第1話 村人B、鍛冶屋である
火が、静かに揺れている。
真昼の光が差し込む鍛冶場で、ロウ・スミスは黙々と鉄を打っていた。
打って、火に入れて、また打つ。音もなく、ただ手際だけがやたらといい。
「うん、今日はいい火だ」
鉄の赤熱した色を見て、ロウは満足げに頷いた。
彼はこの山奥の小さな村で、鍛冶屋として細々と生計を立てている。
村では「村人B」なんてあだ名で呼ばれているが、ロウは気にしたことがない。
誰に名指しされるでもなく、誰の脚光も浴びることなく、ただ平穏な日々を過ごす――それが彼の理想だった。
「……っと、昼か。そろそろ火を落とすかね」
使い込まれたハンマーを置いて、炉の火をゆっくりとしぼめる。
鉄の香りと煤の残る空気の中、ロウは額の汗をぬぐい、木製の椅子にどさりと腰を下ろした。
棚には磨かれたナイフや、村人から預かった農具が並んでいる。どれも完成度は高い。
けれどロウは、それを誇ることはしない。
彼にとって「作る」ことは、ただの生活の一部――まるで呼吸のようなものだった。
そんな静かな昼下がり。鍛冶場の引き戸が、遠慮がちに――ガラリと開いた。
「……こんにちは、鍛冶屋さん」
入ってきたのは、一人の少女だった。
年の頃は十代半ば。まだ幼さの残る顔立ちに、背負われた剣だけが場違いなほど大きい。
その剣は、鞘に収まっていながらも明らかに“壊れて”いた。柄は欠け、鞘の先端はひび割れ、魔力の残滓すら感じられない。
「なんだい、旅人さん。修理かい?」
「……はい。これを、どうしても直したくて……」
少女は背中の剣を静かに前へと置いた。
「……父の形見なんです。この剣」
ロウはそれを見て、一瞬だけ目を細めた。
ボロボロの剣。
だが、ただの剣ではない。鍛えの構造が“現代”のものではなかった。
――あぁ、またか。
心の中でそう小さく嘆息する。
「……分かった。ちょっと見せてごらん」
ロウは立ち上がり、剣を手に取る。
その目には、鋭い光が宿っていた。
村人B――そう呼ばれる男の顔から、“職人”としての気配が滲み出る。
少女は、その変化に気づかない。
ただ、切実な願いを込めて、言葉を紡ぐ。
「どうしても……この剣じゃなきゃ、ダメなんです」
ロウは小さく息を吐き、微笑んだ。
「……ああ、大丈夫さ。ちょっと火遊びするだけで、直るよ」
この時、少女はまだ知らなかった。
そう――この村人Bこそ、かつて“神話の武具”を打ち上げた伝説の鍛冶師、《創鋼の熾火{フォージフレイム}》その人であることを――