5.公爵邸を発つ
ジョンおじさんには上手く誤魔化して、入院費は無事に払えた。
憂いは無くなり、平穏な私の日々だ。
この春には、女学校も卒業だ。
私は教師と会計士の試験に向けて勉強に励む。
そんなある日、週末に公爵様に外出に誘われた。
彼は公爵様、私は使用人だ。
もちろん断れないので、承知する。
当日、しぶしぶ承知した筈なのに、思いもかけずに浮かれて私は出掛けた。お気に入りのストライプのワンピースで。
待ち合わせ場所に現れたのは、公爵様ではなくその友人という方だった。
私はもう2度と、公爵様のお誘いには乗らないでおこうと決める。
公爵様のご友人は、人当たりの良い方で、「せっかくだから」といろいろ連れ回してくれたが、疲れた。
もう帰りたいと思っていると、ビリヤード場へと連れて行かれ、やはり、ルールも何も分からずぼんやりしていると、ビリヤード場の休憩室に連れ込まれた。
ここは、そういう場所のようだ。
手篭めにされそうになるのを、必死で暴れて、灰皿でご友人の頭を殴って、逃げた。
お気に入りのワンピースは破れてしまったし、足は挫いたし、頬は腫れてるし、辺りは暗いし、で散々な目にあって、私は帰宅した。
帰宅して、そそくさと部屋に引っ込み、着替えて何とか体裁を整えた所へ、奥様の訪問があった。
「あなたは、わきまえてくれると思ったのに、残念だわ」
奥様はそう仰った。
「今日は、クロードと出掛けていたわね」
もう否定はしなかった。
本当はすっぽかされた上に、おそらくその友人に私は売られたのだが、そんな事を奥様に説明しても私が惨めなだけだ。
「申し訳ございません」
虚ろな目で私は謝罪する。
「いいのよ。怒ってはいないの。あなたから縋った訳でない事は知っているわ。やはり、その美しさは不要でしたね。あなたが貴族らしく、隙がなければ防げたのだろうけど」
奥様は残念そうにため息をつかれる。
私は泣きたくなるのを堪えた。
「孤児のあなたでは、難しかったわね。でも、これ以上、クロードの邪魔になっては困るの。悪いようにはしません。明日の朝、発ちなさい。ジョンには私が言い含めておきます。落ち着いたら手紙を送っても構いません」
奥様はそう言うと、行き先を書いたメモと、お金をくれた。
「旅費としばらくの生活費よ。ひっそり暮らしなさい」
「はい」
私は、ぺこりと頭を下げた。
***
ツイスティを抱いた翌朝、目を覚ますと既に彼女は居なかった。
何故か、こちらが振られたような気持ちになる。
危険な女だ。
振られたままは癪なので、デートに誘った。
ツイスティは、満更でもない様子で、行くと言った。
デートの当日、ろくでもない友人の1人が、「何とかしてこれを纏めてくれないか」と、ぽしゃりそうな商談を1つ持ってきた。
ツイスティとの約束があったが、反故にする事にする。
「商談は何とか纏めてやるから、これから言う場所で待ってる女の相手をしてやってくれ」とその友人に頼んだ。
これで、俺もツイスティを振った事になる。
商談を難なく纏めて、夕方帰宅し、ツイスティを呼びにやると、まだ帰宅してないと言われた。
そこで、今回の友人は少し女癖が悪かったな、と思い出す。無理矢理女を抱くような奴ではないが、なし崩しにはする奴だ。
俺はすぐに、友人がよく使うビリヤード場に行った。
その休憩室で、友人は頭を押さえて踞っていた。
「おい、何なんだよ、あの子。灰皿で殴られたんたぞ」
「無理矢理したのか?」
「は?出来なかったよ、すごい暴れたんだ。何怒ってるんだよ、お前はもういただいたんだろ?」
俺はそいつを殴り倒した。
「俺のものに手を出すな」
冷たく言うと、ビリヤード場を後にした。
殴った手が痛い。
くそ、あの女、やはり危険だ。
屋敷に帰って、酒を飲んで寝た。
翌朝遅くに、母がやって来て、「ツイスティに出ていってもらいました。クロード、あの子の事は忘れなさい」と言った。