第11話 -疑惑-
281020 改訂しました。
「彼女は昨日からこの町に来ているけど、朝まで渚亭に泊まっていたし、朝食も渚亭で僕と一緒に摂っている。サーシャやマルロさんに聞いてもらえばすぐに分かるよ」
「バカな、渚亭は宿屋ではないのだぞ。ますます怪しいではないか!」
「そうだよね、だからサーシャ達に聞いてもらうしかないと思うよ」
「ふむ、サーシャ様は今は無理だがマルロなら聞けるな。よし、リオンもこの女と一緒に渚亭まで同行してもらうぞ」
「そのつもりだよ。じゃあ行こうか、クリシュナさん」
「いえっ、リオンさんは関係ありません。渚亭へはわたくしだけ行けば大丈夫です!」
「俺がリオンも来ることを必要と認めたのだ。お前の考えなど関係ない!」
ペドロが聞く耳も持たず彼女を怒鳴った。
「でもっ!」
「大丈夫ですよ。さっさとクリシュナさんの疑いを晴らしましょう」
行けば分かることのなので、リオンは笑ってクリシュナを促す。
「―――またご迷惑をお掛けしてしまったみたいです。本当にすみません」
ペドロへの勝気な態度とは打って変わり、クリシュナは申し訳なさそうに耳を垂らしていた。
「気にしない気にしない。今回はクリシュナさんのせいじゃないでしょ? さあ行きましょう」
警備隊員に前後を挟まれて大通りを歩き、リオンらは渚亭へと入った。
店の中ではマルロがカウンターに顎肘を突いて、難しい顔で座っていた。
「マルロ、邪魔をするぞ。いきなりだがこの二人が今朝ここへ来ていたか?」
ペドロは、そんなマルロの様子も気にせずリオンらを親指で指差し尋ねた。
「ああ。お嬢様と話をしながら朝食を摂っていたよ」
マルロは少し疲れたような声で答えた。
「間違いはないか? お屋敷の強盗事件に関係があるかもしれないのだぞ。下手な庇い立てをするとお前もただでは済まないぞ?」
「庇うも何も事実を言っているだけだ。私もグレン様にお世話になっている身で嘘など言うわけないだろう。サーシャ様にも聞いてみるといい」
「―――分かった。お前達も疑って悪かったな。もう帰っていいぞ! マルロ、邪魔をしたな」
ペドロ達は、ここにもう用はない言わんばかりに足早で去って行った。
「クリシュナさん、もう大丈夫ですよ」
「ええ、でもサーシャさんのことが・・・・・・」
彼女が言いたいことも分かるので、リオンは相変わらず険しい表情をした渚亭の料理人へ声を掛けた。
「マルロさん、サーシャはお屋敷ですか?」
「騒ぎが起きてすぐに警備隊員がやって来て、屋敷で保護をすると言って連れて行かれたよ」
「じゃあ、落ち着いたら戻って来ますよね」
「それは―――どうだろうな・・・・・・今回の騒ぎはこの町だけの問題ではないから落ち着くのはまだまだ先のことだろう」
「どういうことですか?」
「殺された執事様は形の上ではグレン様へ仕えているが、実際は領主様がお付けになられたローテンベルグ家のお方なのだよ。商人上がりのグレン様が町を治める者として恥を掻かないようにとのご配慮だったのだが、まずいことになったものだ。領主様の家人が、グレン様の不手際で殺されてしまったことになる。 色々取り沙汰されているようだが、サーシャ様にも多少原因があるかもしれないので問題が落ち着いてもすぐには人前へ出られないかもな」
「サーシャにも原因って何ですか!?」
「それはまだ詳しくは分からないが・・・・・・」
マルロは店でサーシャと二人になる時間が多いため色々な話を、時には愚痴を聞くこともあった。
彼女がグレンの護衛に淡い憧れを抱いて、ここ暫くの間、その護衛の剣帯を喜んで身に着けていたことも知っていた。
ほんの四、五日前くらいには、剣帯のことで執事に何か言われたらしく、不満を露わに顔を真っ赤にして怒ってもいた。
二日前には、屋敷の馬丁が町の宿屋で見知らぬ男達と悪酔いをして、執事やサーシャへの文句を喚いていたとの噂もある。
その後、彼は屋敷から姿を消した。
彼女の振舞いが直接の原因ではないとは思うものの、屋敷内に何らかの不和が醸成された結果の凶行であった可能性が高い。
だがこれも推測の域を出ないので、彼女の友人であるだけのリオンに教えることはしなかったのだ。
「じゃあサーシャが店に戻ってきたら、すぐに教えて下さい」
「任せておきな。でもサーシャ様がいなくても店には来てくれよ」
「もちろんです!」
マルロにはこれ以上話をする気がないことを感じ取った二人は渚亭を後にした。
「サーシャさん、大丈夫でしょうか?」
「屋敷で保護されているから大丈夫だとは思うけど・・・・・・」
彼女が置かれている状況がよく分からないので二人はそれ以上会話が続かず、お互い無言のまま広場の前へと戻ったところ、入口に立つカザスがリオンへ手を振り呼び掛けていた。