壊れた天秤
「暗い!真っ暗だ。ここはどこだ?」
何も見えない。おぼろげな意識だけがそこにある。
オレは一体、何をしていたのだろうか?
覚えていない。
「目覚めたかい?」
どこからか声が聞こえる。
「誰だ?ここはどこだ?」
どこを見渡しても真っ暗な暗闇の中で人の気配がない。
「じゃあ今から疑似現実を開始するよ」
何かのスイッチが入ったような音がするとフロランは何もない部屋でパイプ椅子に座っていた。
向かいにはラチエ博士が座っている。
フロラン「博士、ここはどこなんだ?オレは一体ここで何をしていたんだ?」
「それは一時的な記憶障害だよ、すぐに戻るさ。疑似現実は現実世界と見分けがつかないんだ。ここでは物理法則も現実世界と変わらない。痛みや感覚も現実世界と同じだ」
フロランはだんだん何があったかを思い出してきた。
たしか月1回の問診のために研究所に訪れてセキュリティモニターに映っている博士と目の前で作業している博士の動きが違ったんだ。
それをオレが博士に質問して疑似現実にいることを博士に暴露された・・・。
その後の記憶がない。
ただ妙に落ち着く。怖さや辛さがない。
ラチエ博士「大丈夫だ、フロラン。キミの体がなくなっても今までと何も変わらないさ。むしろ、私はそっちの世界に行きたいぐらいだよ」
気休めの言葉なのかわからないが博士が落ち着いた声で話す。
「オレはこれから一体どうなるんだ?」
この言葉は心配になって聞いているのではない、生物としての終着点を知りたくていっているのだ。
一旦、戦場で死んだも同然だった身なのだ。死など意識していない。それはフロランにとって寝ているのと同じことなのだ。
ラチエ博士「流石、フロランだ。
不死身の悪魔と呼ばれたお前はこの状況さえも受け入れた。
環境への適応が異常に早い。生き残ったのはお前の力だよ」
その言葉の裏には、黒色のNeon Dustを投与したときに死んでいてもおかしくなかったという意味が含まれている。
ラチエ博士が手元にあるファイルをフロランに手渡した。
「博士、そのファイルはどこから出てきたんだ?
この部屋には何もなかったはずだ。突然、博士がファイルを手に持っているのは現実世界ではあり得ないだろ?」
手渡されたファイルを開きながらフロランが疑似現実の不自然さについて質問する。
ラチエ博士「たしかにそうだ。この世界に存在しているものは物理法則に従っている。しかし、この世界をシミュレートしているソフトに3Dスキャナーを接続して読み込ませれば疑似現実に持って来れるのだよ」
気づけば疑似現実について説明しながら博士は膝の上に美しい白衣を着た女性を乗せていた。
白衣をめくり胸を揉む、スカートをたくり上げて股間を弄った。
「どうだ?羨ましいか?この世界ではお前の望みはなんでも思い通りになる。不可能はない」
白衣を着た女性は手で拒みつつも微笑んでいた。
その様子に気を取られている間に、いつの間にかフロランの隣にも美女が座っていた。
女はフロランからファイルを取り上げて、さっきまでなかったはずのテーブルの上にファイルを置いた。
表紙には『SSBR』のロゴが入った黒い薔薇が描かれている。これは軍人なら誰もが知っている軍事産業メーカーの略称だ。
正式名称は『Strategic Systems & Black Research』である。
表向きの顔は国家戦略レベルの兵器の開発・販売、防衛システム、さらには軍事転用されたAIの技術まで持っている。
大義は国民を守るための国防メーカー。しかし、裏の顔は、非公開の研究開発、違法性の高い兵器の密輸、まだ他にも誰も知らない研究分野があるという噂である。
つまり目の前の資料にはSSBRにとって重要な機密事項が書かれているということになる。
フロラン「ラチエ博士、ファイルはあとで見るよ。しかし、NEXA MILITECHと繋がりがあるあんたが、まさか裏ではSSBRとも繋がってたとはな・・・驚いたぜ!」
博士がその秘密を明かしたのはフロランが初めてだった。
もし両社の軍事産業メーカーと取引があることがバレたら命の保障はどこにもない。
そのことからも博士が今どれだけ切羽詰まっているかがわかる。
ラチエ博士「ファイルの中にはお前に使った黒いNeon Dustの情報が含まれている。
それは疑似現実の話ではない。
現実世界で私が瓶の中に黒いNeon Dustを投入したんだ。Neon Dustの開発の依頼元はNEXA MILITECHだが、そのNeon Dustを使って新たな軍事開発を頼んできたのはSSBRだったというわけだ」
博士はダブルスタンダードだったことを打ち明けた。
博士の膝の上に乗せた女は恍惚な表情を浮かべ、好きな男を見つめる女の目になっていた。
いつでもベッドに入れるぐらい目がとろけ、いつの間にか博士の膝の上で横になっている。しかし、博士の顔はさっきまでとは違い真剣な表情に変わっていた。そして、軍事産業メーカー2社と取引をするようになった経緯を語りはじめるのだった。
ラチエ博士「戦争で使われた自白剤は街で流行りのNeon Dustに変わり、そのNeon Dustに混ざりものを入れることで、それを貪る若者の脳にナノテクノロジーのAIを忍び込ませることができた。
アカウントとパスワードをハックして乗っ取る。お金を奪い、デジタル資産を奪う。
最初は開発費を目当てに安請負していたが私の探求心と興味は尽きることがなく、ここまで来てしまった」
ラチエ博士が軍事産業メーカー2社と秘密裏に取引していたがそのビジネスが大きくなりすぎて隠すことができなくなってしまったようだ。危ういところで均衡を保っていた天秤が壊れ、よもや自分の命さえも危険に晒しているのだった。
https://note.com/hiroumimetavarse/n/nbde21abf57d6?from=notice
画像はnoteに置いています。




