引き籠もり令嬢は屋敷から出られない。
長編連載中にもかかわらず、珍しく思いついたものを書かずにはいられなかったので数時間で書き上げました。
設定なども曖昧ですが面白かったり続きが気になったら「いいね、ブクマ、高評価、感想」などしていただけたら、何か起こるかもしれません←
ここはとある世界に存在する大きな屋敷。その主である私は多くのメイドや使用人に囲まれ、日々を過ごしている。主と言ってもまだ十代なのだけれど、両親はいない。
……そして私を含め、ここに住む皆は歳を取らない。更に言えば私だけが、この屋敷から外に出られない。
「ファティナ様、もう朝でございます。あぁ、こんなに散らかして。また遅くまで読書なさっていたのですか?」
フカフカのベッドで眠る私の耳に聞き慣れた声が優しく響くと、起床時刻を告げた執事はカーテンを開いて部屋に朝の光を招き入れる。
「んん~、あと五時間」
前日も夜更かしをしていた私は惰眠を貪りたいがため、その言葉と光を遮るようにして布団に潜る。
「それではお昼になってしまいます。早く起きて身支度を整えなくては、マーサの作った朝食が冷めてしまいますよ」
「……起きる」
ベッド上の蛹と化して粘る私に対し、自他共に認める有能執事であるバストルが殺し文句を言い放つと、コック長兼メイド長のマーサが作る絶品料理に胃袋を鷲掴みにされている私は、急な空腹感に襲われてむくりと起き上がる。
「お、おはようございます! ファティナ様は今日も美しいですねっ」
「バストル、それにミリロッテもおはよ~。わぁ、良い匂いがするわね。今日の朝食は何かしら?」
「今朝はパンとシチュー、デザートには焼きリンゴを中心に幾つか温かいものをご用意しております」
私が昨夜読んでいた本……少々人目には触れさせにくいものをバストルが片付ける一方、専属メイドとして仕えるようになったばかりのミリロッテが、他のメイドたちと共に衝立を用意して四方を囲み、私を寝間着から着替えさせて身支度を整える。
そしてバストルがわざと開けておいたと思われる扉の向こうから、香ばしいパンの香りとマーサの得意とする濃厚シチューの匂いが漂ってきたので、私が聞くまでも無い問いを投げかけるとミリロッテが笑顔で答えた。
「今朝はちょっと肌寒いもんね。えへへ、マーサのシチュー、楽しみだなぁ」
「さぁ、身支度が整いました。食事はお部屋でなさいますか? それとも……」
「もちろん食堂で一緒に食べるわ。屋敷の人は私も含めて、全員が家族なんだからね」
私が好物に思いを馳せているとミリロッテがこちらを窺うように尋ねてくるけれど、執事もメイドも庭師も何もかも関係なく、食事は屋敷にいる皆と一緒に摂ることにしている私は寝室を出て食堂へと向かう。
するとここへ来たばかりで、まだこの屋敷に不慣れなミリロッテは少し驚いていたが、すぐに笑顔に戻ると嬉しそうに私の後に続く。
「私が以前いたお屋敷では考えられないことですけど、ファティナ様と一緒にご飯が食べられて嬉しいです」
「一人だけ別なんて寂しくて嫌だもの。それに私は屋敷の外へ出られないし、皆から日々の色んな話を聞くのも楽しみの一つなんだからね」
他がどうかは分からないけれど、私はこの屋敷の主として自分のしたいようにする。もちろん私が常にべったりでは彼らも気を抜く暇がないと思うので、お昼だけはバストルやミリロッテのみを連れて、敷地内の何処かに日替わりで移動して食べるけど。
「うふふ、そうなんですね。そういえば庭師のガデナーさんが昨日、珍しい花を見つけたと言ってました」
「そうなの? じゃあ今朝はガデナーから話を聞こうかしら。ついでに腰痛に効く薬も渡してあげたいわね」
「用意しております」
毎回、どれだけ他愛なくても構わないから誰かの新しい話を求めるという、一風変わった私の趣味を理解しているミリロッテが話題を提供してくれる。
そして齢七十を過ぎている庭師がたびたび腰を悪くしているのを知っている私が、見舞いの品を持ってくるよう言うとバストルが、その名に恥じぬ用意周到さで目の前に塗り薬の入った瓶を差し出す。
「ありがとう。流石ね」
「お褒めに預かり光栄です」
私が瓶を受け取るとバストルは表情を変えること無く、さも当然のように答えて頭を下げる。
(私の考えなんてお見通しってわけね。いや、そもそも毎朝同じようなやり取りをしているわけだから、予めミリロッテからガデナーの事を聞いていたのかしら? いずれにせよバストルをギャフンと言わせるのは、まだまだ難しそうね……)
私が自分と歳の近い執事の澄まし顔を眺めていると、またもやこちらの思考を読んだらしいバストルはそこでようやく表情を変え、ほんの少しだけ楽しそうに微笑む。
「おや、私の顔に何か付いていますか?」
「な、何でも無いわっ」
見透かされたような気がして顔を背けた私はそのまま食堂へ入ると、既に集まっている皆と挨拶を交わしながら今朝のお目当てであるガデナー翁の元へ向かう。
「おはようガデナー。今朝は珍しい花を見つけたという、あなたのお話を聞きたいのだけれど良いかしら?」
「あぁ、おはようございますファティナ様。こんな老いぼれの話で良ければいくらでも。ささ、おかけになってください」
「えぇ、ありがとう」
朝だというのに既に一仕事終えてきたらしいガデナーの姿は薄汚れており、汗を拭いながら私に席を勧める。
そんな老人の姿にミリロッテは驚くが、この屋敷においてそんな事は失礼にあたらないのを他の皆は知っており、私も咎めるつもりはないため素直に着席する。
「ミリロッテ。ここでは屋敷の仕事が最優先で、私が寝ている間にも庭を綺麗に保つために働いてくれていたのなら、ガデナーの衣服が汚れていようと汗臭かろうと構わないわ。皆によってこの屋敷と私の生活は支えられているし、何より私は働き者の姿や手が大好きなのよ」
「は、はい……」
「まぁ、お嬢様は働かずに日々をダラダラと自堕落に暮らしておりますがね」
椅子に座った私が隣にいる老人のガサガサの手を取って話すと、ガデナーは褒めすぎですよと言いながら笑う。
するとミリロッテが少々気まずそうにしているのを見たバストルが、コホンと咳払いして話題を変えた。
「あら、私はここの主だもの。それは当然でしょう?」
「ですがもう少し生活態度を改めていただきませんと。それに先ほど私が片付けた本などは、到底メイドたちに見せられない内容でしたし、その辺りはお嬢様も気を付けて下さい」
「あ~……あれね。うん、確かにミリロッテたちには目の毒だわ。ごめん」
私は自分が昨夜読んでいた本のことを思い出し、続いて目の前にいる純粋なメイドの姿を見ると素直に謝る。
『男たちの宴』という題名の……要するに筋肉質な男性たちが組んず解れつするという本はミリロッテに見せるにはまだ早いとは思うけれど、彼女も今年で十四ともなれば興味津々な年頃でもあるだろうし、でも彼女にはもうしばらく無垢でいてほしい。
そんな相反する気持ちのせめぎ合いに苦しんでいると、待ちわびたミルクの香りと共にメイド長のマーサがやって来た。
「ほら、出来たてホヤホヤですよ! これを食べて今日も一日頑張ってくださいね~!」
「やぁん! 待ってました!」
器に盛られた濃厚で熱々なシチューと焼き立てパンの香りに思わず溜息が漏れ、私はミリロッテやバストルにも座るように言うと、彼らと一緒にガデナーの話を聞きながら朝食を摂る。
「……で、お屋敷の隅の茂みを剪定していたら、そこに隠れるようにして蒼い薔薇が咲いていたんですよ。私もここで働いて随分経ちますが、あんなのは初めて見ました」
「確かに私も赤いのや白いのは見たことあるけど、蒼い薔薇なんて聞いたことが無いわ。それで、その薔薇はどうしたの?」
「お嬢様もご覧になりたいかと思いまして、摘まずにそのままにしてあります。たった一輪しか咲いてませんが、ご希望でしたらお部屋まで持っていきましょうか?」
「いいえ、せっかくの花を摘んでは可哀想だもの、私がそこまで行くわ。後で案内してくれる?」
「えぇ、勿論です。ではそろそろ……」
「あっ、待って」
ガデナーの興味深い話を聞きながら楽しい時間を過ごした私は、食事を終えて席を立とうとした彼に先程の瓶を渡す。
「いつも庭を綺麗に保ってくれてありがとう。でも、この薬を塗ったからって無理はしないで、体調が悪いときにはちゃんと休んでね」
「お気遣いありがとうございます。この老いぼれがお役に立てるうちは頑張りたいと思っていますが、最近は若い庭師も入ってきていますから、お嬢様に心配をかけないようご指示に従います」
「えぇ。それと、また何か見つけたら教えてね」
「はい、わかっております」
よいしょと腰を上げたガデナーは薬を見て私にしわくちゃの笑顔を見せると、再び仕事に戻っていった。
そうして食後のデザートも楽しんだ私は午前中、何でもこなすバストルから日課となっているピアノを習い、お昼も済ませてからガデナーの元へと向かった。
そして彼の案内のもと、屋敷と外を隔てる壁と植木の間に咲く一輪の蒼い薔薇を見つけた。
「わあぁ、なんて神秘的な姿なのかしら」
「とっても綺麗ですね」
「新種でしょうか? これはとても興味深い……」
薔薇を見た私とバストル、ミリロッテが三者三様の反応を示すと、ガデナーはニコニコと満足そうな顔をしてこちらを見ていた。
「私も見つけた時にはそりゃもう驚いたものです。しかし、だんだんと寒くなってきたこの時期に頑張って咲かせた花も、よく見ると昨日より元気が無いように見受けられます。恐らく数日も経たないうちに枯れてしまうでしょう」
「それは残念ね……どうにかして残すことは出来ないのかしら?」
「魔導師や植物の研究者ならともかく、私のような庭師ではどうしようもありません。ですからこの花は押し花にして、栞として読書好きのファティナ様に差し上げたいと思います」
「でも、これは貴重な花なんじゃ?」
「この屋敷に咲いたからには主であるファティナ様の物です。それにこのままでは枯れるだけですし、かと言ってガデナーさんにも手の施しようが無いのであれば、他の誰にも不可能でしょう」
ガデナーの提案は嬉しいけれど、貴重な植物ならどうにかして残したいと思う私の意見はバストルによって却下された。
いくら万能と言えど流石の彼にも、植物の寿命をどうにかすることは不可能らしいし、バストルやガデナーに無理なら屋敷にいる他の誰にも出来はしないことは私にも理解できた。
「わかったわ。では栞として私が大切に使わせてもらうわね」
「はい。心を込めて作らせていただきます」
……数日後。
お茶の時間にガデナーがやって来て、蒼薔薇で作った栞を私にプレゼントしてくれた。
「まぁ素敵……とっても嬉しい。ずっと大切にするわね」
「そんなに喜んでいただけて、私も作った甲斐があります」
鮮やかな蒼をそのまま閉じ込めたように美しい栞は、私の持つ他の宝物と比べても何ら遜色ない見事なものだった。
そして栞を受け取ると、私が喜ぶ姿を自分のことのように満面の笑顔で見つめていたガデナーの体から、無数の光の粒が次々に溢れ出し、同時に彼の姿が徐々に薄くなっていった。
「ガデナー!」
「ファティナ様、どうやらお別れのようです。ですが悲しまないでください。こうしてあなた様に生きた証を遺せた。私はそれだけで充分満足ですし、ここでの生活は穏やかで、とても幸せでした。バストル、ミリロッテ。お嬢様のことを頼みますよ」
「「はい」」
何度経験しても慣れることが出来ない私を諭すように、ガデナーは優しく微笑みながら感謝を告げ、そして消えた。
「……ファティナ様、大丈夫ですか?」
「いずれ必ず来ることと理解はしているけど、やっぱりいくら覚悟してても辛いものは辛いわ。でも、これが私の役目だものね」
残された栞を見つめながらどうにか立ち上がると、体を支えてくれたミリロッテが心配そうに顔を覗き込む。
「でもでも、ガデナーさんは一体どうして……?」
「寿命も病も怪我も何もかも関係なく、彼らはある日突然この屋敷から去って行く。だが、これまでに見送ってきた全員が最期には幸せそうに、満足げにファティナ様の前で消えてなくなる。だからきっと、これは悪いことでは無い。無いはずだが……」
ミリロッテの疑問は当然だけれど、その質問には理由の全てを知る私の代わりに、唯一ずっと共にいるバストルが答える。
しかし幾度となく、同じ事を同じ数だけ経験してきた彼も、別れの時に必ず涙する私を辛そうに見つめる。
「私のことなら心配いらないわ。今は悲しいけれどガデナーや他の人たちも、ずっと思い出の中に生き続けているんだから」
「えぇ、その通りです」
「そうですよね。あんなに幸せそうだったんですし、私もいつかは……」
涙を拭って笑顔を見せた私に対してミリロッテも同じ笑顔を返し、バストルも彼なりの微笑みで応えたのだった。
「さぁて、せっかく綺麗な栞を貰ったんだし、今日もダラダラと本を読もうかしら」
ここはとある世界にある死者の屋敷。
そこには年若き主と彼女に仕える使用人たちがいて、現世で負った心の傷を癒すため主と共にそこで暮らし、痛みや苦しみから解放されては新たな生を得るため、次の世界へと旅立つ。
これはそんな屋敷で使用人たちと暮らす、怠惰で優しい令嬢のお話である。
……と、まぁこんな感じのものを唐突に書いてみました( ̄▽ ̄;)
『転糸』の続きも書かずに何してるんだって思いますが、これまでも浮かんだアイディアを転糸本編に活かしたり、これは無理だなと形にせずそのまま忘れ去ってきましたが、何故か今回のは切り替えられなかったので頑張ってみました。
ちなみに『男たちの宴』は転糸から輸入してます。気になった方は是非チェックを!←
というわけで、思いつきで投稿した今回のお話。いつかまたファティナのお話が書きたくなったら短編にしたり長編化するかもしれませんが、この手の話は作者の苦手分野でもあるので難しいかもしれません。
ここまでご覧いただきありがとうございました!