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赫姫 -TSおっさんの転生記-  作者: 此方かなめ
1章 冒険者になるまで

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9/20

ギルド職員との面談



「では、改めましてヒメカさん。私は冒険者ギルドの職員、メリナ=リースと申します」


 よく訓練されたお辞儀を見せた女性――メリナは、ヒメカに笑顔を向ける。

 人懐っこい笑顔を浮かべる彼女は、手には紙束を持ち、軍服を思わせる黒を基調にした服を整然と着こなしていた。

 朗らかで柔らかい印象を抱く。

 しかし、それで信じられるほどヒメカの人生経験は浅くはなかった。


「初めまして、ヒメカです」


 軽く会釈をして答えたものの、心の奥ではすでに身構えていた。

 ――冒険者という単語を聞くと少し肩に力が入る。

 ヒメカは警戒しつつも、気になっていた疑問をぶつけた。


「どうしてオレは、こんな立派なところで治療を受けられたんですか?」

「端的に言えば、貴女が〈稀人〉だからです」


 ヒメカの使うオレという言葉にわずかに眉をひそめたが、すぐに笑顔に戻ったメリナは答えた。


(〈稀人〉ってさっきも言っていたな……)


 知らない言葉が頭を悩ます。

 考えても仕方ないと、ヒメカはさらに問う。


「その……〈稀人〉って何ですか?」

「それも含めて、まずは順を追って説明いたします」


 そう言うと、メリナは少し待っていてくださいと、この部屋の奥の方から椅子を持ってきた。

 椅子に座り、目線が同じ高さになる。

 手に持っていた書類に目を落としながら、胸ポケットから筆記用具を取り出す。


「お待たせしました。アルフレッド氏から大まかなことはすでに聞いたと耳にしています。それを踏まえて、貴女の疑問にお答えしましょう」


 にっこりと微笑み、心なしか瞳の奥が怪しく光った気がした。




 メリナの説明によれば、〈稀人〉とはイリガルド周辺に時折現れる【魔織の民】を指すらしい。彼らはギルドが把握していない遠方の隠れ里から転移してくるという。

 彼らが持つ様々な知識や風習、あるいは技術の断片は――この大陸奪還において途方もない価値を有している。

 そのため、〈稀人〉はギルドの保護下に置かれ、身の安全を保障される代わりに情報提供の協力を求められるのだという。

 ――まるで研究対象みたいだな。願ったりかなったりだけど。

 そんな感想が、一瞬頭をかすめた。


「本来であれば、すぐに保護できればよかったのですが、対応が遅れてしまい申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げたメリナ。


「あ、いえ。……助けていただきありがとうございます」


 謝罪を見せるメリナに、慌てたヒメカは治療のお礼を言い、同じように頭を下げる。

 一呼吸おいて――くすくす、と小さな笑い声が聞こえた。

 見ると、メリナはその整った顔を少しゆがめて、思わずといった様子で口に手を当てている。


「ごめんなさい。貴女が素直なもので、つい」


 腹芸が得意ではないヒメカには、こうした場で内面を隠しきることなどできなかった。

 顔に熱が昇ってきて、耳の先がじんわり赤くなる。

 熱を振り払うかのようにヒメカは、姿勢を正してメリナに問いかける。


「たぶん、もう調べてあると思いますが、オレは転移の影響でこれまでの記憶がないんですよ」

「存じておりますよ。その最終確認も兼ねて今この場に私が来ています。……それと今後のことですね」


 書類を見ながらメリナは事務的な口調で答える。


「それでは、確認のためにいくつか質問をさせてください。答えられる範囲で構いません」


 書類の端を整えながら、静かに言葉を続けた。

 ヒメカは小さく息を呑む。


(尋問みたいで怖いな)


 胸の奥で緊張感が走る。


「まず、貴女が思い出せる場所や、出来事を教えてください。断片的でも結構です」

「……」


 内心、冷や汗がだらだら流れている。

 アルフレッドの時もそうだったが、馬鹿正直に日本という異世界を伝えて、狂人認定されても困る。

 かといって全くの記憶喪失というわけでもないから、騙すというのも罪悪感がわいてしまう。

 言い淀み、目が泳ぐ。

 ぽつりと、言葉を溢す。


「……部屋の中にいたような。それで扉を開けたらあそこに……」


 差しさわりのない単語だけを拾い、それっぽく話す。

 静かな部屋にペンの走らせる音が響く。


「その部屋のことについて何か思い出せますか?」

(築四十年のボロアパートの一室です! なんて言えるはずもなく)


 左上に視線を向け、考え込む。


「……いえ、すみません」


 ややあって頭を横に振る。

 メリナの真っ直ぐな瞳がヒメカを貫く。


「ありがとうございます。次の質問なのですが、ヒメカと言う名前は最初から憶えていたのでしょうか?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 ――そこを突いてくるか。


(本名を言おうとして、中途半端に切ってしまったせいでその名前になりました!)


 心の中は馬鹿なことをほざいている。ヒメカは平静を装おうとするが、口元がわずかにニヤける。


「えっと……気が付いたら、そう名乗っていました。あの、しっくりくるような感じがしたので……」


 言葉の最後が尻すぼみになった。自信の無さがよく表れてしまっている。

 一瞬、ペンの音が止まったが、すぐにまた聞こえ出す。


「……なるほど。ご自身がそう感じたということですね?」

「はい」


 視線が交わる。

 嘘も貫き通せば真実となる。

 ヒメカはメリナの感情の読めない目をしっかりと見つめ返した。

 その視線にメリナは緊張をほぐす様にふっ、と笑う。


「……わかりました。以上で確認は終わりです。ご協力感謝します」


 淀みなく流れるように発せられた言葉は、まるで長年この台詞を繰り返してきたようだった。

 尋問のような確認作業が終わり、ヒメカは大きく長い溜息を吐く。


「それと今後について、ギルドの方針としましては、貴女にイリガルドの市民権を発行しようと考えています。これは〈稀人〉全員に保護の一環として与えている物です」


 市民権。

 つまりは、この壁の中の安全な場所に住めるということ。

 仕方がないこととはいえ、ちくりと後ろめたさが胸を刺す。


「あの、厚かましいお願いなんですが、彼らを――アルフレッドさんとクロエをこの街へ入れることはできないのでしょうか?」


 その言葉にメリナは難色を示した。

 難民であるアルフレッドたちをこの都市へ入れる。

 いくらヒメカが〈稀人〉とはいえ、現状そこまでの特別扱いは難しそうだ。


「無理を言って、すみませんでした」

「いえいえ、ギルドという立場からは難しいですが、個人としてなら一つ助言できます。……貴女なら彼らの市民権を手にできるかもしれません」


 堅い雰囲気から一変、メリナは人懐っこい表情を浮かべる。

 方法がある――その一筋の光がヒメカの心を明るくした。


「ここだけの話、ギルドは〈稀人〉の覚えは良くしておきたいものです。――何かしらの成果を上げれば、彼らを推薦できる口実が立ちます」


 顔を近づけたメリナは、声を落として、ヒメカにそう囁く。

 なるほど。

 自分の頑張り次第で、恩返しができそうだ。


(よぉし、いっちょやってやりますか!)


 えいえいおーと心の中でガッツポーズをして、面倒くさそうな書類手続きを進めていった。





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