魔織の民
(おいおい、本当に異世界転生テンプレかよ。……アニメじゃないんだぞ⁉)
ヒメカの内心はとても困惑していた。
そんな馬鹿なことが起きるのか? いやでも実際に起きているしなぁ。
(ん、……耳? あれ? 本当に、長い……ちゃんと血の通った感触がある……)
言われて初めて気が付いた。触ってみると先端が細く、脳内にはエルフ耳かこれ、と浮かぶ。
現実感が揺らぐ。
実は夢落ちでしたという可能性はないんでしょうか!
埃っぽい部屋や、少し傾いた日差しの暖かさ。もりもりと聞こえる咀嚼音。
五感すべてがこれは現実だと訴えてくる。
首筋から背へと冷や汗が伝う。
その様子を見てアルフレッドは慌てて謝った。
「ああ、すまない。君たちはこちらのことなんて知らなくて当然だ」
続けてアルフレッドは諭すように言葉を紡ぐ。
「君も聞いた事があるだろう。千年前、我々人類は魔物に大陸を追われた。……しかし、残ることを選択した者たちが各地に隠れ里をつくり、魔物と共存する技術を発展させた。それが君たち魔織の民だ」
ヒメカは羞恥で身体が赤くなった。
(勘違いしたー! テンプレとか言っちゃって、ごめんなさい!)
でも、なんとなく掴めてきた。
魔物あり、冒険者ありのバリバリ異世界であることと、命の価値はそこまで重くないことが。
アルフレッドの説明は続く。
「ここも、建設当時は魔織の民と衝突があったそうだ。しかし、その後は和解し、技術をお互いに交換しながら、徐々に共存の道を歩んでいったと聞いている」
アルフレッドは咳払いをひとつ。
「話が逸れたな。……君はおそらく遠くの里出身だろう。冒険者によれば、何らかの原因で見知らぬ場所へ転移してしまう者がいるらしい。――一説には精霊のいたずらだと主張する声もある」
語る口が止まらず、ヒメカはやや辟易とした。
ヒメカのじとーとした目に気が付いたアルフレッドは、もう一度咳払いをした。
「純血を見たのは初めてで少々興奮してしまった。面目ないね」
アルフレッドはすこしバツの悪そうに笑ってごまかす。
そういえば、随分静かだなと思った。
ヒメカはちらりとクロエに目をやる。
与えられた干し肉を食べ終えて、内容が難しかったのか、クロエは敷物の上で丸くなって寝ていた。
まるで猫がお昼寝するようで、可愛らしい寝息を立てている。
その姿に和みつつも、ヒメカは今しがた聞いた情報を整理する。
この世界――魔物がシャレにならないレベルで徘徊しており、それを討つ冒険者という職業が成立している。
話しぶりからも、人が住める土地は限られていることが分かった。
さらに、『魔織の民』と呼ばれる特殊な人種が存在しており、自分もその一員に当てはまるようだ。
原理は不明だが、極稀に無作為に異なる場所へ飛ばされる者もいるらしい。
異世界から来たという疑問は残るが、都合がいいので、このままこの設定で押し通す――ヒメカはそう心に決めた。
「そんな……感じですかね。ただ、少し記憶が曖昧で以前のことがよく思い出せないんです」
しおらしく目を伏せつつ、いけしゃあしゃあと言った。
「それもそうだ。……転移の影響だろう。一つ、言っておかなければならないことがある。魔織の民の純血はとても数が少ない。……そのため、悪しき心の持ち主には気を付けるんだよ」
そう言った彼の眼が、ほんの一瞬だけ笑っていなかった気がした。
人身売買の危険性があるってことー⁉
そんな希少種になっていたとは。
衝撃的な事実に身体を震わせていると、アルフレッドはにっこりと人を安心させる笑顔を浮かべる。
「しばらくここに居ると良い。こんなあばら家で申し訳ないが、いろいろと落ち着くまでゆっくり休みなさい」
とても素敵な提案をしてきた。
願ったりかなったりだ――とヒメカは思う。
もし、こんな右も左もわからない状況で放り出されたら、うっかり神様ってやつを呪ってしまうこと間違いなし。
それにしても、見ず知らずの不審人物をここまで受け入れてくれるとは、アルフレッド様、万歳。
また、手を合わせて拝む。
アルフレッドを見ると少し複雑そうな顔をしていた。
「何から何まで、ありがとうございます!」
元気よくごまかそう。
「なに、この子の遊び相手が欲しくてね。よくしてあげてくれ」
アルフレッドのクロエを見る目はとても慈愛に満ちていた。
ふと、祖父を思い出した。
ヒメカが初孫だったこともあり、いつもニコニコとして多少やんちゃしても優しく許してくれた。
そんな祖父に孝行出来ていただろうか。
今となっては確認する術がない。
郷愁が胸を圧迫する。
ヒメカはアルフレッドに祖父を重ね、助けられた恩返しをしたいと決意。
じんわりと眦に涙をため、健やかに眠るクロエを見て答えた。
「喜んで」
ブクマありがとうございます!




