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序章 かくして平和は戻った
「レジーっ! 早くその核を手放して!!」
「ダメだっ! 俺は、あのような、者達のために、戦ったのではないっ!! せ、せめてこいつを……」
蒼銀の龍の背で、金色の髪を激しく風になびかせる女性の叫びを無視して、息も絶え絶えな銀色の髪の男が左手へ魔力を流し込む。
一瞬、彼の手首から先が赤黒い塊に飲みこまれたかのように、禍々しい輝きを増幅させる。
「ごめんなさい!!」
辛そうに眉をしかめた女性は、男が腰に佩いた剣を素早く抜き放ち、銀色の剣の平で彼の左手を鋭く打ち据えた。
しかし男から一切声は上がらない。
戦いで憔悴しきった体へ鞭打って最後の魔力をたった今使い果たし、気を失ってしまっていた。
「レジー……」
『エミリア、我が森へ帰るぞ』
わずかに苛立ちを感じさせる龍の声を聞きながら、男の体を力なく抱きしめる女性の碧の瞳には大粒の涙が溢れ、赤黒い輝きと銀色の煌めきが地表へ到達する様が、やけにゆっくり映し出される。
その日、ルグレシアス公国の四分の一を灰燼に帰した戦いの幕は閉じ、銀色の髪の英雄は失意のうちに姿を消した。