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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

女性失格

作者: 暁サトル
掲載日:2026/09/14

私は自ら女性を辞めたのではなく、女性を失格していたのです。


突然解雇された「私」が書いた両親への手紙。

「私」が解雇された経緯とは――

お父さん、お母さんへ

拝啓

 お父さん、お母さんへ。

 一月末をもって、会社を退職しました。

 実際は解雇……に近いのですが。

 経緯を説明すると長くなるため、手紙にします。


〈私の女性にまつわる話〉

 退職した経緯を話す前に、先に話しておかなければいけない話があります。

 それは、私の〝女性〟にまつわる話です。


 順を追って説明します。


 まず、幼稚園生の頃、私はおままごとに参加しませんでした。

 「おままごとは女の子のする遊び」と思っていたからです。

 矛盾しているように見えるかもしれませんが、当時の私の中では、何もおかしなことではありませんでした。

 なぜなら、当時の私は「大きくなったら女の子になれる」と思っていたからです。

 つまり、「今の自分は女の子ではない」と思っていたわけです。

 女の子への憧れはありました。

 これは隠していたことですが、タオルケットを胸元に詰めて、胸の大きな女性になったつもりになる遊びをしていました。


 小学生になって、桜ちゃんと出会ったのが、私の「女性になれない」という気持ちの始まりのように思います。

 私が二つ結びをして学校に登校した日、桜ちゃんが私を見てすぐ言いました。

「あのさ、その髪型アタシの。真似すんのやめてくれん?」

 桜ちゃんの隣りにいた子が続けて、

「やば。後ろから見たらマジで見分けがつかんねんけど」

 とクスクス笑いながら言いました。

 確かに、桜ちゃんはいつも二つ結びでした。

 私はそれを知らずに二つ結びをしてしまった。

 だから、きっと私が悪いのだろう。

 私は「ごめん」と答えて、次の日から毎日一つ結びで登校するようになりました。


 また、水色の服を着て学校に登校すると、

「アンタ、今度はアタシの服の色真似してるやろ。その色は私の色やねん。黒い服でも着たら」と言われました。

 桜ちゃんは毎日水色の服を着ているわけでもありませんでした。

 だから、今回は私が悪いとは思いませんでした。

 でも、その頃の私は、怒られること自体が怖かったのです。

 納得はできませんでした。でも、怒られるなら、きっと私が悪い。

 そんな臆病さのようなものが、私を黙って従わせました。

 それから、毎日、桜ちゃんが言った通り黒い服を着るようになりました。

 クローゼットが黒い服ばかりで見分けがつかなかったことは、お母さんも覚えていると思います。


 その頃はまだ、女子グループに属せていました。

 しかし、恋バナが私を追放しました。

 学校行事で泊まった日の夜、布団の上で、順番に好きな男の子を言っていく流れになりました。

 私は焦りました。

 当時の私は、そもそも自分を女の子だと思ってすらなかったので、好きな男の子もいなかったのです。

 でも、女の子たちはみんな好きな男の子がいて、それを口にしていました。

 自分を女の子だとは思っていないけど、大きくなったら女の子になれるはず。自分は女の子にならないといけないんだ。じゃないとこのグループから追放されてしまう。

 そう思った私は、自分の順番に、適当に、席が隣だった鈴木くんを好きな男の子だと言いました。

 すると、後で別の部屋だった桜ちゃんに一人廊下に呼ばれました。

 誰かが話したのでしょう。

「好きな男の子被ってるんやけど。鈴木くんが好きなのは私だけでええねん」

 私は何も言い返せませんでした。

 私の中で、桜ちゃんに怒られることは、もはや、従う以外選択肢がないものという認識になっていました。

 それに、今回は嘘をついた私が悪いとも思いました。

 だからもう、恋愛をしないことにしました。


 髪型、服の色……おしゃれをしてはいけない、恋愛もしてはいけない。

 なのに、どうやって女の子になればいいのか?

 この時、「女性になれない」という気持ちが芽生えました。


 また、小学五年生の時、兄の友人である田積《たづみ》くんに、性器(実際は俗称)を見せろと迫られました。

 当時の私は、その言葉の意味がわからなかったため、「性器(実際は俗称)が何かわからないから帰って調べるね」と言って帰りました。

 そして、ウェブブラウザのついている携帯ゲーム機で検索し、その意味を知りました。

 私が田積くんに関わらなくなったのは、これのせいです。

 そして私は、「女性になるといいことがない」とも思うようになりました。


 中学生になってからは、「おしゃれしない」「恋愛しない」が、学校から認められました。

 OBのお父さんならわかると思いますが、校則が厳しかったのです。

 今まで「桜ちゃんに言われたから」でしかなかったものが、「学業の妨げになるから」という正当性まで持つようになったのです。

 全校朝集では、1列に並んで、メイクどころか眉を整えていないかまでチェックされました。

 そして、恋愛の話を聞くこともなくなりました。


 しかし、恋愛していると勘違いされる事件が何度も起きました。

 一つ目は、小学生の同級生だった他校の女の子・山本ちゃんが、同級生の男の子・前橋くんのことが好きなので、くっつけてほしいと言われたのが事の発端です。

 何度か三人で遊んでいた時は良かったのですが、何度目かの時、前橋くんが遊ぶ約束について聞きに来たのです。

 学校の、別の教室から、わざわざ私の教室に。

 それを見たクラスの女子たちが「彼氏だ!」と騒ぎました。

 違う、と止めても騒ぎは止まらず、しまいには「私の好きな人盗った!」と叫ぶ女子まで現れました。

 恋愛してると勘違いされているのも嫌でしたが、恋愛禁止の環境ですら「私の好きな人盗った!」と言えてしまうのが〝女の子〟なのか、と絶望しました。


 前橋くんとは縁を切りました。

 彼氏勘違い事件の他にも、不快なことがあったからです。

 学校帰りに、私が傘を出そうとしているのに、傘を差し出してきたことがありました。

「傘今出すところやねん」

 そう言っても前橋くんは引きませんでした。

 結局、相合傘をするハメになりました。

 三人で遊んだ時も、帰りに山本ちゃんではなく私を送って帰ると言いました。

 私は山本ちゃん前橋くんをくっつけなければいけなかったので、「いや、山本ちゃんを送ってよ。私の帰り道暗くないし」と言いました。

 それでも前橋くんは私を送りました。

 そして、その帰り道、「ポニーテールの女の子が好き」と言ってきました。

 私のことを言っているのだと、鈍感な私でもわかりました。

 私は恋愛をしない。

 前橋くんのことも好きじゃない。

 しかも、山本ちゃんとくっつけないといけない。

 なのに、前橋くんは私の邪魔ばかりしてきました。

 この時、私は既に、人に好かれることを不快に感じていました。

 普通の女の子なら嬉しいはずなのに、と思いました。


 そんなこともあり、クラスでは馴染めないでいました。

 しかし、部活動ではそうではありませんでした。

 美術部で、特に仲が良かったのは、隣の席の前田さん、逆隣の高宮くんでした。

 前田さんは落ち着いていて、私にとってお姉ちゃんみたいな存在でした。

 高宮くんはいじられキャラで、私が冗談を言うと、前田さんが「こらこら」なんて言う、そんな関係でした。

 ある日、靴ひがほどけていることに気づいた高宮くんが、しゃがんで結んでくれたことがありました。

 私が「下僕やな」と言うと、高宮くんは嬉しそうに笑っていました。

 それを見た前田さんは「こらこら」と笑っていました。


 美術部は安心できる場所だ。そう思っていました。

 しかし、また同じことが起こりました。

 高宮くんと喋っていると、後ろの席の小林さんから「二人、カップルみたい」と言われたのです。

 私は自分の頬が熱くなったことに気づきました。

 でも、恋愛なんてしてはいけない。

 また桜ちゃんに怒られる。

 そう思った私は、咄嗟に机に突っ伏して、落ち込んでいる風を装いました。

 高宮くんは「そんなに俺のこと嫌い……?」と言いました。

 私は申し訳ない気持ちになりました。

 今まで通り友だちでいられたらいいのにと思いましたが、そうはいかず、それ以降、高宮くんとは話さなくなりました。


 高宮くんの話はそれだけでは終わりませんでした。

 三年生になって、前田さんと友だちということで、同じクラスになった松本さんと仲良くなりました。

 三人で掃除しながら話している時、どういう文脈だったかは忘れましたが、松本さんの元彼の話になりました。

 小学生の時付き合っていたけど、今は自然消滅した、とのことで、名前を聞くと、〝高宮くん〟。

 自然消滅の原因を考えざるを得ませんでした。

 私が高宮くんと仲良くしてしまったからなのでは。

 もう私は、人を傷つけることしかできないのかと思いました。

 私は、世の女の子たちの物語のヴィランなのか?

 そう思いました。


 七夕の日、学校で、短冊を書くイベントが開催されました。

 私の願い、それは「勘違いされないこと」。

 なので、「勘違いされませんように」、そう私は書きました。

 しかし、後日、担任の先生に呼び出されました。

 クラスの笹に掛けられた私の短冊を見たようで。

「短冊、見たんやけど。あれは願いじゃないよね。勘違いはされる方が悪いんやで。願うんじゃなくて、勘違いされないように努力しなさい」

 私は否定されたと同時に、肯定もされました。

 桜ちゃんの怒りに従ったのは、間違いじゃなかった。

 確かに、それ以降桜ちゃんに怒られることは無かった。

 それは〝勘違いされないための努力〟だった。

 だから、短冊に願うべきじゃなかった。

 そして、勘違いされる私が悪い。

 私が〝悪者〟。

 つまり、私がヴィランであるということは、先生も認める事実だったのです。


 それから、どうすれば勘違いされなくなるか考えました。

 そして思い出しました。

 「ポニーテールの女の子が好き」。

 お母さんとお父さんが美容師なこともあって、私の髪はよく手入れがされていて、そのサラサラさはよく同級生に褒められていました。

 ああ、これのせいだ。

 そう思いました。

 髪を切れば、私の女としての魅力は無くなる。

 なんなら、男に見えるくらい切れば、女として見られることすらなくなる。

 これが、〝勘違いされないための努力〟。

 夏休みの間に「髪を切ってほしい」とお母さんに何度も説得したのはそういう経緯でした。

 結局、お母さんが折れて髪を切ってくれましたよね。


 実際、作戦はうまくいきました。

 「失恋?」と揶揄われることはありましたが、勘違いされることは卒業までありませんでした。

 しかも、高校に入ると、隣の席の卯月ちゃんが私のことを「ダーリン」と呼ぶようになったり、ナプキンを貸した時には「生理とか無い人だと思ってた」と言われました。

 もちろん、男子に好かれることもありませんでした。

 なので、〝怒られること〟もありませんでした。

 やっと解放された。早くこうしていればよかった、そう思いました。


 でもその安堵はつかの間のことでした。

 高校を卒業して、私が就職と一人暮らしを始めた頃、同級生たちはみんなメイクとネイルを始めました。

 髪を切った安心で、女性らしさを避ける懸念が薄くなった私の中には、〝女性への憧れ〟がうっすら復活していました。 

 メイクとネイルは校則で禁止されていたので、最初は抵抗がありましたが、友人がみんなやっているので、だんだん「自分もやらないといけないのではないか」と焦るようになり、女性への憧れも相まって、挑戦してみました。

 しかし、うまくいきませんでした。

 アイメイクをしようと目を閉じても二重が広がらない、メイクを落とすとアトピー性皮膚炎が悪化して顔中が痛くなる、ネイルをしても、友人の言う「気分上がる」とは思えず、「邪魔だな」としか思えない。

 この件から、だんだん、自分の精神が女性を否定しているのではなく、生まれ持った自分の性質そのものが女性を否定しているのではないかと思うようになりました。


 そう考えると、自分の身体も女性を否定しているように感じるようになりました。

 十八歳になっても私の胸はほとんど膨らまず、一番小さいAAカップのブラジャーすら合いませんでした。

 そして、決定的なことがありました。

 これは両親に明かすのはどうかと思いますが、必要なので言いますが、セルフプレジャー用の道具を買いました。

 ペニスを模したものです。

 言い訳をしておくと、漫画の参考資料に買いました。

 せっかく買ったのだからと、挿れてみようとしました。

 しかし、入りませんでした。

 入らないというか、穴なんて無いように感じました。

 おかしいと思って鏡を置いて確認したところ、小さな穴の周りに分厚い筋のようなものがあり、それが硬くて広がらないようでした。

 インターネットで検索すると「処女膜強靭症」という病名が見つかりました。

 後日、婦人科に行ったところ、今すぐ切除する必要はないが、パートナーができたら切除しなければならないと告げられました。

 それで、疑いは確信に変わりました。

 私は自ら女性を辞めたのではなく、女性を失格していたのです。


〈私が退職することになった経緯〉

 高校卒業後、就職して、私は期待の新人や天才などと呼ばれました。

 それに、職場にはメイクやネイルをしている人がいませんでした。

 一年目は本当に毎日が充実していました。


 しかし、二年目に出向が決まりました。

 相手会社の要望は「女の子が欲しい」だと仲介の先輩に言われました。

 なぜ、こんな女らしくない私が? と思いましたが、先輩の「出向先でいっぱい技術教えてもらいな」という言葉に押されて断れませんでした。

 そして、出向前の面談の時に、年齢を聞かれたので十八歳だと答えたら「未成年はあかんな~」と言われました。

 嫌な予感がして、当日まで食事が喉を通りませんでした。


 出向すると、新しい上司が事務所案内をしてくれました。

 そこで、トイレの場所を紹介された時、こう言われました。

「トイレは、男子トイレでも女子トイレでもどっちでも使っていいから」

 私は最初、私が男っぽいからかそう言ったのかと思いました。

 でも、どっちのトイレを使ってもいいなんてありえるのか?

 これは冗談なのかもしれない。

 でも、配慮してくれてるのかもしれない。

 そう思うと、冗談なのか本当なのかわからなくて不安になりました。


 仕事の説明をしてもらうため、会議室に移動しました。

 すると、遅れて入ってきた上司が、

「暑いからクーラー10℃にしといたで」

 と、また、冗談なのか本当なのかわからないことを言いました。

 流石に10℃は設定できないだろうと思い、冗談だと判断しました。

 しかし、実際、会議室のクーラーはブオーという音を立てて勢いよく稼働していたので、確信は揺らぎました。


 仕事の説明を受けると、その仕事内容が、女性からの目線が必要でないものだとわかりました。

 続けて上司は、自社との関係を説明して、自社と癒着していると自慢げに語りました。

 当時の私は「ユチャク」という言葉を知らなかったため、なんか自社と仲がいいんだな程度に受け取りました。


 家に帰って、スマホで「ユチャク」を調べると、それが批判されるべきものだとわかりました。

 上司はそれを自慢気に語っていました。

 私の嫌な予感はこれのことだったのかと、冷や汗が出ました。

 でも、上司は冗談をよく言う人でした。

 だから、癒着は大げさに言った冗談だろうと思うことにしました。


 自分から「自社に帰ります」と言う勇気の無かった私は、次の日も出勤しました。

 上司は相変わらず今日も、本当みたいな冗談を言っていました。

 それが続くと、癒着が冗談だと信じ続けることがだんだん難しくなっていきました。

 また、新しい職場には派手なメイクやネイルをした女性がたくさんいました。

 女性を失格している私にとっては、それは「あなたにはできないでしょう」と言われている気がしてなりませんでした。

 この職場にいるだけで、自分だけが場違いな気がしました。

 それから、手が汚れている気がして、何度も手を洗うようになりました。

 また、呼吸が苦しくなり、外に出て空気を吸うことが多くなりました。

 すると、職場の先輩に、

「あなた、休憩しすぎ。サボってるでしょ」

 と叱られてしまいました。


 ある日、また上司が本当みたいな冗談を言った後、私がはてなといった顔をしていると、上司が、

「まだまだやな」

 と言いました。

 私はそれを「何かリアクションをしろ」という意図だと汲み取りました。

 なので、次の冗談では「そんなことあるんですか!?」と、びっくりしたようなリアクションを取ってみました。

 しかし、それでも、返ってきたのは、

「まだまだやな」

「もう二週間やねんから、そろそろ慣れてや」

「楽しければ仕事は適当でええねん。ちゃんと楽しい空気作ってや。楽しいがモットーやねん」

 ああ、「女の子が欲しい」「未成年はあかんな~」とは、そういう意味だったのか、と理解しました。

 男が女に求めることで、未成年だとダメなこと。

 〝楽しいこと〟。

 癒着は冗談じゃなくて本当。

 私はようやく、自分が技術を学ぶためにここへ来たのではないことを理解しました。


 それから、田積くんのことを思い出しました。

 女性になるといいことがない。

 だから髪を切ったのに。

 それでもまだされてしまうのか。

 あれを受け入れられないのは、私が女性を失格しているからなのか。

 世の女性はこれを受け入れられるのだと思いました。

 だから、この職場には女性がたくさん居るのだと。


 それから私は朝起きれなくなりました。

 朝、意識が半分覚めて、半分夢の中のままの状態になり、起きれないのです。

 起きたつもりでも、夢の中。

 精神科にかかると「うつ病」と診断されました。

 精神科にかかったのは正解でした。

 診断のおかげで休職することができました。


 しばらく休職して、出向先ではなく自社に戻るなら大丈夫だろうということで復職しました。

 しかし、私が復職した頃には元いた部署は解体されており、別の部署に配属されることになりました。

 幸い、前の部署で上司だった先輩と同じ部署だったので安心かと思いましたが、新しい部署には後輩がたくさんいました。

 後輩の金田さんは派手なネイルをしていました。

 キャラクターが描かれている長いネイルで、見た時はびっくりしました。

 田中くんはなぜか私を下の名前で呼んできました。

 「なんで?」と聞いたら無言を貫かれました。

 阿川さんは喋るたびにクスクスと笑う癖――なのか、愛想笑いなのか――がありました。

 前の私なら、気にしなかったのかもしれません。

 しかし、一度うつ病になってしまった私には、それらすべてが耐え難いものに感じられました。

 さらには、朝礼で格言を読まれるだけで、「自分はできないから死ぬべきだ」と考えるようになりました。

 前の部署に戻りたい。でももう無い。

 そんなことばかり考えるようになってきたら、また朝起きれなくなりました。


 再度休職しましたが、職場にはもう安心できる場所が無いため、復職は先延ばしにされるばかりでした。

 そして、休職中にいきなり「取締役が話をしたいと言っている」と連絡が入りました。

 私は病気の状況を聞かれるのだと思い、「今は合う薬を模索しています」と報告しようと思っていました。

 しかし、面談当日、言われたのは、

「うつは気合が足りないだけ。いますぐ復職するか、退職するか選べ」

 取締役に前者を選んでほしい意図があるのはわかる。

 私も前者を選びたい。

 けど、朝起きれないなら不可能なわけです。

 なので、私は文字通り泣く泣く後者を選びました。

 これが、私が退職することになった経緯です。


〈今後について〉

 退職しても、私は女性にはなれないままです。

 お母さん、孫は見せられないと思います。

 お父さん、バージンロードを歩かせてあげることもできないと思います。

 親不孝な娘でごめんなさい。


 精神科で診断をもらっていたおかげで、傷病手当が貰えます。

 傷病手当の後は失業手当も貰えます。

 それ以降は障害年金を申請しようと思っています。

 お金の心配はしないでください。

 支援は不要ですので、安心してください。


 この手紙を書いて心の整理もつきました。

 今は病院に通って薬物治療とカウンセリングを受けています。

 続けていればいずれ治るはずです。

 うつ病も、女性にも。

敬具


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