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挿話その1 -神父の過去-

20161123 改訂しました。

 金色の髪をキラキラと陽光に反射させた一人の女性が、町外れのクルス修道院の門をくぐった。

「こんにちは、レギオン神父様はいらっしゃいますか?」

 建物前の広場で賑やかに追いかけっこや砂遊びをしていた小さな子供達は、今まで見たことがない綺麗な容姿に呆気に取られて見惚れてしまった。

「えーと、聞こえにくかったかな?」

 女性は少し心配になり、近くで遊んでいた六、七才くらいの男の子に声を掛けて確認をした。

 すると砂遊びをしていた三、四才くらいの女の子が目を大きくして駆け寄って来た。

「おねえちゃん、きれー! なに、なに、しゅーどーいんにごようなの?」

 女性を見上げながら、ひどく興奮した様子で尋ねる。

「そうなの。あのね、神父様はどこか教えてくれるかな?」

「おれがつれてってあげるよ!」

 最初に話しかけた男の子が女性の手を取って案内しようとしたのを皮切りに、広場にいた子供達が一斉に女性を囲んで建物の方へと連れて行こうとする。

「わたしがごあんないするのーっ」

 先に話しかけて来た女の子も、男の子に負けじと女性の空いている手を取って引っ張って行こうとする。

 他の子達も足や腰にまとわりつき、女性は歩きにくさに困りながらも特に抵抗することなく、木で作られた一階建の建物の中へと連れられて入った。


「しんぷさま―、ごようがあるっておねーちゃんつれてきたよー」

「あっ、サミーずるいぞっ、おれがつれてきたんだぞ」

「ちがうもん、サミーがさきにおはなししたんだもん」

 建物に入ったすぐ左手の一室には扉もなく衝立が入口に置かれており、その向こうから落ち着いた男性の声がした。

「お前たち、喧嘩をせずに仲良くしなさい」

「ほら、サミーのせいでおこられた」

「ちがうもん、アルのせいだもん」

「すみません、まだ幼い子達ですからお許しください」

 そう言いながら、クルス修道院のレギオン神父は衝立の向こうから姿を現した。

 彼は、男性にしては長めの銀色の髪に知的なアイスブルーの瞳をしていた。

 色白で少しだけ頬がこけており、病み上がりかまだ少し病を患っているかのような顔色であったが、そのことは彼の整った目鼻立ちをいささかも損なってはいなかった。

 それどころか翳のある神秘的な雰囲気を醸し出してさえいた。

 身の丈は平均的な男性を遥かに超える長身で引き締まった堂々とした体躯をしており、田舎町の修道院の神父と言うよりは大きな教会の聖騎士、または王都の近衛騎士のほうが適任と思われるくらい誰もが羨む見目麗しい風貌であった。


「―――えっ、レジー!? あなたが―――レギオン神父!?」

 彼を見た瞬間、その女性―――クリシュナは、息が詰まりとっさに口元を手で押さえた。

 そして気付かないうちに、涙があふれてきたので思わず目を背ける。

 今はレギオンと名乗る目の前の男性は、彼女達エルフ族には決して忘れられない者であった。

 クリシュナ―――なのか?

 彼も口には出さないが彼女に劣らず驚いていた。

 しかし周りには子供達が騒いでいたので、冷静な思考を取り戻す彼のほうが早かった。

「エルフのお嬢さん、このような田舎の修道院に何か御用ですか?」

 名前を呼ばれなかったことに少し疑問を感じたが、変わらない優しい声の彼を改めて見ると少し顔に疲れが感じられたが、何より別れた時とは違って本当に穏やかな眼をしていた。

 ―――ここが守るべき人達のいる場所ですか、レジー?

 彼が別れた時に言っていたこと、聞きたかったが聞けなかったことを思い出し、彼女は喉まで出掛かるが、口にできたのは全く別の言葉だった。

「はい、昨日少し食べ合わせが悪かったようで・・・・・・」

 渚亭でのことを彼女が説明し始めると、治療の始まりを理解した子供たちはすぐに診療室から出て行った。


「状況は分かりました。ではこちらに来て座ってください。麻痺のほうは、サーシャ様のお見立てどおりで大丈夫でしょう。後はその鼻の傷の手当ですね」

 レギオンは診療室の入口に立ったまま説明を聞いていたことに気付き、中の椅子へとクリシュナを誘いながら、彼自身も相当動揺していたことを思い知る。

 様々な薬草が入っている棚から少し厚みのある絆創膏を取り出し、彼女の鼻頭に貼ろうとしたところ、少し痛むのか、彼女は目をきつく瞑って口先を尖らせている。

 その愛らしい仕草に彼の緊張は完全に解け、周囲に誰もいないことを確認してから口を開いた。

「クリシュナ、久しぶりだね、もうどのくらいになるのかな。相変わらず元気にしてるようで何よりだ。少し大きくなったかな?」

 先程と違う彼の言葉と態度に、昔を思い出して彼女も緊張が解けた。

「当たり前でしょ、たぶん四十年振りくらいよ。レジーは少し老けたわね」

「当たり前だ、俺は―――普通の人間だからな」

「・・・・・・レジー」

「・・・・・・」

「エミリア姉さんも元気よ、安心して」

「―――そうか。エミリアには悪いことをしたと思っている。元気でいてくれているなら本当によかった・・・・・・」


 かつて、彼にエルフの加護を与え、元々豊富に内包していた魔力(マナ)を更に増大させ使えるようにしたのもエミリアなら、加護を奪い増加させた以上の魔力を削り取り、彼を廃人寸前にまでしたのもエミリアだ。

 そして必死の看病で、彼をなんとか加護を持つ前の状態近くまで体力だけは回復させたのもエミリアであった。

 エミリアこそが誰よりも辛かったことを、レギオンもクリシュナもよく知っていた。

「でもあなたは魔力を・・・・・・」

「それも承知で選んだ結果だ。だから今はこれ以上望むものはない。俺には大事な子供達がいる。彼等を守れる力があれば―――それで十分だ」

 レギオンのアイスブルーの瞳には、優しさとは別に普段は隠されている深い悲しみが今だけは現れていた。

 不意にクリシュナは良く似た瞳をした少年を思い出した。

「―――レジー、今は幸せなのね?」

「ああ、幸せだ」

 彼は瞳の悲しみを消して力強く頷いた。

「そう、よかった」

 彼が加護を失くした時の全てを知っているクリシュナは、心からそう思った。


「ところで、レギオンって何? あなたは、レージオ=ディ=カラブリアに戻ったのでしょう?」

「それは加護を得る前の名前だ。ミュルツ王国の田舎町で神父となった俺に、今はもう存在しないカラブリア家を名乗る必要は何もない。俺はただのレギオンだ」

 かつて強大な力を手に入れ不朽の勲を打ち立てたにもかからわず、自らの意思でそれらを捨て去った男は、新たな名前と共にその思いを彼女に伝えた。

「でも私達にとって、あなたはレジーよ。治療ありがとうね、レジー」

「ああ。気が向いたらいつでもおいで。綺麗なお姉さんは、子供達も大歓迎のようだから」

 レギオンは、診療室に来た時のクリシュナと子供達を思い出し、笑いながら冗談を言った。

「もお、レジー! からかわないで!! そりゃ私はエミリア姉さんにはまだまだ及びませんよーだ」

 彼女は美人との評判が高い従姉と自分を比べて、少し膨れながらかつて密かに憧れていた男性に抗議をする。

「そんなことはない、綺麗になったよ。それと・・・・・・エミリアに、ごめん、そしてありがとうと伝えて欲しい」

 彼は穏やかだが少し寂しげな表情で、もう会うことのない女性への精一杯の思いを伝えた。

「ん、わかった。必ず伝えるね」

 レギオン神父の治療により、鼻だけでなく心の傷も少し癒されたクリシュナは診療室を後にした。

いつも拙作をお読みいただきましてありがとうございます。

とうとう挿話をやってしまいました(笑)

何とかつながるようには頑張ったつもりです。よろしくお願いいたします。

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