1.意地悪な王子は要らない
よろしくお願いします。
今晩か、明日にはさくっと完結予定です。
小公爵様、クロード・リステア様と対面したのは、私が12才の時で、小公爵様は17才だった。
小公爵様は、寄宿学校の夏休みを利用して、3年ぶりに領地のお屋敷に戻られていたのだ。
初めて見た小公爵様は、さらさらの金髪にすっと通った鼻筋、榛色の涼しげな目元で、お顔は彫刻のように綺麗だった。背は高く、足はびっくりするくらいに長くて、品の良いスリーピースを一分の隙なく着こなしたお姿は、絵本の中の王子様みたいで、私はぼーっとしてしまう。
「ツイスティです」
ジョンおじさんが私を紹介すると、小公爵様はちらりと私を見た。
榛色の瞳には全く温かさは感じられなかったけど、王子様に見られて私はドキドキした。
この王子様のような方がゆくゆくは爵位を継がれて公爵となり、その公爵様に私はお仕えするのだと思うと胸が高鳴った。粗相のないようにしっかりお仕えするぞ、と決意したのだ。
したのだが、、、
その決意は翌日には瓦解する。
この王子様、私に対してはとても性格が悪かったのだ。
小公爵様にお目通りをした次の日、私が庭で作業していると、小公爵様がお通りになったので、私は緊張しながら挨拶をした。
「し、小公爵様、おはようございます」
無視された。
、、、、、、は?
かなり驚いたけれど、(公爵家の使用人達は皆、厳しくしつけられているので、無視をする方などいない)この初回はまだ、私が土まみれで汚かったから、挨拶するのに気が引けられたのだろう、と思った。
でも、小公爵様は引き続き、私を無視した。
私がジョンおじさんと居る時は、ジョンおじさんだけに挨拶をして、私の事は、冷たい榛色の瞳で見るだけだ。
ジョンおじさんとは、にこやかに今年の薔薇の様子なんかをお話しされているが、私の事はいないものとして扱っているのが、私には分かった。
屋敷の使用人みんなに、小公爵様は節度と礼儀を持って接せられた。馴れ馴れしくは決してしなかったが、にこやかな態度は一貫していて、皆、小公爵様を若いのに立派な方だと言った。私以外は。
小公爵様は私には、常に冷たく臨まれた。冷たく見つめられ、私の存在を消してきた。
そして、小公爵様は、そういう意地悪を私にだけ分かるようにして、された。
私はすぐに小公爵様を嫌いになる。
まあ、私が嫌った所で、小公爵様は痛くも痒くもないのだが、私にだってプライドはある。
だから、嫌いになった。
私はその事を、執事の息子のサムエルにだけ話した。サムエルは私の1つ年上で、歳が近かったので、10才で私が公爵家に来てからの仲良しだ。
「えー、小公爵様は、俺にもご挨拶してくださるよ。勉強頑張っているようですね、とも言ってくださる、何かの間違いじゃないか?」
サムエルは目を見開いて驚いて、疑っていたけど、本当の事だ。
「本当の本当よ。だから、私、小公爵様、大嫌いなの」
私はサムエルにそう宣言して、少しだけ、清々した。
私には、サムエルもジョンおじさんも、お菓子をくれるコック長さんも、リボンをくれる侍女さんも、私の絵を、なかなか上手ね、と誉めてくれる奥様もいる。
私の世界に王子様はいらないのだ。あんな意地悪な王子様なら尚更だ。
そして、小公爵様は夏の帰省の間中、私を時折冷たい榛色の瞳で見られては、無視を続けられた。
夏が終わり、小公爵様は寄宿学校に戻られた。そして、卒業と同時に軍隊に入られたので、領地には帰って来なくなった。
私の平穏な日々が戻ってくる。
15才になった私を、ジョンおじさんは少し無理をして女学校に通わせてくれた。作文や歴史、算術を少々学び、放課後は美術部で絵を描く事に勤しんだ。
私の絵は、少し評価されてコンクールで入賞したりもした。
学校の教師から、有名な工房で働く事を勧められたりもして、ほんの少し、ほんのすこーしだけ、絵を描く事で、食べていけないかな、と思ったりもしたけれど、私にはそこまでの才能は無かった。
それは、自分が一番良く分かっていた。
ふん、別にいいのよ。
絵は趣味でいつまでも描けるもの。
おばあちゃんになっても描いてればいいのよ。
私は割り切って、勉強に励んだ。
孤児の私を引き取って育ててくれたジョンおじさんには、何が何でも恩返ししなくてはいけない。
私は教師か、会計士になるつもりだった。