エプロン
三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうろく。
ごう―と、風の吹く音が聞こえる。
かなりの強風なのか、窓が揺れているようにすら感じてしまう。
台風の時期ではないし、そんな予報も出ていないから、単に風が強いだけなのだろうけど。こうも強いと、さすがに外に出る気にもならないな。
「……」
まぁ、今は月の見守る夜であって、もう12月の寒い冬の季節だ。
夜というだけで、冷え込むこの時期に、風の強いこの日この時間に、好んで外に出るやつはそうそう居ないだろう。
私も今日は―というかここ何週間かは、外に出ていない。せっかくブーツも出したのに。
そろそろ出てもいい頃合いな気もするが、何かと理由をつけて外出を断っている。
「……」
気分的にはもう平気な気もするのだが……体が少しいう事を聞かないもので。
それでもそろそろ、いい加減に、散歩に出てみたい気はするが。体がなまるような感覚があるわけではないが、気分転換の手段が少なくなるのは、仕事をする上でよろしくない。
仕事を苦に感じることはそうないのだけど。
「……」
毎日、仕事詰めでは、心身ともによくない……らしい。
先日、久しぶりに寝落ちなんてものをしたから、家の従者に言われたのだ。―仕事をするのはいいし、それが苦ではないなら辞めろとは言わない。ただ詰めすぎて体を壊すことは許さない。―と。まぁ、過保護な従者を持ったものだ。その程度で壊れる体ではないことは分かっているはずなのだが。
「……」
しかし、あまりの剣幕で言われたので、昨日から少し自重している。
仕事の量は調整しようがないのだけど、仕事にかける時間は少し考えている。
ただでさえ、家からでなくなっている間、毎日毎時間仕事をしているようなものなのだ。散歩に行っていた時間を、仕事にあてているから。
「……」
ある程度目途がつけば、少し休憩を挟むようにしている。
ついでにキッチンに行ってみたり、部屋の整理をしてみたり。
それでもいい気分転換にはなっている。
昨日は、いつもの休憩の時間前にキッチンを覗きに行ったのだが……菓子作りの工程を見ていると思わず見惚れてしまい、仕事に戻るのを惜しいと思ってしまった。照れ蚊何か知らないが、早く仕事に戻ったらどうですかと言われたが。仕事をしてほしいのかしてほしくないのか分からないな。
「……」
まぁまぁ、昨日のことはさておき。
今日はだいぶ気分が乗り、その途中の休憩も挟まずに仕事を進めてしまった。三日坊主どころではなかったな……。
おかげでほとんど終わっている。……というかもう、終わってしまった。
今日の仕事はこれだけだったのだが……まぁ、あとからの事は後で考えよう。
「……、」
さて、どうしたものかと思い、時計を見る。
……なんだかんだ、時間はかかっていたらしい。いつもの、休憩の時間になっていたようだ。もうしばらくすれば、キッチンでお菓子作りを終えたアイツが呼びに来る頃だろう。
「……」
噂をすれば。
廊下の奥から、足音が聞こえてくる。
アイツは靴下を履くのを嫌うから、裸足で歩いている。この時期の廊下はかなり冷たいだろうに、何かルームシューズでも履けばいいのにと言ったのだけど、いりませんと断られた。
「……」
しかし、その気配はあまり気にしないふりをして。
机の上を片付けていく。
パソコン画面の中にいくつか開いていたウィンドウを閉じていく。
最後に現れたのは、季節外れの向日葵の写真だった。黄色一面に塗られたその景色は、さぞ壮観だろう。太陽の下に咲く花に会うことはあまりないのだけど。
「……」
後は、パソコンの電源を落とすだけ、というタイミングで。
「ご主人」
いつまでたっても覚えないノックを放置して、何の断りもなく戸を開け、いつもの声で呼びかける小柄な青年の姿があった。
今日は初めて見た、ピアノのアップリケが胸元に張られた黒とグレーのエプロンを着ている。裾の方には、音符が並んでいるようだ。いつも思うが、エプロンの趣味はかなり可愛いんだよな……どこから見つけてきているのだろう。
「……なにか失礼なことを考えてませんか」
「いや、なにも」
かぶりを振りながら大袈裟に、否定する。
「……休憩にしましょう」
「あぁ、」
納得はしていないだろうが。まぁ問い詰める事でもないと思ったのだろう。
お決まりのセリフと共に、先に踵を返してキッチンに戻ってしまった。
さて。
今日の休憩はなんだろうな。
「お前のそのエプロンはどこから仕入れてるんだ?」
「……仕入れてはないですけど、まぁ、色々ですね」
「ふーん……」
「何か気に入らないものでもありましたか」
「いや、ずいぶん可愛いなと」
「……」
お題:ブーツ・ピアノ・向日葵




