【白雷】アルバ 中
それは有無を言わせぬ迫力があった。
ヒメカに拒否権など初めから存在しないかのように、アルバは強引に距離を詰めてきた。
――友達。
ヒメカは遠くを見つめ、日本時代を思い出す。
社会人になってからも付き合いの続く友達は、ほんの数人程度だった。
みんな忙しく、数か月に一回会えばいい方だ。
会う約束は大体、飲み会ばかり。
そこで近況報告をして、仕事の愚痴を言い合い、社会のつらさを慰め合う。
果たしてそれは友達と呼べるようなものだろうか。
昔のような、学生時代のような関係の友達はもういなかった。
(……なんか思い出したら悲しくなってきた)
いきなり意気消沈し始めたヒメカに、アルバは不思議そうな顔をするが、そんなことは気にせずにぐいぐいと迫る。
「お友達になってくれるよね?」
「いやー、ちょっとかんが――」
「なるよね?」
「こころの準備が――」
「――なるんだ」
「あっはい」
ヒメカの抵抗虚しく、首を縦に振るしか選択肢がなかった。
そもそも赤級冒険者が、緑級冒険者に盾突けるはずもなく、長いものにまかれるほかなかったのだ。
渋々了承し、肩を落とすヒメカ。それを見たアルバは満足気に頷いた。
「……友達かぁ」
アルバは噛みしめるようにぽつりと小さく呟く。
それは幸いにもヒメカの耳には届かなかったようだ。
気を取り直すように咳払いをしたアルバは、一つ提案をする。
「お友達になったから、お友達らしいことをしたいんだけど……どうかな?」
「へいへい。――それで、お姫様は何をお望みで?」
(……友達なんて、もうできないと思っていたのに。――こんな形で、できるとは)
いつだって友達とは、いつの間にかなっているものである。
ヒメカは昔を懐かしみつつ、唯我独尊なアルバにからかい交じりの言葉を放つ。
すんなりと提案が通ったことにアルバは驚きつつも、友達として何をすべきか考える。そして――固まってしまった。
「友達って……何をすればいいの?」
心の底からわからないといった様子で、目をぱちくりとするアルバ。
「え? なんだって?」
あれだけ強引に友達になることを強要していた少女が、あろうことか、友達という定義もわからずヒメカに迫っていたとは――驚きよりも心配が勝った。
「もしかして――オレが初めての友達?」
ヒメカの問いにアルバは、迷いなくこくりと頷いた。
まるで、それを誇らしく思っているかのように。
「あー……まじか」
ポリポリと困ったようにヒメカは頭を掻いた。
「そうだなぁ……。一緒に遊び、買い物して、ご飯を食べる。それで気兼ねなく過ごせたら、もう立派な友達だと思うよ」
ヒメカにとっても、この世界で初めて友人と呼べる関係になりそうな少女である。
どこかズレている少女に、一歩踏み出した勇気ある行動に報いるように、ヒメカは言葉を重ねる。
アルバはヒメカの放った言葉をかみ砕きながら、頭を捻らせる。
その不器用な少女に内心微笑み、ヒメカは言葉を続けた。
「そんなに難しく考えなくてもいい。きっかけなんて人それぞれだし、何なら勝手になっていたなんてこともある。――んー、そうだ! アルバ、ちょっといいか?」
ヒメカは何かを思いついたように少女に向き合う。
「何?」
「オレとデートしようぜ」
その言葉に白い少女はきょとんとした顔をヒメカに向けた。
「デート? 友達同士でもデートってするの?」
「――もちろんするさ。仲のいい友達なら、なおさらだ」
ヒメカは灰色の学生時代を思い出す。ヒメカ自体には女友達はいなかったが、自身の座る席の隣で女子が固まって話していることが多かった。その話の内容は、ほぼデートみたいなことを日常的に行っているとのことだった。
その時は女の子同士ってキャピキャピしているな、という感想しか抱かなかったが、それが今になって参考になる日が来るとは思いもよらなかった。
三十五年という人生経験は伊達じゃない。……たぶん。
「それで、お察しの通りオレは〈稀人〉でこの街の事情に詳しくない」
「うん」
「超一流の冒険者であるアルバは、当然この街にも精通しているわけだ」
「うん!」
「……言いたいことは、わかるな?」
少しそっぽ向きながら無駄に含みを持たせて、ヒメカはアルバに言った。
先ほどのデートという言葉が今になって恥ずかしくなってきたのである。
やや顔が赤くなっているヒメカに、アルバはニヤニヤしながら、その頬を指でつんつんする。
「……ヒメカってかわいいね。――ありがとう。ボク、張り切って君を案内するよ」
ああいや、とアルバはわずかに溜めて、言い直した。
「ヒメカ――一緒にデートしよ」
からかうような笑みを浮かべて、アルバはヒメカを誘う。
胸に灯る小さな火を逃さないように。
耳に鳴り響く鼓動は、この出会いがアルバの運命を変えてしまうような、そんな予感に満ちた音だった。




