、ご心配お掛けして申し訳ございません」
「そのような堅苦しい言い方はお止めなさい。ここはお前の家なのだから」
「はい、神父様」
「それでどうしたのですか?」
「明日から三月ほどセダンを離れますので、そのご挨拶に伺いました」
「そうですか。お前なら何事も大丈夫とは分かってはいるけれど、体には気を付けるのだよ」
「はい、ありがとうございます」
「三月ですか。カイトがとても寂しがりますね。彼は作業の手伝いで町の外に出ているので、帰って来たら伝えておきますね」
「お願いします。戻って来た時に、彼が喜びそうな土産話をしてあげようと思います」
カイトは今年十四才になる少年である。
茶色の髪と同じ色の瞳がくりくりとよく動く活発な性格で、冒険者になることを目指している。
四年前に彼が高熱を出した時に、リオンが寝る間も惜しんで看病をしてから異常に懐かれている。
三才年下だが、身長はリオンをすでに追い越して、レギオンに迫るくらいに成長し脳みそまで筋肉でできているのではと噂されている逞しい奴だ。
時々、『リオン先輩の眼、マジかっけぇーすっ!!』と訳のわからないことを言いながら、大きな茶色い犬のようにまとわりついて来ることを思い出し、リオンは口元が綻んだ。
「彼もリオンから学ぶことが多いでしょうから、ぜひ教えてあげてください」
何時でも、誰に対してでも変わらぬレギオンの優しい心遣いに、リオンは自然と心が満たされるのを感じる。
「ところで、こちらのお嬢さんとは知り合いでしたか?」
お嬢さんと言われた瞬間、クリシュナは一瞬レギオンを見たが、レギオンは何事もなかったように話を続けた。
「はい。昨日、サーシャを交えて知り合いになりました」
「そうでしたか。さきほど食べ合わせの関係で気を失ったと聞きましたが、お前もその場にいたのですか?」
「はい、私が倒れた彼女を運び、サーシャが適切に原因を把握して介抱をしました」
「それは良くできましたね、リオン。私は、お前を誇りに思いますよ」
「神父様、介抱はサーシャがしたことで私は何もしておりません」
「サーシャ様がされなければ、お前がしていたでしょうから、お前がしたのと同じことです」
それは違うでしょうとも言えずに、リオンは、あきらめ半分ありがたくお褒めの言葉を頂戴した。
「先程、話が少し聞こえていましたけれど、彼女はお前と同行するのですか?」
「はい。ローテンベルグまでですが、一緒に行くことになります」
「そうですか・・・・・・では二日に一回、お前がこれを替えて差し上げなさい。綺麗な顔に傷でも残ったらかわいそうだから」
レギオンは、懐から絆創膏を数枚取り出しリオンに手渡した。
彼は、レギオンが女性の顔の話をすることなど聞いたことがなかったので、珍しいと思いながら受け取ったものを見て驚いた。
この絆創膏は、レギオンが修道院の子供たちのためだけに作っている非常に貴重なものだ。
ヨモギとキダチアロエを練ったものを、数時間ごとに配分を変え、乾かしては塗る作業を三日間繰り返して作る。
大変手間の掛かる作業によって出来上がる、傷の修復と保湿殺菌に非常に効果がある特製の絆創膏である。
「神父様、こんなに頂いてよろしいのですか?」
「持って行くといい。大事な旅仲間に使ってあげなさい」
綺麗な顔と言われ、また大事な旅の仲間と思われているクリシュナは、ふくれっ面でそっぽを向いている。
二人の関係を知らないリオンは、レギオンほどの男性に褒められるたら女性なら普通は嬉しいのではと思っていたのに、そうではなさそうな彼女の反応を不思議に感じる。
レギオンは、そんなリオン達を見て慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
ただクリシュナへの眼差しには、別の誰か見ているかのような遠いものが混じっていた。
「ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」
しっかりと絆創膏を握ったリオンが発した言葉にレギオンは我に返った。
「こちらこそ、いつも子供達へのお土産を頂いて本当に助かっていますよ」
「神父様、よしてください。私はここで育てて頂いたのですから、当然のご恩返しです。まだまだ未熟なので、この程度しかお持ちできませんが、もっともっと強くなって、しっかりとご恩返しをさせて頂きます」
彼は、冒険者としてはまだまだ未熟で力不足なのを痛感しており、悔しさとそれを上回る決意を両手に強く握りしめる。
「相変わらず真面目な子ですね。その思いだけで十分です。無理と無茶は決してしないように」
彼の気持ちは、子供の頃から面倒を見ているレギオンには手に取るように分かり、大丈夫とは思っていても諭さずにはいられなかった。
結局はレギオンもリオンのことを余計なまでに心配する生真面目な男であった。
「では用がありますから、私はこれで失礼しますよ。リオン、くれぐれも無茶はしないように。それと、そちらのお嬢さんの顔の絆創膏を替えることも忘れないように。お嬢さんも気を付けるのですよ」
「はい、ありがとうございます。気をつけて行って参ります」
リオンは元気よく返事をする。
クリシュナは、そっぽを向いたまま小さく『行ってきます』とだけ口にした。
二人それぞれの挨拶にレギオンは笑顔で頷き、子供達を連れて建物へと戻った。
「クリシュナさん、本当に大丈夫ですか?」
彼女らしくない様子に彼は声を掛ける。
「・・・・・・まだ本調子ではないみたいです。出発に備えてもう広場へ戻ります。ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」
力ない笑みを浮かべて金色の頭を下げるクリシュナを見送ったリオンも準備のために宿へと戻った。
そしていつものように武器の手入れ、薬草の補充、路銀の確認といった作業を行う。
ローテンベルグへは五日間ほどで行くことができるが、彼は今まで訪れたことはない。
また三月もの間、セダンを離れるのも初めてのことなのでかなり不安は感じるものの、それ以上に未知への期待でその日は珍しく寝付きが遅くなった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
この物語のバックグラウンドを本編ではなく、昨日投稿した挿話で少しだけ明かすという拙作ぶりを遺憾なく発揮し、大変読みにくくて申し訳ありません(笑)
まだまだ初心者ですので、暫くは同じようなことをするかもしれませんが(伏線)笑ってお許しください。