それぞれの出発
「もう少しくらいいたってよかったのに」
そう言って名残惜しそうにしているのはセイレーンで、その相手はフェルナだ。
ここは雷狼を格納していた城の格納庫だ。
乗員たちはせっせと雷狼に物資を運んだり、雷狼の状態をチェックしたりしている。
そう、フェルナたちは水の国を出発しようとしているのだ。
「予定はちょっとは余裕あるんでしょ?」
「そうだったんだが、ちょっと変更があってな。
土の国-アースガル-に急がないといけなくなってな」
土の国アースガル。
精霊王が治めている国は国の名前の前に自らの属性を付ける。
水の国も実にもアクアミストという名前がついている。
アースガルは主に鍛冶などといった物づくりに特化した国である。
土の国で作られた武器・防具はほかの国で作られたものよりも格段に性能が上と言われている。
「でも、またなんであの国に?」
「装備の調達と、ちょっとした私用でな」
とフェルナはセイレーンの質問に答えた。
装備の調達と言うのは雷狼の乗員の装備が低いためである。
そして私用と言うのは、雷狼のことである。
土の国ならば何か開放の手がかりがつかめるだろうと思ったからだ。
「本当はもうちょっと居たかったんだがな」
「まあ、しょうがないか。
でも、また暇なときは・・・」
「ああ、もちろん来るさ」
そういって二人はどちらからともなく握手をし、笑顔を交わした。
そして数刻後、雷狼は水の国を去ったのだった。
そしてその頃。
場所はエスカルド聖国王宮・聖王の間。
エスカルド聖国の最高権力者である聖王が座する場所だ。
本来ここには聖王しか存在しないはずなのだが、今は他に一人いた。
「はじめまして、聖王様。」
「・・・何者だ、お前」
聖王は玉座に座りながら目の前にいる何者かにそう問うた。
何者かは恭しくお辞儀し、答えた。
「私は教主と呼ばれているものです。
本来なら本名を名乗るべきなのでしょうが、今はまだ名乗ることができませんので」
「名乗ることができない?」
「はい、私の名前には魔法がかかっておりますので」
名前に魔法をかける。
それは魔法に精通している聖王ですら知らない魔法であった。
聖国は魔法を財産とし、軍事力とし、交渉材料とする、魔法によって成り立つ国だ。
その国のトップはその中でも特に魔法に精通したものが君臨している。
なので、王が知らない魔法は国中のものが知らないということ。
そして、おそらく世界中の誰も知らないということだ。
そんな王の心中を察してか、教主は
「知らないのも無理はないでしょう。
この魔法は現代に使われている魔法ではありませんから」
「現代で使われている魔法・・・?」
「はい。まあ説明すると長くなるので省かせていただきますが。」
それよりも、と教主は言葉を続けるのとともに一息で聖王に魔力で作った剣を首に添えた。
「・・・!」
「私は本日、交渉に参りました。ああ、交渉ではありませんね。
一歩的な要求を告げに来ました。」
「要求だと?」
聖王は教主と名乗る男の話を聞く振りをしながら、ばれぬように反撃の魔法を発動しようとした。
だが、その前に教主は
「ああ、妙な気を起こさないほうが良いですよ、早死にしたくなければ」
「くっ・・・」
「さて要求の内容ですが、まずこの国の魔法使いを一時的に私の戦力とさせていただきます。
次に、これよりあなたはここより出ることを禁じます。外に出て変に行動されてもらっても困りますので。
そして最後に」
と教主は剣を持っている手とは逆の手で床をさした。
「聖国の隠し持っている古代兵器、あれを起動してもらいます」
「なっ・・・」
「ああ、拒否権はありませんよ?あと、兵器を知っている理由はまあ企業秘密で」
そういって教主は剣を消し、聖王に背を向けた。
「今日はこれで失礼します。また明日に土産でも持って来ます」
教主はそれだけ言い残し、聖王の間から姿を消した。
聖王は教主の消えた場所をしばらくの間見ていることしかできなかった。
姿を消した教主は街の外に待機させておいた自らの手駒の元に現れた。
教主は手駒を見やり、そしてこう告げた。
「さあ、今より始まるは混沌の時代だ。
皆の者、せいぜい楽しむとしようじゃないか・・・!」
そこに歓声も感動もなかったが、奇妙な団結力は存在した。
それは自らの意志で存在しているのか、それとも何者かの意思によって存在しているのかは分からないが。
これにて水の国編は完結です。
次は土の国編です。
いろいろと新しい物が登場する予定ですので楽しみにしてもらえるとうれしいです。