第1章《祈りは、呪いを越えて》第九話《絶対的優位》
こんにちは。第九話《絶対的優位》をお届けします。
今回は、遥斗が「力を使う理由」と真に向き合う回です。
ただの暴力や怒りではなく、“誰かの痛みを守る”という決意に至る瞬間──
その覚悟と、Observerとの連携演出にぜひ注目してください。
また、北条美琴の“家族背景”が初めて明かされ、今後の政府介入の布石にもなっています。
第1章《祈りは、呪いを越えて》第九話《絶対的優位》
「じゃーな、橘。また明日な」
「おう、またな」
放課後、商店街の裏通り。
三谷祐介と別れた後も、遥斗の足取りはどこか落ち着かない。
(……今日も、烈火は絡んでこなかったな)
正直、少し肩透かしだった。
胸の奥に宿った熱──“力を試したい”という衝動は、行き場を失ったままだ。
> Observer(静かに警告)
『注意:無目的な武力行使は、魂共鳴効率の低下および補助演算への制限因子となります』
(分かってるってば……)
俺はもう、ただの“殴られ役”じゃない。
でも、何も起きないまま終わるのも──つまらない。
そんな思考の隙間に、ざわつく声が混じった。
──女の子が、数人の男に囲まれている。
その中心にいるのは──北条美琴だった。
(……あーあ、やっちまったな、兄さんたち)
遥斗は半歩下がって壁にもたれた。
どこか余裕を含んだ視線でその様子を見守る。
(北条美琴、魂波形4%。身体能力はクラスじゃぶっちぎりだ)
(成人男性3人くらい、遊び感覚であしらえるレベル)
(……ご愁傷さま。合掌)
ふと、口元が緩む。
(まあ、正直ちょっと助けに入って“かっこいいとこ見せたい”気もするけど──)
(オブザーバーに、むやみに力使うなって釘刺されたしなぁ……)
だが──
その“余裕”は、一瞬で崩れた。
──空気が、変わる。
さっきまでチャラついていた男たちが、まるで別人のように動き出す。
無駄のない歩幅。
制圧に最適化された動線。
一人が腕を取り、もう一人が死角から脚を払う。
それは──訓練された者の動きだった。
> Observer(即応)
『対象A:魂波形値19.3%、戦闘レベル9相当(元SPクラス)』
『対象B・C:魂波形値12.3%、戦闘レベル6相当(要人警護経験あり)』
『推定:行動目的は“政治的な圧力工作”もしくは“能力者関連情報の強制取得”』
『対象:北条美琴──父親は公安庁・能力者犯罪対策室 室長』
『警告:高リスク対象の保護優先度が上昇中』
「──な、に……?」
遥斗の呼吸が止まる。
目の前で、美琴が押し倒され、腕を縛られ──
──車の後部座席に押し込まれようとしていた。
「……っ!」
身体が、先に動いた。
ナンパ師の一人が、美琴の肩を掴んで車内へ引きずり込もうとした──その瞬間だった。
──美琴の身体が、消えた。
正確には、“消えたように見えた”。
「──ッ!?」
男たちが驚愕に固まる。
その腕には、すでに誰もいなかった。
ほんの一瞬。
まばたきすら許されない刹那の中で、遥斗は彼女を“奪い返して”いた。
その速さは、人間の動きではなかった。
魂波形値11.7%、さらにさやの祝福による肉体限界の超越、
そしてスキル《Pain Sight》による“行動の先読み”が、
遥斗の身体に、かつてない加速と正確性を与えていた。
> Observer(静かに)
『確認:身体加速因子、魂防壁との同期成功』
『対象個体“橘遥斗”、戦闘補助行動の最適化を完了』
遥斗は、北条美琴の身体をそっと地面に下ろす。
だが、視線は一度も──一度たりとも──男たちから外さない。
「……大丈夫か。今、解くから──」
その言葉とともに、美琴の手首を縛っていた結束紐に手を伸ばす。
視線は敵に向けたまま。
だが、結び目は驚くほど冷静に、たった数秒で解かれた。
美琴は、その異常さに言葉を失っていた。
敵に囲まれ、危機に晒されていたはずの自分が──
気づけば守られている。
しかも、たった一人の少年によって。
遥斗の動きに、無駄は一切なかった。
その背には、かつての“いじめられっ子”の影など、どこにもなかった。
──むしろそれは、“何かを超えた者”の動きだった。
「……下がってて、北条さん。あとは、俺がやる」
それは決して虚勢ではなく──
“痛みを知る者”が、他者の痛みに寄り添おうとする、静かな覚悟の声だった。
> Observer(即応)
『意志確認:戦闘行為を伴う可能性を認識』
『問:行動目的は“癒命の巫女”の理念に適合します。戦闘態勢に移行しますか?』
「──ああ。“誰かの痛みを救うため”なら、もちろんイエスだ」
視界が、赤く染まる。
男たちの動作の“予兆”が、光の筋として浮かび上がる。
(……いける。殴られる前に、全部見える)
「橘遥斗くん!?」
北条美琴が、驚愕の表情でこちらを見る。
「大丈夫──下がってて。」
(……はじめての実戦だ)
その瞬間、ナンパ師──いや、戦闘員たちが振り向く。
「……邪魔するなら、消すぞ」
遥斗は、静かに言った。
「──上等だよ。けどな……」
「オブザーバー、ちょっと確認。俺、勝てる? 大丈夫かな? あのリーダー格、魂波形19.3%って聞こえたけど」
──視界の奥、敵リーダー格の男が前に出た。
体格、間合い、気配──どれをとっても、先ほどまでの街のチンピラとは異質だった。
(……こいつだけ、明らかに“格”が違う)
さやから与えられた力。Observerの演算支援。
魂波形値は──11.7%。
敵の主犯格は、今の俺よりも格上だ。
> Observer(静かに)
『魂波形値11.7%──しかし癒命因子による戦闘レベル15相当への適応処理により、戦闘構造において“絶対的優位”を確保』
『全能力群、戦術演算、補助構造においてレベル15相当の優位値を保持』
『スキル《Pain Sight》、魂防壁展開中』
> Observer(重低音の演算出力)
『敵リーダー個体との戦闘予測を演算中……』
『──制圧確率、100.0%』
遥斗の瞳が、一瞬だけ揺れた。
> Observer(淡々と)
『補足:対象3体は、今のあなたにとって“敵”ではありません』
『戦闘中の致命リスク:ゼロ』
『回避可能性:100%』
『制圧所要時間:平均7.4秒』
遥斗の唇が、かすかに笑みを刻む。
「……じゃあ、始めようか」
「“痛み”を知るってのは、こういうことだって……教えてやるよ」
(→第十話につづく)
※補足:魂波形値2%につき戦闘レベル1に相当。
魂波形値19.3% = レベル9相当、12.3% = レベル6相当、11.7% = レベル5強相当。
ただし癒命因子の適応により、遥斗の戦闘処理はレベル15相当へと進化している。
今回の戦闘は、遥斗の《魂波形11.7%》という制限下でも、“Observer補助”と“癒命因子”の恩恵によって、レベル9相当の敵を完全制圧する展開です。
「魂の強さは数値では測れない」。その象徴が“絶対的優位”というタイトルに込められています。
次回は、北条家を中心に「政府との接触」や「能力者社会の構造」が垣間見える回になる予定です。
ぜひ引き続き、物語の共鳴にお付き合いください。