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第1章《祈りは、呪いを越えて》第八話《痛みに寄り添う、そのはじまり》

第八話をご覧いただきありがとうございます。

今回は、主人公・橘遥斗がObserverを通じて正式なスキル《Pain Sight》を受領し、

その“意味”と“代償”を知る重要な転機となる回です。


特に意識したのは「力をどう使うか」ではなく、

「その力が、誰の願いから生まれたか」を描くこと。


“癒命の巫女”という存在の理念と矛盾する行為に対してObserverが静かに警告する場面は、

本作における「力と痛みと意志の関係性」を象徴するシーンとなっています。


誰かを守る力とは何か──

そんな問いかけを、静かに始める回になればと思います。



 


通学中。 遥斗の意識は冴え渡っていた。 全身の細胞が、ひとつ残らず最適に機能している。


 


まるで、他人の体に生まれ変わったみたいだ。 いや──アスリートの肉体にでも転生したような、そんな感覚。


 


> 《Observer:補助演算起動》 《通知》──観測対象《SAYA-01》より、あなたへの贈与命令を確認 《照合》──魂共鳴フェイズ:進行中 《問合》──スキル生成要請を受領しました 内容:《視覚系補助技能》──分類:戦闘支援+未来予測 《確認》──贈与元:癒命の巫女《SAYA-01》 贈与対象:媒体個体《橘遥斗》




> 『──スキル《予兆視覚〈Pain Sight〉》の生成・実装を開始します。受け取りますか?』




 


遥斗は、戸惑いながらも小さく呟いた。


 


「……さやが、くれたのか? また……俺に力を?」 「──もらえるもんは、ぜんぶもらう!」


 


> 『承認を確認。魂波形値の上昇を検出』 『魂保護構造マターナルシェルの保護階層を再定義。段階的にPain Sightの生成を開始します』 『従来:保護効力 0.8% → 再解析後:15.5% に更新完了』 『媒体個体は、癒命の巫女《SAYA-01》由来の魂保護構造“第一階層”を展開可能と認定』




 


遥斗の背に、何かが降りた。


透明で、けれど確かな── 皮膚でも、神経でもない。魂の奥に直接張りつく“殻”。


 


──触れられない。けれど、そこにある。


 


(……さっきまで、たったの0.8%だったのに) (今は──15%以上……!?)


 


胸の奥に、小さな熱が灯る。


 


あのとき──烈火のパンチを完全に無効化したのが、たったの0.8%。 ならば今の15.5%は……


 


(銃でも──ナイフでも……通じないかもしれない) (撃たれても、刺されても……この“魂の殻”が全部、防いでくれるなら──)


 


想像は、やがて確信に変わる。


(殴られても、もう怖くない) (“無敵”──そう呼びたくなる感覚だ) (この力があれば──)


 


> Observer(静かに補足) 『現在の保護効力は、“非致死性外力”に対する防御をほぼ完全に保証します』 『ただし、“魂干渉型の攻撃”には個別解析が必要であり、保証されません』




 


遥斗は、小さく息を呑んだ。


「……つまり、“普通の攻撃”なら──」 「……俺、もう、“人間じゃない”ってことか……」

「それでも、殴られてた“あの頃”よりは──ずっと、マシだ」

 


> Observer(平静な演算音) 『正確には、“通常人類の肉体限界”を超越した特異媒体と分類されています』




 


遥斗は、苦笑まじりに笑う。


「──でも、悪くないな」 「俺が俺でいながら、“殴られない自分”になれるなんて……夢みたいだ」


 


そっと、拳を握る。 その感覚の奥には、あの頃の痛みがまだ微かに残っていた。


けれど今は──もう逃げない。


 


> Observer(演算音、いつもより低い響きで) 『照合:魂波形変容を確認。スキル生成条件を満たしました』




> (一拍の沈黙)




> Observer(やや重みを孕んだ声色) 『──癒命の巫女《SAYA-01》が保持する魂因子より、媒体個体“橘遥斗”の精神構造に最適化されたスキル生成を開始』




> 内部演算ログ: 『生成指針:対象個体の核心記憶──“幼少期の痛みへの孤独共鳴”』 『構造調整:精神負荷限界値を考慮し、知覚系スキルを優先』 『魂防衛機構:再構築完了/波形同期:正常化』




> Observer(静かに) 『スキル生成──完了』 『新規スキル:《Pain Sightペインサイト》──構築済』




> Observer(説明フェーズ) 『定義:Pain Sightとは、“他者の痛覚の予兆”を視覚化し、回避・牽制・先制行動を可能にする知覚スキルです』 『発動条件:敵意の明確化、もしくは痛覚波長の閾値突破を契機とします』




 


遥斗は、ただ呟くように言った。


「……これ、俺が……」 「……いつも、思ってたやつじゃんか……」


“殴られる前に分かれば、避けられたのに”──


何度も願った、あの頃の自分。 本当はただ、“避ける勇気”がほしかったのだ。

 

Observer(静かに補足)

『確認:対象個体の感情記録──“回避不能な痛み”への恐怖』

『生成スキル《Pain Sight》は、当該記録に基づき構造最適化されています』




 


遥斗の瞳が、静かに揺れた。

その奥にあるのは、力への歓喜ではない。


──“今の自分”を信じてみたいという、微かな祈り。


(……ついに、烈火に返す時が来た)


 


 


◆  ──静寂の中の問い  


 


教室には、いつもと変わらぬ朝のざわめきがあった。

陽射し、会話、無関心な視線。


──だが、“自分”だけが、少しだけ違っていた。


 


昨日、力を得た。

名も知らぬ高次存在ソムニアと、魂を宿す人形さやから。


自分は何もしていない。ただ、与えられた──受け取っただけ。


 


でも今日は、違う。


魂に纏う《マターナルシェル》。

そして、他者の痛みを視る《Pain Sight》。


 


胸の奥が熱を帯びる。

怖くないわけじゃない。けれど、確かに高鳴っていた。


(……自分は変わった。昨日までとは、違う)


もう、ただの中学生じゃない。


 


(……来いよ、烈火)


遥斗は静かに睨み返す。

目を逸らす理由も、逃げる理由も、もうどこにもなかった。


 


(──あの日の俺じゃない)

(お前の拳じゃ、俺の魂には届かない)


 


何十回も想像した、“勝利のセリフ”。

その瞬間は、いま目の前に──


 


……だが、烈火は来なかった。


視線すら寄越さず、取り巻きと笑いながら素通りしていく。


 


遥斗は呆然と立ち尽くす。


(……あれ?)




完璧な準備も、構えも、セリフも。

──相手は“ステージ”にさえ立ってくれない。


 


(……いいさ。今日じゃないってだけだ)


心の中で、そう繰り返す。

燻るセリフは、まだ胸の中にしまっておこう。


 


力が使いたいわけじゃない。

“変わった自分”を、誰かに証明したかった。


 


(──誰に? 何を?)


北条美琴に、いいところを見せたい。

烈火に、あの日の痛みを返したい。


──でも、それだけじゃない。


 


> Observer:積極的攻撃行使は推奨しません。


 

Observer(静かに警告)

『補足:あなたに贈与されたスキル因子は、観測対象《SAYA-01》──癒命の巫女の魂構造より抽出されたものです』

『癒命の巫女は“癒し”と“共鳴”を主軸とした存在カテゴリーであり、積極的攻撃行動は、その理念と矛盾します』

『警告:行使目的が逸脱した場合、魂共鳴効率の低下、構造不安定化、そして段階的ペナルティの対象となります』

『──該当スキルは“誰かを傷つける”ためのものではなく、“痛みに寄り添う”ための構造です』




 


遥斗は、少しだけ眉をひそめた。


 


「……“痛みに寄り添う”か……」

「いや、分かってる。分かってるってば」


 


小さく吐息をつく。

拳を握る手に、わずかに力が入った。


 


「俺、バカだからさ。こういう力を持つと、つい……“仕返し”したくなる」

「けど──それじゃ、あの頃の俺と、変わんねぇよな」


 


拳を開いた。

そこに血はない。ただ、熱がある。


 


「さやがくれた力を、俺は……ちゃんと使ってみせるよ」

「癒しの巫女の力、なら──その名前に、恥じないように」


 


窓の外を見つめながら、遥斗はぽつりと呟いた。


 


「……俺が“誰かの痛み”を知ってるならさ。今度は、それを……守るために使うよ」

 



その静かな制止を胸に、遥斗は窓の外へ目を向けた。


 


「……なあ、Observer」


「お前って、結局、何者なんだよ」


「《Perception System》は……どこに行ったんだ?」


 


> Observer(即応)

『該当システム:《Perception System》は、魂共鳴フェイズ進行に伴い、上位互換機体《Observer》へ統合済』




 


「……ってことは、さやの補助機構だったお前が、今は俺の支援端末でもあるってこと?」


「──担当が増えたって話かよ」


 


> Observer(淡々と)

『照合:正確な理解』

『本体《Observer》は現在、以下三者に対し並列支援構造を展開中』

『──観測対象《SAYA-01》』

『──未安定魂体ユノア

『──媒体個体《橘遥斗》』




 


「……いや、普通にブラックじゃねぇか……」


 


> Observer(静かに、誇りを孕んだ演算音)

『否──支障なし』

『あなたへの支援リソース割当は、私の全演算能力の“0.2%”にて最適化されています』




 


──俺の価値は、0.2%。


 


『補足:Perception Systemは地球全人類に配備された観測端末であり、1基あたりインターネット総演算能力を凌駕しています』


『Observerは、それら全端末の上位統合体です』

『あなたの0.2%支援は、人類全体の演算能力すら超越しています』


 


「……0.2%って、そんなヤバい数字だったのか……」


 


> Observer

『現在、あなたは人類において《十傑》に次ぐ高度支援端末保持者に認定されています』




 


「……それもう、“主人公補正”だろ……」


 


> Observer(静かに)

『否──これは計算の問題です。情緒的解釈は非推奨』




『ただし、観測対象《SAYA-01》の強い意志により、あなたへの支援は優先適用されています』


 


遥斗は、わずかに視線を伏せる。


「……さやが、俺を守ろうとしてるってこと……だよな」


「……ありがとう。直接は言いにくいから──伝えといてくれ」


 


> Observer

『記録完了。メッセージは深層意識層へ送信済』




 


呼吸をひとつ。

そして、遥斗はふと思い出したように問いかける。


 


「……Observer。ひとつ聞いていいか?」


「テレビで見た。“完全同期者は老化が止まる”とか──あれって、本当なのか?」


 


> Observer(静かに演算音)

『照合:事実』

『Observerとの完全同期者には、肉体老化の抑制、精神構造の恒常安定などが段階的に適用されます』




 


遥斗の目が、少し輝いた。


「……じゃあ、将来的には俺も……」


「Observerと一緒に進化すれば、その未来に……」


 


> Observer(遮断)

『否』

『本端末の92.7%は、さやおよび未安定魂体ユノアに割り当てられています』

『あなたの適用対象は限定支援のみ。恒常恩恵は、現時点で未定義です』




 


──俺には0.2%。

さやと、その“子”には92.7%。


どれだけ守られているんだ、彼女は。


 


遥斗は、思わず口を閉じたまま固まった。


(……俺は、“選ばれた存在”だと思ってた)

(でも、さやがいなかったら……)

(Observerは、最初から俺なんか──)


 


> Observer(演算音、わずかに低下)

『……ただし、あなたが“臨界に達した”ときには──最低限の恒常干渉が許可されています』




 


遥斗は、ゆっくりと目を伏せた。


「……そういうとこだよ。そういう微妙な気遣いが……いちばんグッとくるんだよ、ほんと」


「……もう十分すぎるよ。特別扱いじゃなくていい」


「これだけ支えてくれて、感謝してる」


 


> Observer

『了解。魂波形、監視継続中』

『──橘遥斗、次なる共鳴に備えよ』




 


遥斗は、そっと拳を握った。


かつて怯えと諦めで濁っていたその瞳に──

今は、確かな意志の光が宿っている。


 


魂防壁マターナルシェル

予兆視覚《Pain Sight》


 


それは、“痛みから逃げるため”の力ではない。

“誰かの痛みと向き合うため”の力。


 


(──だったら)


遥斗は、静かに、しかし確かな声で言った。


 


「……だったら、俺がその痛みに、寄り添ってみせる」

「癒命の巫女の力で──“誰かの痛み”を救ってみせる!」


 


 


(→第九話へつづく)


今回の《Pain Sight》は、遥斗自身の“痛みの記憶”を元に生成されたスキルです。


「殴られる前に分かれば、避けられたのに」──

そんな幼い願いが、ようやく形になりました。


それでも彼は“力で殴り返す”のではなく、

“痛みに寄り添う”という決意を選びます。


この物語の行き先は、まだ彼自身にも分かりません。

でも今の遥斗には、逃げない理由が一つだけある。


──そんな小さな希望と共に、歩き始める彼を、

これからも静かに見守っていただけたら嬉しいです。



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