童話のお姫様
「こんばんわ」
「あっ。シンデレラ、お久しぶりです」
シンデレラが、店員の魔女に案内されて女子会を開いている場所へ行くと、紅茶のカップのソーサーに座った親指姫が手を振った。
先日、シンデレラと親指姫が電話をしていた時に、たまには会っておしゃべりしたいよねという事になり、訳あり姫同士で女子会をする事になったのだ。
先に店に到着していた親指姫に、シンデレラも手を振る。
「親指姫、いばら姫久しぶり。というか、相変わらず親指姫は可愛いね。いっそ、カップに入ったらもっと可愛いと思うぐらいに」
「ありがとうございます。でも紅茶でお風呂に入るのは、主人に止めなさいと言われているんです。カップは狭くて落ち着くのでせめてベッド代わりにしたいのですが、これも駄目と注意されてまして」
ふわふわの金色のくせ毛に大きなリボンを付けた親指姫は、まさに人形のような愛らしさで、首を傾げた。
「お互い大変よね。お金持ちと結婚すると、価値観違って。私もおいしいごはん目当てでパーティーにいたはずなにの王子様に告られたもんだから、こんな生活になるなんて覚悟とかしてなかったし、余計に色々大変だったのよね」
「この天然子ども……。というか、紅茶カップでお風呂に入るのは、止めておきなさい。目玉だけの親父妖怪と間違えられて、陰陽師に退治されるわよ」
「何それ」
「ふふふ。最近流行りのクールジャパンで覚えたのよ。いつまでも、時代遅れと言わせないわ。とりあえず立ち話もなんだから、シンデレラも早く座りなさいよ」
いばら姫に勧められて、シンデレラは椅子に座った。
「そう言えば、私が最後かと思ったけど、まだ全員は集まってなかったんだ。白雪姫と人魚姫は?」
「白雪姫は実家で魔法の勉強しているから少し遅れるみたいよ。人魚姫も旦那と離れられたついでに一度実家に行ってからこっちに来るって言ってたから遅れているみたいね」
「人魚姫のご実家は遠いですものね」
「というか、私的には魔法の勉強の方が初耳で、気になるんだけど」
シンデレラは興味深々と行った様子でいばら姫を見る。
「ああ。wktkね」
「wktkって何ですか?」
「いばら姫。新しい言葉覚えたからって、何でも使えばいいというものじゃないと思うよ?」
「少しぐらい若者ぶったっていいじゃないの。旦那が年下で、周りから色々言われているのも知っているし。うぅぅ。どうせ、魔女の所為でいきおくれたわよ。でも若い子ぶりたいのよ」
「あー。ごめんごめん」
真剣に言い返されて、シンデレラは素直に謝った。彼女自身、金目当てだのなんだのと周りから言われてうんざりしていたのだ。だからきっと、いばら姫も同じだろうと思って。
「それで、魔法の勉強ってどう言う事?」
「kwskお教えしましょう。ズバリ、白雪姫は、王子の気持ちを維持するために、継母に習い事の一環として、魔法を教えてもらっているのよ」
「……えっと。何だか、それって、黒魔術みたいですね」
「確かに今の言い回しだと、まるで王子の気持ちを操るみたいに聞こえるね」
王子の気持ちを維持するという言葉に、親指姫とシンデレラは生ぬるい笑みを浮かべた。そして、白雪姫を思い浮かべて、あの子ならやりかねないなあと2人はチラリと失礼な事を考える。
「ごめんなさい。そういう意味じゃなくて、花嫁修業の一環なの。2人が思った疑惑は、私では否定できないから本人に聞いてとしか言えないけど。元々白雪姫は継母と折り合いがあまりよくなかったみたいなんだけど。ほら、白雪姫ってある意味まっすぐというか、行動派だから、隠し事されているという雰囲気が嫌だったみたいね」
「あー」
「でも実は白雪姫の国では忌避されがちな魔女だから、継母の言動がちょっとおかしかったという事が分かってね。で、仲直りしたついでに弟子入りしたみたいなのよ。魔法? 何それ素敵みたいなノリで」
「相変わらず行動力が半端ないね」
白雪姫のちょっと家出は、森の奥というとんでもない行動力な上、更に森の奥にある小屋に入り込み、そのまま居座ってしまったという強者姫だ。
しかも小屋の住人である7人の小人を掌握し、ボスの様に居座ったというのだからその行動力は並大抵のものではない。巷では絶世の美少女姫だのなんだのと言われているが、一歩間違えれば悪役令嬢になりかねないバイタリティーが彼女にはあった。
「でも魔女といえば、私も魔法使いが突然家にやって来たんだけど、変わり者が多いのかな? 誠実な貴方に素敵な贈り物とか言って、押し売りの様にやって来て、お代はいただきません、これはボランティアですとかなんとか言って、カボチャの馬車とかドレスを用意してくれたのよね。変わり者が多いなら、白雪姫には向いているのかも」
「……良く、そんな怪しい押し売りを貴方も受けたわね」
「受けたというか、最終的に攫われた的な感じだったかな。馬車での移動中、私はこのままコンクリート詰めにされて海の藻屑になるのか、内臓売られるのかなと思ってたし」
「えっ。シンデレラは、そんな危ない橋を渡っていたのですか?!」
仲が良い親指姫も知らなかった内容だったようで、ギョッとした顔をして驚く。
「だって、うち、メイドも雇えないぐらい貧乏だし。とうとう、義母さんも耐えられずにサラ金に手を出してしまったのかと。義母さんと、お姉ちゃんが働いて何とか食べていけれたけれど、本当に何とかだったから。産みのお母さんが、家事マニアだったから、助かったわ。これで私も家事全般駄目だったら、大変な事になっていたと思うの」
「大変だったのですね」
親指姫は、とてもシンデレラを心配している様な表情で手を組み見上げた。
「心配してくれてありがとう、親指姫。でも今は、王子が色々面倒見てくれているから大丈夫だよ」
「身売りじゃなくて、普通にお城に連れていってくれて良かったわね」
「うん。パーティーも素敵で、日頃お肉が全然食べられないから、いっぱい食べれたし。魔法使いは変な人だったけど、感謝しなくちゃ」
いばら姫は、その魔法使いは本当にただの変な人だったのだろうかと思ったが、黙っておこうと、この疑問は胸の奥底にしまった。
なんとなく、裏事情がありそうだが、今幸せなら、あえてほじくり返す必要はないだろうと思って。
「そういえば、いばら姫も魔女の知り合いがいたんですよね」
「私というか私の両親にね。私を嫁に出したくないとか、馬鹿父が言い出したのを真に受けて、15歳になったら眠りにつくとかとんでもない地雷魔法をかけるぐらいだから、私が知っている魔女も変人には違いないけど」
「やっぱり、変わった人が多いのかぁ。後は、誰か魔法使いと知り合いの子っていたっけ?」
「お待たせシマシター」
「あ、噂をすれば」
ひらひらと手を振りながら、水色の髪の少女が3人が座るテーブルの方へやって来た。
タンクトップの服を着ている為、白い肌がどの姫よりもしっかり露出されていたが、しっかりと引き締まった体をしている為、良く似合っている。
「噂してたデスか?」
「知り合いの魔女って変わった人が多いなって、今盛りあっていたのよ。それで他に魔女の知り合いがいる人はいたかしらと話していたら、ちょうど貴方が入ってきたの」
「私の知ってる魔女、イイ人デース。貧な人違いマス」
「貧じゃなく、変ね。それだとチッパイみたいだから」
ムッとしたように人魚姫は意見したが、微妙な言い間違いに、いばら姫がツッコミを入れる。人魚姫は人間ではなく人魚のお姫様であり、また親指姫の様に幼い時に人間に育てられたわけでもないので、どうしても言葉に多少不自由な所があった。
「チッパイってなんデスか?」
「えーっと、シンデレラパス」
「えっ? 私? えっと、親指姫みたいな胸の人かな?」
そう言うと、親指姫が自分の胸を見て人魚姫の胸を見て、ため息をついた。両手を上下に動かしてしょんぼりとする。
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくてっ! えっと親指姫は十分可愛いから」
「大丈夫デス。そういうオッパイ、好きな人イマス」
「いや、人魚姫は慎みを持って――、あーもう。ごめん、私が悪かったわ。それで話を戻すけど、人魚姫の魔女は良い人なのね」
斜め45度にずれていってしまう話を、いばら姫が強制的に戻して、人魚姫に質問し直す。
「そうデス。イイ人デス。私に足くれマシタ」
「……ああ。そっか。人魚姫の足は、本当は尾だっけ」
足くれましたの意味が一瞬分からずきょとんとしてしまったシンデレラだったが、数秒おいて、その事を言っているのだと気が付く。
「後、あまり喋る女嫌われるとか、人間の服装とか、教えてくれマシタ。それに、王子に会いに行った時、一緒について来てくれマシタ。本当にイイ人デス」
「そういえば、えっと、魔女の事怒ってないの?」
ふといばら姫は、人魚姫の知り合いの魔女が起こしてしまったというか、王子が起こしてしまった事を思い出し、遠慮がちに聞く。
「何故、怒るデスか?」
「ほら……その。王子が、魔女に手を出してしまったと聞いたから」
ここまで言ってしまったのだからと、いばら姫はオブラートに包むことなく質問した。あまり聞くのは躊躇われる内容だったが、実のところシンデレラや親指姫も気になっていた事なので、固唾を飲んで見守る。
「怒ってないデス。何故、怒るデスか?」
「えっ? だって、ねぇ」
「はい。やはり私も王子様にはちゃんと自分を見ていて欲しいと思います」
親指姫の正直な言葉に、シンデレラといばら姫はコクコクと頷く。面と向かっては中々恥ずかしくて言えないが、やはり好きな人が他の女性の方を向いているといい気分はしないものだ。
「私のダーリンは、王子デス。王子なら、お妃は沢山、子沢山がイイデス。怒る事何もないデス」
「あっ。もしかして、人魚姫の国って、一夫多妻制?」
「そうデース」
人魚姫は何てことないように答える。
確かに、元々の文化がそういう国なら、王子がやった事に対しても、王子だから仕方がないと思えるだろう。
「あれ? でも、その事をダシにして、ちょくちょく実家に帰ってるんじゃなかったっけ?」
「魔女に教えてもらったデス。そう言うと、帰りやすいと。魔女はイイ人デス」
人魚姫の言葉に、3人は王子可哀想と思った。
しかし、偶然一夫多妻制の人魚姫だったから良かったものの、好きな人とは別の人に手を出したのだから自業自得とも思い、誰もフォローはしなかった。
「人魚姫は魔女といい関係を結べているのね」
「人間関係は難しいですから、羨ましいです」
「あら?親指姫、何か悩み事があるの?」
小さな唇から、溜息がこぼれる。
「はい。実は、王子とつい最近も喧嘩をしてしまって」
「よしよし。可哀想に、うちにおいで」
「こらこら、シンデレラ、止めなさい。何が原因で喧嘩をしてしまったの?」
人差し指で親指姫の頭を撫ぜるシンデレラに苦笑いをしながら、いばら姫は尋ねる。
「実はとても嫉妬深いというか、病的な嫉妬深さで、蝶と仲良くしたり、燕さんとお話するだけで、君は誰にでも色目を使うと言ってくるのです。普通あり得ません。だって、蝶や燕は明らかに私と外見違うじゃないですか」
そう言って、親指姫は顔を覆う。
「親指姫は可愛いからねぇ」
「でも、確か親指姫はカエルやコガネムシやモグラに求婚されたんでしょう? 心配するのも分からなくはないけれど」
「彼らは異常者です。だいたい、コガネムシさんには、外見の事でかなり言われたんですよ。連れさらったのはあっちの方なのに!」
「見た目違う人が好きになる事もありマス。恋に見た目関係ないデス」
異種婚をした人魚姫はそう言う。しかし、親指姫はそれに反論した。
「嘘です。見た目は関係大ありだと思います。美女と野獣のお話だって、最後は野獣がカッコイイ王子になるし、カエルの王子様だって結局カッコイイ王子になるじゃないですか。見た目じゃなくて、中身が大切だっていうなら、最期まで野獣やカエルでいいじゃないですか。見た目は大切です」
「……あー。えっと、カエル王子の話は下心たっぷりで、あまり美談ではないけれどね。まあ、見た目はイイに越した事はないかもしれないわね。でも花の国の王子様の事、見た目で選んだんじゃないでしょう?」
「はい。そうなんですけど……でも、浮気を疑われると悲しくなってしまって」
「可哀想に。いつでも私の家に来ていいわよ」
「はいはい。シンデレラは、そういう事言わないの。ちゃんと伝えてあげれば、花の国の王子も安心すると思うわよ」
この中で一番年上であるいばら姫はそう言って、苦笑した。
「ごめーん、遅れてっ!!」
上手くいばら姫が慰めたところで、バタバタと走りながら、白雪姫がやって来た。その手には箒が握られている。
「白雪姫、お疲れ様。もしかして、箒で飛んできたの?」
「もちろん。だいぶんと上手くなったのよ。あ、人魚姫、隣いい?」
「イイデース」
「あ、お姉さん、すみません!とりあえず、ウーロン下さい。えっと、皆は何か頼んだ?」
「私はまだだから、同じものお願いできる?」
「ワタシ、炭酸がイイデス」
「了解。お姉さん、ウーロンもう一つ。後、メロンソーダ一つで。料理は?」
白雪姫は、てきぱきと近くに居た店員を呼び留めると、注文していく。
「じゃあ、女子会コースをお願いできるかしら?」
「あっ、シンデレラならクーポン持ってきてるんじゃない?」
「もちろん。はいっ」
「流石。じゃあ、お姉さん、これでお願いね」
シンデレラからクーポンを受け取ると、そのまま白雪姫は店員に渡した。たぶんここに居る店員は彼女が姫君でかつ、巷で噂の傾国の美少女だと気が付いたものはいないだろう。
それぐらい普通だ。
むしろ馴染み過ぎている。
「あーもう、疲れたわ」
「改めてお疲れ。魔法の練習してきたんだっけ?」
「そうなのよ。継母に教わってるんだけど。うちの旦那、本当に弱いから、いざという時は私が守ろうと思ってね」
「ちょっ。弱いって」
「だって、小人が背中押したら倒れて私にキスをするなんてファインプレーする男なのよ。よける能力もない上に、小人の力に負けるって、かなり弱いわよ。だから、決めたの。私がこの人を守ろうって。その為の花嫁修業だから仕方ないわ。」
握りこぶしを作って白雪姫は笑う。
一般とかなりずれた花嫁修業。それでもどこまでも逞しい白雪姫に、4人の姫たちは拍手した。
「私、間違ってました。これからは、花の国の王子に心配されないよう、鍛えて、不埒な事をする変態は追い返します!」
さらに親指姫が白雪姫のノリにあてられて、明後日な方向へ決意表明した。
「そうデス。私も王子溺れたら助けマス」
「まあ、いいんじゃないかしら。 確か、クールジャパンでは、お椀で旅して針で戦う小さな人もいたはずだし」
「えっ。親指姫が格闘技始めるなら、私もやってみようかな?」
こうしてお姫様たちがどんどん精神的にも肉体的にも強くなろうとしている事を王子達は知るはずもなく、訳あり姫たちの女子会は思わぬ方向へ始まった。