副作用
目を覚ますと、俺は机に突っ伏していた。
周囲は見慣れた教室……なのに、どこかがおかしい。
黒板の端が少し“ザザッ”と揺れている。
窓の外の木々が、まるでCGのプリセットを置き換えたかのようにちらちら動いている。
「……夢じゃねぇな」
机の上のスマホが、今度は小さく震えている。
画面には、あの声。
『おはようございます。コウタさん。デバッグ続行です』
あの……勘弁してください。
まだ朝の10時ですけど、もうデバッグですか。
窓の外を見て目が点になった。
通学路を歩く生徒たちの影が、突然半透明になったり、重なったり、途中で消えたりしている。
俺の脳がパニック寸前なのを察したのか、スマホ女神は淡々と言った。
『現在、世界の一部が未完成状態です。あなたには“デバッグ協力者”としてバグの影響を確認してもらいます』
「協力者……って、要するに俺が実験台!?」
『概ねその通りです。ただし安全は保証します』
その言葉が全く安心できないのは、俺だけだろうか。
⸻
教室の椅子が一つ勝手に回転した。
黒板のチョークが空中で踊り、数学の問題が勝手に書き換わる。
机の上の定規は、あたかも生き物のように跳ね回った。
「おい、マジで止めろ!」
スマホ女神は、天井に光の輪を浮かべながら淡々と解説する。
『これが“世界再構築中のバグ挙動”です。観察対象は現実世界の全てです。あなたは、唯一これを認識できます』
唯一か……つまり俺は、全員が気づかない異常を一人で見守る“生きたデバッグログ”というわけか。
災難すぎる。
⸻
放課後。街に出ると、駅前の自販機が突然空中に浮かんだ。
歩道を歩く人々が途中で止まり、数秒後に別の場所に“瞬間移動”する。
俺はスマホを握りしめた。
「おい、神様! これ、どうやってデバッグしろっていうんだ!」
『まずは観察。次に“修正ボタン”を押すだけで完了します』
「修正ボタンって、どこに!?」
『あなたの右手です』
右手を見ると、スマホ画面に小さなボタンが浮かんでいた。
“押すと世界が変わる”ボタン。
それはつまり、俺が凡人のまま“神の役割”を担うということだ。
⸻
最初の修正対象は、駅前で消えたはずのカフェ店員。
押すと瞬間、空間がグリッチのように揺れ、店員が元の場所に戻る。
しかし、俺がほっとする間もなく、向かいの信号機が逆に赤と青を入れ替える。
「やめろぉ! 交通事故になる!」
スマホ女神は、相変わらず無表情で言う。
『修正には副作用がつきものです。慣れてください』
慣れるって、何ですかそれ。
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その夜、帰宅して机に座る。
スマホ女神の最後のメッセージが光る。
『明日は学校全体をデバッグ対象にします。心の準備を推奨します』
俺は布団に潜り込み、深いため息をついた。
凡人高校生・中原コウタの“デバッグライフ”は、まだ始まったばかりだ。




