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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

【短編版】婚約破棄?真実の愛?そんなものはいりません。魅了の魔力を制御するため魔道士長は男爵令嬢を研究する【連載版始めました】

「エミーリア、そなたとの婚約を破棄する。私はクララと真実の愛をみつけたのだ」


 エドワード第一王子が夜会の場で高らかに宣言した。エミーリア公爵令嬢は蒼白だ。


 エミーリアは静かにたたずんでいたが、キッと顔を上げる。


「エドワード殿下のお気持ちは分かりました。クララ様のお気持ちを聞きとうございます」


 エミーリアはまっすぐクララを見つめる。


「クララ様、あなたを巡ってこの一年、数々の醜聞が巻き起こされました。あなたは一体どうされたいのですか? あなたは殿下を愛してらっしゃるのですか?」


 エドワードが隣に立つクララの肩をギュッと抱き寄せる。


 皆の視線がクララに集中する。視線に力があれば、クララの体は穴だらけであろう。



 クララはもううんざりしていた。いい加減にしてくれ、そう思った。クララはやぶれかぶれになって、本音をぶちまけた。


「婚約破棄も真実の愛もいりません。私は一度たりとも、そんなものを望んだことはありません。甘い言葉を言ったこともありません。皆さん勝手に私の気持ちを解釈して、暴走するんです。もううんざりです。私は誰とも結婚しませんから!」


 クララは何もかもどうでもよくなって、エドワードの手をふりほどくと、一目散に出口へ走っていった。



 家に帰ってふて寝した翌朝、クララは青ざめた父親に叩き起こされた。


「クララ、お前いったい何をしたんだ。王城から呼び出しを受けたぞ。今階下に王城の使いが待ってる。今すぐ着替えなさい」


 クララは血の気が引いた。もしや牢獄にぶちこまれるのかもしれない。


 クララはテキパキと着替えながら、父親に昨日の顛末を話した。


「そんなことが……。お前の母さんも異常に男にまとわりつかれていた。母さんの血だろう。仕方がない、男爵位を返上しよう。いざとなったら隣国に亡命すればいい。とにかく、知らぬ存ぜぬを貫き通しなさい」


「父さん、私のせいでごめんね」


「クララ、いいんだ。お前がかわいすぎるのは、お前の責任ではない。とにかく生きてさえいれば、どうにでもなる」


 クララは父としっかり抱き合った。これが今生の別れになるかもしれない、そんな暗い予感を打ち消すように、クララは気丈に笑う。


「父さん、行ってくる。待ってて」


「夜逃げの準備をして待っているよ」


 ふたりは悲壮な決意で別れを告げた。



 クララは王城に着くと、窓のない殺風景な部屋に案内された。


「クララ・モスカール男爵令嬢で間違いないか」

「はい」

「魔道士長のダニエル・エヴァンスだ。君とエドワード殿下の関係を教えてくれ」

「ただの同級生です」

「殿下の方はそう思われていないようだが」

「知りません。殿下とふたりきりで話したこともありません」

「では、昨晩の騒ぎについてはどう思う?」

「分かりません。少なくとも私は殿下に真実の愛など感じていません」

「君が学園に入ってから起こした騒動だが、いくつあるか覚えているかい?」

「覚えてません」

「十だよ。ひと月に一度の頻度で何かしらの問題が起きている」

「そうですか」

「婚約破棄騒動が六、君の隣の席を巡る決闘が二、君のエスコートをかけての決闘が二だ。起こったことを羅列すると、君は稀代の悪女と言っていいだろう」


 クララは絶望した。客観的に聞くと、我ながらひどい女だ。


「ただ、一方で君を擁護する声があることも事実だ。君は極力、男性と話さないようにしている。男たちが勝手におかしくなっていってる、そういう証言が女生徒から出ている」


 誰だか知らないけど、ありがとう。クララは涙ぐんだ。


「おそらく、君には魅了の魔力があるのだと思う。ぜひ調べてみたい。君の魔力を有効活用できないものか。たとえば君の魅了の魔力を魔術具に閉じ込められれば、諜報活動に有効ではないか。どうしても口を割らない犯罪者に使うのもいいかもしれない」


 ダニエルはうっとりした表情で早口で話す。目がちょっとイッちゃってる感じだ。クララはそっと椅子を後ろに引いた。


「君は実におもしろい。夜逃げしても無駄だよ、決して逃がしはしない」


 クララは顔を上げてダニエルをにらみつけた。


「おい、今私に何をした。クッ、君が、君が……好きだ」


 クララは襲いかかるダニエルを反動を使って投げ飛ばした。長年にわたる男とのもめごとの日々はダテではない。クララは護身術を身につけていた。


 クララはダニエルの首を締めると、意識を刈りとった。


 そーっと扉を開けると、外には護衛がひとり立っている。クララは男の胸にしなだれかかると、涙目で見上げる。


「助けてください。あの人に襲われそうになって」


「なんだと、少しここで待っていてくれたまえ。中を見てくる」


 護衛が中に入ると、クララは抜き取ったカギ束を音が出ないようにしっかり持ち、扉をしめて鍵をかけた。


 クララは何食わぬ顔で王城を出ると、乗り合い馬車を使って家まで帰った。


「父さん」


 扉を開けて中に飛び込んだ途端、クララは誰かに羽交い締めされ、意識を失った。



***



 クララは目が覚めたが、何も見えない。どうも目隠しされ、ベッドに縛り付けられているようだ。拘束を解こうと体を動かすが、固く締められているようで、紐は少しもゆるまない。


「起きたか」


 ダニエルの声が聞こえる。


「変態、放せ」


「変態……と言われるのは……まあ、甘んじて受け入れよう。協力してくれないか。そうすれば君の父君には手を出さないと約束しよう」


「一筆書いて。私にも父にも手を出さないと」


「いいだろう」


「お金もください」


「いいだろう」


 こうして私と変態との二人三脚、研究三昧生活が決まった。実に遺憾である。




 クララは拘束を解かれ、ダニエルと顔を合わせた。ダニエルは部屋の隅に立ち、あらぬ方向を見ている。なんだか、じゃらじゃらと首飾りや腕輪をいくつもつけてる。


 本で見た、どこぞの部族みたいだな、クララは冷めた目で変態を見つめた。


「今日は目を合わす実験をしよう」

「いや、しょっぱなから攻めすぎでは」

「見たまえ、この魅了吸収魔石つきの装飾品の数々を。美しいであろう」

「ダサいから絶対売れない」


 ダニエルはクララと目を合わすと鼻血を吹いてぶっ倒れた。



 クララは血まみれのダニエルを放置してとっとと家に帰った。


「父さん! 無事だったのね、大丈夫だった? 変態に脅されてない?」


「大丈夫だよ、なんだか色んな魔道具で調べられたけど、特に珍しいことはないからって解放されたよ。そういうクララはどうだった? 何かいかがわしいことをされなかっただろうね」


「大丈夫、ちゃんとぶっ飛ばしてきたから。それより父さん、見てこれ。ちゃんと契約書まいてきたんだから」


 クララは胸を張った。


「やるじゃないかクララ、さすがだな。こんな大金をぼったくるとは、父さん鼻が高いぞ」


 父は念入りに契約書の文言を読んだ上で顔をほころばせた。


 モスカール男爵家は元々は裕福で商売上手な平民だ。金で男爵位を買ったのは、それが商売で役に立つと思ったからだ。『転んでもタダでは起きない』がモスカール家のモットーである。


「いいのか、クララ? 男爵位を返上して、田舎に引っ越してもいいんだぞ。蓄えなら十分あるから」


「いいのよ、父さん。ちょっと実験につきあうだけで、大金貨十枚も毎回もらえるのよ。こんなボロい商売ほかにないじゃないの」


 クララは父の血をしっかり受け継ぎ、金儲けが大好きだ。


「それにね、魅了を調整する魔道具ができたら、私も暮らしやすくなるし。ほら、今だとまともに学園にも行けないじゃない」


「そうか。でも、イヤなことがあったらすぐ言うんだよ。父さんはクララの幸せが一番大事なんだからな」


 母が亡くなってから、父ひとり子ひとりでがんばってきた。父もクララもお互いが何より大事だ。


「大丈夫、私イヤだったらちゃんと言うから、ね」



***



「メガネを作ってきた。もう一度目を合わせる実験だ」

「う、なんか気持ち悪い」

「あ、鼻血が」

「おゔぇ、吐き気が」



「今日は手をつなぐ実験だ。フフフ、私は何秒耐えられるかな」

「変態」

「その通りだ。見よ、魔力抑制魔法陣を縫い込んだハンカチだ」

「なんか燃えてるけど」



「今日はダンスだ」

「もうちょい難易度下げなよ」

「なにおうっ。床一面に描かれた魔法陣が見えぬか」

「効かぬ」



「お前、お前いったい何者なんだよ。もはや魔王に匹敵する破壊力ではないか」

「おい変態、お前には失望した。これぐらいで弱音をはくなんて」

「クッ、まだまだー」



「どうだ、今日は反射の魔法陣を縫い込んだマントだ」

「色味が壊滅的にひどい。なんでそんな色とりどりの刺繍なわけ」

「それはな、様々な素材を使うことによって、反射の威力を高めているからだ。……ほう、これはもしかしたらもしかしたのでは?」

「私は何も感じない」



 ふたりは街に繰り出してマントの効果を試すことにした。


 ダニエルは爽やかな笑顔でクララに手を出す。クララはうさんくさい物を見るように、ダニエルの手をねめつける。


「お手をどうぞ、お嬢さん」

「マントの威力を過信しすぎじゃない?」

「実験は、自分の体で確かめるのが最も手っ取り早い」

「ホントに変態だな」

「まあな、それは認めよう。お陰でこの年になっても、嫁がこないが、それ以外は困ってない」

「それ、貴族としては致命的なのでは……」

「なに、侯爵家の次男だが、長男がしっかり跡を継いでるので問題はない。魔道士長の給金は高額だし、魔道具を売りさばいて金には不自由してない。君への支払いも自腹だしな」

「へー」

「へーって」


 苦笑してるダニエルをクララは横目で見た。この数週間で傷だらけになってる上に、なんだかゲッソリやつれている。初めて会ったときは、もっとパリッとキリッとした美形の男だった気がする。


 鼻血出して私に投げ飛ばされてたら無理もないか。ま、変態だし大丈夫だろう。クララは気にしないことにする。


「ねえ、もしかしてさ、このマント成功なんじゃないの?」

「まあ、私が正気を保っている時点で半分成功だな」

「半分とは?」

「はね返した君の魅了が、他の男を惹きつけてしまったようだ」

 

 クララが振り返ると、目をトロンとした男が数人ついてくる。


「どどどどうすんの?」

「罪のない市民を傷つけたくないから……」


 ダニエルはマントの裏から黒い丸い球を取り出した。卵ぐらいの球を、ダニエルが男たちの足元に投げると白い閃光と共に煙が巻き上がった。



 ダニエルはクララを横抱きに抱き上げると、走りだした。


 お、遅い……クララは呆れたが何も言わなかった。おそらくクララが単独で走れば倍の速さで逃げられると思う。汗をダラダラ流しながら、必死の形相で自分を助けようとしているダニエルを見ると、クララは少し嬉しくなった。クララをモノにしようとする男はたくさんいたけど、クララを助けようとするのは今まで父だけだったから。



 ***



 翌日クララはいつも通り王城の研究室に向かっていた。前から数人の騎士が歩いてきたので、クララは端っこの方によける。騎士たちは通り過ぎた瞬間、クララの頭に布袋を被せた。クララはめちゃくちゃに暴れるが、数人がかりでおさえられ、持ち上げられてしまった。


 しばらく荷物のように運ばれ、どこかの部屋に入った。クララは椅子に座らされ、頭の布袋を取られた。目の前にエドワード第一王子が立っている。クララはすぐ目をふせた。


「クララ、お前、魔女なんだってな。魔道士が話してるのを聞いたよ。ダニエル魔道士長はお前の力を制御しようとしてるらしいが、私は甘いと思っている。お前は学園に不和を招き、私とエミーリアの仲を邪魔した」


 エドワードはクララに一方的に言い募る。


「父に言われたのだ。エミーリアと結婚しなければ、私は王位を継げないと。エミーリアはまだ私を許してくれない。お前のせいだ、クララ。古式にのっとり、お前を火あぶりにしてやろうか。それがイヤなら私の側妃となれ」


 クララは膝の上の拳をじっと見つめる。


「わ、私だって好きでこんな力持ってる訳じゃないです。それに、殿下のお誘いは毎回お断りしてました。これからもお断りします」


「生意気な。まだ自分の状況が分かっていないようだな。断れる立場だとでも思っているのか? まあ、お前の父親の命と引き換えにしてもいいのだが……」


 クララはギリリと唇を噛んだ。口の中に血の味が広がる。そこまで言うなら、やってやる。


 クララは意志を持ってエドワードを見ようとした。その瞬間、部屋に誰かが飛び込んできて、クララの目を手で覆った。


「エドワード殿下、クララの対処は私にお任せいただける約束です」


 部屋の中にどんどん足音が増えてくる。


「殿下、お引き取りください。これ以上になると、陛下にご報告せざるを得ません」


 しばらくすると、数人の足音が部屋から遠ざかっていく。ダニエルの手が少しゆるんだ。


「全員壁を向け」


 ざざっと足音がする。ダニエルはそっと手を離すと、クララの目をのぞきこんだ。クララは慌てて目をつむる。


「新しい魔道具を作った。額に飾るものと、耳飾りだ。メガネよりはマシだと思うが……」


 ダニエルはぎこちない手つきで額と耳に魔道具をつける。


「クララ、私を見てごらん」


 クララが目を開けると、ダニエルは少し赤くなったが鼻血は出ていない。


「うまくいったみたいだ。それに、よく似合っていると思う。……キレイだ。あ、いや、これは魅了されたんじゃなくて、本当に思ったんであって。……遅くなってすまなかった。怖かっただろう。私が守るからもう大丈夫だ」


 クララはダニエルに抱き上げられた。クララは目を閉じてダニエルの胸に顔を隠した。壁を向いて立っている魔道士たちの肩が震えているのを見て、少しおかしくなったのだ。


「な、泣いているのか? 怖かったのだな。まさか殿下があのような暴挙に出るとは予想していなかった。悪かった。もしよければ私の屋敷で暮らさないか? 君の父君もいっしょに。そうすれば安心だろう? 防御の魔道具もたくさん贈ろう。それに、屋敷ならいつでも実験できるから、もっといい魔道具が作れる」



 クララは薄目を開けた。壁際の魔道士たちが、こらえきれず吹き出している。クララもおかしくなって笑いだした。


「今まで色んな人に口説かれたけど。ははは、一番おもしろい」


 ダニエルの首が真っ赤になった。


「褒められると照れるな。女性を口説いた経験がなかったので、これからもっといい誘い文句を研究する」


「ほ、褒めてはない……けど、まあいっか。では、お屋敷にお邪魔しよっかな」


 クララはイタズラ気分で、ダニエルの首に腕を回して頬に唇を押しつけた。


 ダニエルは半笑いのまま後ろに倒れて気絶した。



***



「クララ、私の太陽、今日も魔道具が美しいな。よく似合っている」

「それ、私のこと褒めてなくない?」

「はっ……いや、私にとって魔道具は至高の存在。その魔道具が似合うということは、クララも美の極みにあるということで、つまり褒めている」

「はいはい」



 クララはダニエルの屋敷で暮らしている。父は若いふたりの邪魔をしたくないからと、元の家にひとりで住んでいる。


 ダニエルの魔道具のおかげで、学園に通っても平穏に過ごせるようになった。友達はまだいないけど、勉強できるだけで十分だ。


 エミーリアはエドワードと婚約を解消した。エミーリアは楽しそうだが、エドワードは王位を失い落ち込んでいる。クララにはどうすることもできないので、気にしないようにしてる。



「クララ、私の女神。君に似合いそうな指輪を作ったんだ。受け取ってくれるかい?」

「ありがとう。これってプロポーズ?」

「そう思ってくれて構わない。クララがいると私の研究意欲が高まるのだ。次々と新しい着想を得られる。ずっとそばにいてくれると、さらなる研鑽が積めるに違いない」

「十点」

「えええっ……クララ好きだ、私と共に歩んでほしい……?」

「まあ……まだまだだけど、今日のところはよしとしましょう」


 クララはうなずくと、自分の唇を指でトントンと叩いた。

 ダニエルは真っ赤になりながら、そっとキスをする。



<完>




お読みいただきありがとうございます。ブクマや評価もありがとうございます。とても励みになります。

おかげさまで9/30に日間ランキングに入りました。とても嬉しいです。ありがとうございます!

誤字脱字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませて頂きました。 クララちゃんのメンタル凄い(✽ ゜д゜ ✽) 今まで無事だったのはパパの愛でしょうか? 誘拐とか婚約や養女の話とかいっぱいあったろうなぁ…  それとも、パパの…
[良い点] 面白かったです。 不器用なダニエルが可愛い!
[良い点] エミーリアさまがクララの理解者だったところ。 王子がボンクラだったところ。 クララパッパの愛が素敵。 [気になる点] エドワードさまの愛のことばは進化するのかどうか。 頑張れ! エド! […
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