来客者
レナータ・ライ「ううっ・・・」
酷くうなされている。悪い夢を見ているようだ。
「そこまでだ。レナータ、どうしてお前は組織を裏切る?命が惜しくないのか?」
男が銃を構え、部下を従えてレナータに決断を迫る。
「たくさんの人を騙し、裏切ってきたのはそっちだろ!」
夢の中のレナータは反論し、男を睨みつけていた。
「なるほど、わかった。よし、連れて行け!」
男は部下にそう命じると振り返って背を向け、歩きはじめた。
「残念だよ、レナータ。もしお前が死んでもお前の脳のデータは既にスキャンしてある。これからお前はAIとして生き続けるんだ。我々のために」
レナータは複数の男に抱えられ、実験室のほうへ連れて行かれる・・・・。
夢の中の映像はそこで消えた。レナータはベッドの上で涙を浮かべていた。
どうやら消えていた記憶の一部が戻ったらしい。
「あの男・・・あの男は、SSBRのケネス・ブルックだ。思い出したわ」
夢の中でケネス・ブルックが言った言葉やどこへ連れて行かれたのかは思い出せなかった。
ただ憎き男の顔と名前だけを思い出すことができた。
人は辛い出来事や苦痛を伴ったとき、一時的に記憶を失うことがあるという。
彼女は昔の記憶をなくしていたが生きるために特別訓練を受けて見事に修了した。
アカウントIDを作り仮想現実の入り口と呼ばれる街『エルディオス』へ行くことができるようになったのだ。そして、ノアが最初に酒場に訪れた日にレナータも初めて酒場に入ったのだった。
その前の記憶・・・・わからない。両親は家とお金を残して他界した。一緒に住んでいた記憶もあるけど、記憶をなくして戻ってきたら一人になっていた・・・。
頭の中の時系列がゴチャゴチャしていてハッキリとしたことは思い出せない。
前にNeon Dustを飲んだとき、次の日のネオグライドの試合では体が異常に軽くなって、まるで自分ではないような動きになっていた。あの感覚は一体なんだったのだろう。
私にはわからないことが多すぎる・・・。
レナータは身を縮めて、ベッドの上で子猫のように丸くなった。
――― SSBR施設 ―――
SSBRのオフィスの奥にケネス・ブルック専用の個室のオフィスがある。
クローゼットを開けてスーツに着替え、鏡でネクタイの締まり具合と髪型をチェックしている。
ディスクの引き出しから香水を取り出して、身体に吹きかけて香りを確かめる。
スーッと息を吸って早くなった呼吸を整えた。
個室のドアがノックされると待ってましたと言わんばかりにドアの前に立って、重要な来客者を迎えるような素振りを見せた。
『ガチャッ』と開いた隙間から見えたのは地味な総務課の女だった。
ブルック専務は残念で呆れた表情を浮かべ「何だ?」と地味な女に訊ねた。
総務課の女リンダを怪訝そうに見つめている。
「あのー、この前、用意しろと言われていた資料ができました。PDFファイルにしてケネス専務のアドレス宛に送りました。ご確認いただけましたか?」
マイペースなリンダが仕事の進捗を伝えると「今はそれどころじゃない!」と表情が一気に強張った。
リンダが続ける
「あとケネス専務に来客です。こちらの方です」と半開だったドアを全開にして客人の姿を見せた。
会議室で盗聴器があることを知らせたゲレーテ・ヘンラインがそこに立っていた。
ケネス・ブルックの強張った表情が和らぎゲレーテ・ヘンラインの目を見つめて「どうぞ中へ」と微笑んだ。ゲレーテ・ヘンラインも微笑みを返し、その上目遣いの眼差しはまるで天使のようだった。
「この前の会合のときは、本当にありがとう。名前はゲレー・・・ヘンラインだったね」
本当は下の名前で呼びたかったが紳士を気取って苗字のほうで呼び直すケネス・ブルックを見かねて彼女は「ゲレーテでいいわ」と返して微笑んだ。
「そうか、ゲレーテ。私はキミに興味があったんだ。なんていうか知的で優秀だということがすぐにわかったからね」
落ち着いた大人の男を演じているがふだん人を褒め慣れていないケネス・ブルックはしどろもどろになりながらも彼女の気を惹こうとしていたのだ。
部下からは冷酷非道と恐れられ、他社の軍事産業メーカーからは「あれほど残忍な兵器開発ができる奴は見たことがない」とまで言わしめたケネス・ブルックがゲレーテ・ヘンラインの美貌に心を奪われ、緊張している。
ブルック専務専用の個室になったオフィスを見て彼女が言う。
「ステキなオフィスね。個室で仕事に集中できていいと思うわ。
私は、この前の会合のときにあなたが説明していた「Angel Descent計画」について会社から詳しく聞いてくるように言われたの。もし時間があればでいいんだけど・・・まぁせっかくだし、どこかへ出かけたりできないかしら?」
まさか彼女のほうから誘ってくるとは思っていなかったケネス・ブルックは心の中で叫んでいた「YES!」と。立場など関係なかった。ラフな彼女の話し方さえも愛おしく感じた。
すぐに外出の準備をしてリンダにチップを渡して耳打ちする。
「専務は重要な役員と商談に出かけたと言っといてくれ、わかったな?」
「ええ、どうぞいってらっしゃいませ」
リンダは受け取ったチップを無造作にポケットに仕舞った。
https://note.com/hiroumimetavarse/n/ne95925728dbb?app_launch=false
画像はnoteに置いています。




