第3話 村人B、折れた剣を解体する
朝。鳥の声と、どこかで鳴る鐘の音。
鍛冶場の裏手、まだ霧が残る山村の片隅で、エリナは早朝から薪を運んでいた。
「うっ……重い……けど、こんなの……!」
全身を使って束ねた薪を担ぎ、ぐらつきながらも火炉のそばまで運ぶ。
見れば、すでにロウは作業を始めていた。
分厚い革の前掛け。目を細めて金床を見つめるその姿は、昨日の“村人B”とはまるで別人だった。
「よし、まずは解体からだ」
そうつぶやくと、ロウは剣の根元に特殊な楔{くさび}を打ち込んだ。
ゴンッ……ゴンッ……カチン。
繰り返し打つごとに、柄と刃の接合部がじわじわと緩み、やがて――
ガコンッ。
重い音を立てて、剣が分解された。
鞘{さや}、鍔{つば}、柄{つか}、そして刃の芯金。すべてが別の部品として露わになる。
その様子に、エリナは思わず声を上げた。
「す、すごい……こんな風に剣って分かれるんですね」
「ああ。これは“手打ち”の証拠だ。一本の金属を削ったんじゃない。部品ごとに鍛えて、精密に組み上げてある」
ロウは柄の内側を指さした。
「見ろ。ここに鍛冶師の刻印がある」
そこには、見慣れぬ古代文字が刻まれていた。
それは、“創鋼”{フォージ}と書かれていた。
「“フォージ”……これ、あなたの?」
「いや、俺じゃない。……千年以上前にいた、とある鍛冶師の刻印だ」
「……千年……!?」
エリナの目が丸くなる。
ロウはあくまで平然と語った。
「俺はそいつの継承者だ。名前は伏せるが――この剣を打ったのが誰か、もう見当はついた」
彼の目が鋭くなる。
「この剣……ただの形見じゃない。魔素の流れが不自然だ。おそらく“封印”が施されている」
「封印……って、何を……?」
「さあな。それを知るには、もう少し芯まで分解する必要がある」
ロウは溶鉱炉のふいごを引いた。
ゴォォォオ……ッ!
炎が吼え、炉の奥が真紅に染まる。
そこへ、慎重に分解した刃の芯を差し入れた。
「エリナ。今日は見ているだけでいい。火の前でふらつかれると、こっちが困る」
「……はいっ!」
緊張気味に返事をするエリナ。
その横顔を見て、ロウはほんの少しだけ微笑んだ。
――まっすぐすぎて、見ていられない。
「さて……秘密、見せてもらおうか」
赤く燃える鋼を前に、村人Bは静かに呟いた。