【白雷】アルバ 上
――【白雷】アルバ・ジール。
メリナの言葉が頭に蘇った。
浮世離れした神秘的な雰囲気を纏う彼女は、そこにいるだけで空間を塗り替える存在感を放つ。
ヒメカを見つめる金眼は相変わらず、煌々と光を蓄えている。
以前ギルドで見かけた時と同じく、軽装ながら無駄のない装備を身に着けていた。
常在戦場の気構えだろうか。さすがは緑級。一流ともなれば、考え方からして一般とはかけ離れている。
あるいは、このまま依頼に出る予定なのかもしれない。
それにしても強そうな装備だ。
自分もいつか、こんな装備を揃えられるほど稼げるだろうか――そう思うと頭が痛くなる。
ヒメカが彼女を見て、とりとめのない考えに逃げたのは、有名人に話しかけられているという現実味のなさからだろう。
いずれにせよ、アルバはそんなヒメカを逃がす気などさらさらなかった。
「――二つの魔力を持っているの、やっぱり面白いね!」
「……?」
はて? 二つの魔力とは一体何だろうか。
ヒメカは頭に疑問符を浮かべて考える。
思い当たることは特にない。――いや、そういえば治療院の院長ミネルバがそんなようなことを口にしていた気がする。
魔力とはあのミネルバが魔法を使った時に感じた力や、訓練場で見た不可視の力のことだろうか?
それが自分の中に二つある?
アルバの口ぶりからすると、通常、ひとつの身体に宿る魔力はひとつなのだろう。
そのアルバの言った言葉がどういう意味を持つのか、ヒメカにはいまいち理解できなかった。
ヒメカの考え込んでいる沈黙をどう受け取ったのか、アルバは目を細め、続ける。
「あの時、ギルドで見かけた時から気になっていたんだ。――赤と青が混じり合う綺麗な色。一つの色になろうと揺れている。その狭間が、ボクの目をとらえて離さない」
そう語るアルバの頬はわずかに上気し、その表情はどこか恍惚としていた。
ヒメカは咄嗟に、彼女を変人のカテゴリーに分類した。
(な、なかなかにやばい人だった⁉)
思わず数歩後ろに下がる。
しかし、下がった分だけアルバが前へ詰め寄ってきた。興奮した顔のまま。
無駄に整った顔が目と鼻の先に迫る。
ふんわりといい香りが鼻先をくすぐった。
「近い近い近い! 怖い!」
いろんな意味で平静を奪われそうになったヒメカは、悲鳴じみた声をあげる。
その肩が、ガシッと掴まれた。
振りほどこうとしても、びくともしない。
この華奢な身体のどこにこんな怪力が詰まっているのか、想像もつかなかった。
「――もっと」
「へ?」
俯いたまま、アルバが低く呟いた。
「もっと見ていたい!」
顔を上げ、金の瞳がキラキラと星のように輝き、まっすぐヒメカを射抜いた。
「ところで君は、冒険者だよね?」
ようやく興奮が収まり、深呼吸を一つ置いてから、アルバがそう切り出した。
あの後、暴走気味のアルバに店のおばちゃんが渋い目を向けてきたため、二人は慌てて店から離れた。
アルバは当然のようにヒメカをぐいぐいと引っ張り、冒険者通りの一つ路地に入って抜けたところのちょっとした広場に連れて行った。
ヒメカとアルバの他に人影はなく、アルバの声だけがこの広場に響いた。
「まあ、成り立てだけど」
ヒメカは、彼女を横目で観察した。
素人のヒメカでもわかる圧倒的な隙の無さ。
トップクランのメンバーなだけある。今のヒメカとは隔絶した力の差が感じられた。
「――いいね。それじゃあ、改めて自己紹介をしよう。クラン【獅子の心臓】所属、アルバ・ジールだよ。二つ名は【白雷】をギルドから賜っている。花も恥じらう十五歳だ――君のことを教えてほしいな」
その金眼が怪しく光る。
ヒメカを見つめる目は身震いするような、どこか捕食者めいた魔性を内包していた。
「……ヒメカ。ただのヒメカ。ついこの間登録したばっかりの赤級冒険者だ」
名乗られたからには名乗り返すのが社会人の務め。
これを怠っては信用なんて得られない。――この場合は信用を得てもいいかどうかはさておき。
しっかりと目を見てヒメカは名乗る。
その返答にアルバの口元はにんまりと弧を描く。
「へえー、ヒメカ。……うん、いい名前。ヒメカはその耳から推察するに『魔織の民』をルーツにしているのかな?」
「そんな感じだ」
見ればわかることなので特に気にせずヒメカは答える。
そういえば、アルフレッドの忠告をメリナに確認するのを忘れていた。
危機感のなさと言われれば何も言い返せないところだが、ここ数日過ごして感じたことは、意外と気にされないということだった。
(街でも似たエルフ耳を見かけるし、そんなに珍しくないみたいだ)
難民であるアルフレッドの認識と街の常識は齟齬があるみたいだった。
ヒメカの思考がやや逸れた拍子に、長耳がピコピコと動いた。
アルバはその動く耳の先を目で追い、その金眼が一瞬細められる。何かを計算するような色が走った。
「……なるほど。少し前に〈稀人〉を保護したって聞いたけど、ヒメカのことなんだ」
その呟きはヒメカの耳にしっかりと届いた。
(え? 周知の事実⁉)
ヒメカはあまりの衝撃に空を仰いだ。
だがすぐに思い直した。彼女はトップクランの一員。当然ギルドとの連携は密にしているだろう。
一般公開されない情報を把握していてもおかしくはない。
それだけ彼女は、今のヒメカにとっては雲の上の存在なのだ。
ふと、空を見上げる視界に動くものが映った。
それは広場に面した建物の三階。ちょうどヒメカとアルバの真上に位置するベランダから、植木鉢が何かに押されて――落ちた。
ヒメカは咄嗟にアルバに覆いかぶさる。
「危ない!」
ヒメカが声を出すよりも先に、アルバの金眼はすでに上を捉えていた。だが、ヒメカの身体は勢いのまま動いてしまう。
(――あ、これ余計なお世話だ)
押し倒す。
落ちてきた鉢は、二人の横をかすめて地面に砕け散った。
倒れ込んだ衝撃で反射的にヒメカは目を閉じる。
手のひらに触れたのは、柔らかく温かいものだった。
ヒメカは、恐る恐る目を開けた。
アルバの整った顔は驚愕で目を見開いており――先ほどの冷静さが跡形もなく吹き飛んでいた。
「――え? どうして、君は……ボクを助けたの」
吐息が掛かる距離で、ぽつりと呟かれた。
アルバは心底理解できないといった表情で、ヒメカに問いかける。
ヒメカはその表情を見て、やっぱミスったかと内心焦りつつ、しどろもどろに言葉を返す。
「……いや、気が付いたら体が勝手に動いていた。――ごめんな、こんな冒険者成り立てに庇われるなんて、気分が悪いだろ」
慌ててヒメカは体をどかす。
すると上から声が降ってきた。
「すまなーい。怪我はないかねぇ!」
「大丈夫ですー! お気になさらずー!」
植木鉢を落とした住人が心配してきた。それにヒメカは服に着いた汚れを手で払いながら、声を張り上げてやり取りを行った。
やり取りを終え、ほっと息を吐いたヒメカが振り返ると――
アルバは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
やがて、突然、アルバは吹き出すように笑い始めた。
「――あははははっ‼ ……そっか。そうなんだ!」
ひとしきり笑い、アルバは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ヒメカにぐっと顔を近づける。
それは息づかいすら聞こえるほど。
ヒメカはその距離感に面喰う。
「――いいね。……本当にイイ!」
「な、なにを……」
ヒメカを見つめる顔は何かを吹っ切ったように晴れ晴れとしていた。
長く詰まっていたものが、今ようやく解けたような――そんな表情。
そして、アルバはその形の良い唇を動かす。
「……ボクと、お友達になろ?」




