第2話 村人B、剣を預かる
剣を手に取ったロウは、柄の根元に指をかけ、ひとつ深く息を吸った。
カチャリ。
古びた鞘から剣を引き抜いた瞬間、空気がわずかに震える。
刃は半分以上が欠けており、色は鈍く曇り、刃文{はもん}は崩れ、剣とは到底呼べぬ代物だった。
だが、ロウの目は真剣そのものだ。
「……懐かしい技術だな。随分と昔に流行った構造だ」
刃の芯金{しんがね}と側金{がわがね}を多層に重ねる、今では廃れた製法。
鍛冶屋なら一目で分かる“遺物”だが、現代の技術者にはまず再現できまい。
そんな剣を背負って現れた少女に、ロウは問いかける。
「名は?」
「……エリナ・リースです」
「ふむ、エリナ。……で、これはお父さんの?」
少女――エリナはうなずく。
「父は、昔この剣で旅をしていたんです。冒険者として。私は……その姿に憧れて剣士を目指して……」
そこで言葉を詰まらせる。ロウは黙って続きを待った。
「……でも、ある日突然、父は帰ってこなくなって……」
彼女は拳を握りしめた。
「だからせめて、この剣だけでも……直して、また一緒に旅をしてるって、思いたいんです」
まっすぐな目だった。強がっているのも分かる。
ロウは、ほんの少しだけ口角を上げた。
「分かった。預かろう」
「本当ですか!?」
「……ただし、条件がある」
ロウは鞘に剣を戻し、鍛冶場の隅に立てかけた。
エリナが小首をかしげる。
「条件、ですか?」
「完成まで、ここに滞在してもらう。手伝いもしてもらう。火を使う仕事だからな、付きっきりの方がやりやすい」
これは半分が本音、半分が気遣いだった。
エリナの剣は、素材も魔力も特殊すぎる。
単なる修復では済まず、ほぼ再鍛造になる。だが――
(やれやれ、また厄介なものを持ち込んでくれたな)
そう思いながらも、ロウの中で、かつての職人魂が熱を帯びていくのを感じていた。
「それでいいなら、受けてやる。……村人Bの鍛冶屋としてな」
冗談めかして言うと、エリナは思わず笑った。
「……はい。お願いします、村人Bさん!」
こうして、少女と鍛冶師の奇妙な同居生活が始まった。
しかしこの出会いが、後に世界を巻き込む騒動の火種となることを、二人はまだ知らない――。